スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

バングラデシュが教えてくれた大切なコト④

泥濘に足を踏みしめろ


 足が重くとも、目的地が霞んでいても、とにかく前へ進め。自分が選んだその道を。
  
    スピードや華やかさに囚われるな。
    
     「俺の歩みはこんなもんじゃない」なんて、過去の自分に酔っている暇は無い。

         まして、他人の歩みなど気にしている場合ではない。

   ただ重心を落とし、己の10本の指が、ぬかるみをシッカリ踏みしめているかに意識を集中させよ。
    
      きっと君は、そこに確かな足跡が深く刻まれていることに気が付くはずだ
 
               


 ダッカの北部約200キロ地点にあるキショルゴンジ県の複数のウポジラ(郡)は、一年のうち約5ヶ月間、増水した河川の水のために大半の地区が水没する。雨季の間、人々は、農作業も出来ず学校にも通いづらい状況の下、僅かな高台に作られた小さな集落で暮らすことになる。

 雨季が到来する直前の5月上旬、現地で活躍する青年海外協力隊の友人と共に、この地を訪れた。そこで目にしたのは、豊かな稲穂が彩る黄金色の大地と、熱い太陽の下、男も女も、子供も老人も総出で、眩しい笑顔を交わしながら収穫作業に取り組む農家の姿だった。

黄金色の田園風景


牧歌的な風景ではあるが、生活は厳しい。収穫した作物を運ぶその“メイン・ロード”は、まったく舗装されておらず、雨季に入る前からあちこちが沼地のような様相を呈している。そんな道なき道を、人々は、掛け声を上げ、足を踏みしめながら、着実に前に進んでいく。そして、彼らが活き活きと今を生き抜くその姿勢が、くっきりとした足跡となって、台地に刻まれている様を、僕は確かに目にした。



 バングラデシュの赴任後、一年が経とうとしている。焦燥、葛藤、不安、猜疑、羨望、孤独といった負の感情に押しつぶされそうになった時もあった。遥か遠くの目的地の確認や過去の自分の取組みの振り返りばかりに気を取られ、足元が覚束なくなった時もあった。

 人生、何を選ぶかということ以上に、選んだ道をどう歩むかが、決定的に重要だ。折り返し地点に差し掛かった今、自分がこの一年付けて来た足跡を見つめなおし、そして、もう一度、バングラデシュと世界銀行というフィールドの感触を、シッカリその足で確かめながら前に進もうという想いを新たにする。

 そして、バングラデシュに雨の季節がやってきた。
バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/07/13 03:10

バングラデシュが教えてくれた大切なコト ③

       路上で身体測定

     「今の自分を、しっかり把握しよう。いつでも、どんな場所でも」
                         (ダッカの路上で出会った"身体測定屋”)


 数字で表せるもの、そうでないものも併せて、
  自分という者の現状や傾向を把握する習慣を持とう。


 集中すべき自分の強みは何か、認識すべき弱点は何か
   何に反応しやすいか、何に鈍いのか
     口数が多くなりすぎるのはいかなる時か、言うべきことを発信できない状況はいかなる時か、
 
  働きすぎていないか、休みすぎていないか、
   妥当な一貫性をもって事に当たっているか、融通の効かない偏狭さで自らを縛り付けていないか・・・



 ダッカの路上では、思わず振り返ってしまうような珍妙なモノやサービスを売っている人々に出会う。例えば「床屋」「耳かき屋」「眉毛整え屋!?」などなど。

 「身体測定屋」もその一人。この身体測定器はなかなかハイテクな代物であり、測定器に足をかけると「welcome! welcome!」と電子音が流れ、身長測定用のバーが自動的に降りてくる。そして、身長・体重だけでなく、体脂肪率、脈拍なども同時に測れるのだ(データの正確性は神のみぞ知る)。5タカ(約5円)支払えば身長・体重を、さらに5タカ支払えば、体脂肪率、脈拍等も測定し、その結果はプリント・アウトされる紙で手渡される(ベンガル語で書かれているので、内容は推察するしかない…)

 なかなか商売繁盛のようで、身体測定サービスを提供しているおじさんいわく、「昨日は100人くらい計ったかな…」。なぜこの場所で、という質問には「通行人が多いから。」

 なお、現代のバングラデシュにおける最大の病はマラリア等の感染症でも栄養失調でもなく「糖尿病関連の疾患」だ。なにしろ、ベンガル人、特に女性は運動する習慣が皆無といってよい。短距離の移動もリキシャを使うため、日常生活で殆ど体を動かさない。夕食は寝る直前、22:00頃に大量に食べる。三食の間に、砂糖が大量に入った甘~いチャと軽食や甘味を取る。糖尿病になりやすい生活習慣そのものだ。

 自分を成長させるもの、腐らせるもの…それは何か突発的な大きな出来事というよりも、日常の習慣ではないだろうか。自分は今、この場所で、正しい習慣を身につけ、それを継続しているのか、日々自らの現状と傾向を把握する習慣を持つことが、意義のある人生を歩む上で、決定的な意味を持つ。

     身体測定屋
   ~ その道10ヶ月の「身体測定屋」のおじさん、「どうだい、君も一丁、計っていかんか?」~
バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/06/17 03:27

バングラデシュが教えてくれた大切なコト ②

      バングラデシュが教えてくれた大切なコト②
 
    「わたしのこと、ちゃんと見てる?」 
      (バングラデシュ南部、モレルゴンジの民家の軒先で出会った女の子)

 
 目の前の人や物事を、ありのままに見つめること。
     良い、悪いの判断をする前に、対象と向き合うこと。

 簡単なようで難しい。

 蓄積した知識や経験、比較や分析のために身に付けたスキルが、時として、パターン化の罠へと自分の思考を誘い込み、好奇心を削ぎ、己が目を曇らせてしまうから。

 人や物事の本質に近付きたければ、大きく澄んだ目で、人や物事を見つめよう。バングラデシュで出会った、子供たちの美しい瞳を思い出そう。

 そうすれば、その物事や人を、良いところも、足りないところもひっくるめて、理解し、受け入れることができるはずだ。
バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/04/13 03:12

バングラデシュが教えてくれた大切なコト ①

   ASTE ASTE
   
  あせらず、ゆっくり。
     川の流れを見つめよう。日の光に耳を傾けよう。自分と向き合おう。
     成果を急ぎ過ぎず、成果にたどり着くプロセスを大切にしよう。
       心配ない。そんなプロセスを楽しめれば、いつか小船は魚でいっぱいさ…





 バングラデシュに世界銀行職員として赴任して早や8ヶ月が経った。その間、担当プロジェクトの現場視察や休日を利用した青年海外協力隊の赴任地訪問などで、訪れた町や村は30を超えた。バングラデシュはフォトジェニックな国。行く先々で印象的な風景に出会う。その風景は表情豊かな人々と自然とが織り成すものだ。

 そんな風景は僕が東京で仕事をしていたのでは気付かなかった、何か大切なことを教えてくれているような気がする。

 頭でっかち、字数過多な当ブログですが、たまには感じたままをシンプルに書いていこう、ということで、今後、記事の合間に「バングラデシュが教えてくれた大切なコト」を気の向くままに写真と共にアップすることにしました。
バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/04/09 01:50

自分は何故バングラデシュにいるのか③

 ダッカにも、日本人や日本から戻ったバングラデシュ人が経営する日本料理屋や居酒屋が何軒かある。肉じゃがやシシャモもの塩焼き、お新香といった品々は、ダッカではめったに拝むことの出来ない贅沢品。カレーで疲れた舌を懐かしい味で癒しながら、こちらで親しくなった日本企業や政府機関の駐在員の方々に「バングラデシュを希望してきたのです」と話すと、たいていの場合、「へぇ、何でまた?ずいぶんと変わってますね」と返事が返ってくる。確かに自分でも変わっていると思う。なぜなら僕は辛いものが大の苦手だからだ…



 「なぜ、バングラデシュなのか?」

 「世界の銀行」と銘打っているだけあり、世銀は世界150箇所以上に現地事務所(Country Office)を展開している。数ある現地事務所の中で敢えてバングラデシュを希望したのは、仕事で使う主たる言語がフランス語やスペイン語ではなく、英語であること、現地オフィスがそれなりに大きな規模とPresenceを持っていること、といった実務的な理由からだけでなく、バングラデシュが今世界が直面しているグローバル課題の縮図のような国だと捉えたからだ。


 
 小学校のころ50億と習った世界人口は、今年中に70億人に達する。1900年に20億人だった人口が30億人になったのが1960年。つまり、20世紀の前半と比較して1990年から2010年までの間に、人口増加のスピードは6倍になっている。世界の人口は2050年には90億人に突破するだろうと予測されている。

 人の数が増えること自体は悪いことではないはずだ。お目出度いことと言えるかもしれない。より多くの人が戦争や疫病に怯えることなく長く生きられるようになり、より少ない赤ちゃんが生まれてすぐに死ななくてすんでいる証拠だからだ(実際、世界の平均寿命は1960年の48歳から、2009年には68歳にまで伸びている)。

 ただし、「人の数が増えるのはお目出度いこと」と言えるのは、人々皆に、「健康で文化的に」生きることの出来る基盤(衣食住、電力やガス水道)があり、それらを、他人からの施しではなく、自らの労働で得ていけるような仕事があり、そしてそういう機会を見つけ、続けていけるだけの力を身につける教育の機会があり、さらに、いざ病気や怪我や災害などで生活の基盤を失ってしまった時に恩恵を受けられるセーフティーネットなどがあっての話、という条件がつくのだが。

 そして、こうした条件は、今の時点で、残念ながら相当程度満たされていない。今後、現在の中国とインドを丸々合わせたような人口が追加されていく世界で、こうした条件は、どうやったら満たしていけるだろうか?皆、一心不乱に「高度経済成長」を目指せばいいのだろうか?

 ここで、さらに厄介な問題がある。生活の基盤や労働機会、教育機会、セーフティネットといった様々な生きる糧は、水や土地、天然資源、生態系、ある程度で穏やかで規則正しい天候といった「たまたま、既にそこにあったモノ」を、人々が技術によって転換した結果得られた糧であり、そうした生活の糧の創出に不可欠な、“たまたま”存在したモノたちは「既にそこにはなくなりつつある」ということだ。

 つまり、今世界は、「資源制約と人口増大のプレッシャーが高まる中で、如何にして持続的に経済成長を実現していくか」という課題に直面している。この課題を上手に解いていかなければ、戦争やテロといった究極の手段を用いた資源の争奪の結果、人口が、利用可能な資源に見合うレベルにまで、否応なく「減少」するという、余り想像したくない未来が待ってるような気がする。しかも、そう遠くない未来に。



 バングラデシュはそんな地球の課題がギュっと凝縮されたような国だ。北海道と四国をあわせた程度の、殆んどが海抜10メートル以下に位置する中州のような土地に、1億5千万人もの人々が住んでいる。人口増加は、そのペースは緩やかになったものの、なお続いており、2030年には2億人を突破すると見込まれている。一方、土地は、静かに、着実に、物理的に、失われている。例えば溶け出したヒマラヤの氷河によって水かさを増した大河による川岸の侵食によって。あるいは、海面の上昇や高潮による耕地への塩害によって。今後、世界の気温が4度上昇すると、バングラデシュの国土の15%、2000万人分の土地が失われるという。

 つまり、20世紀後半に、世界の多くの人々の寿命を延ばし、赤ちゃんを生き延びさせ、人々が手に出来る機会を増やしてくれた「高度経済成長」や「大量生産大量消費」がもたらした、気候変動や生態系の喪失といった負の置き土産の影響を真っ先に受けている国がバングラデシュなのだ。そして、バングラデシュの中でも、そうした事柄の影響をより直接受けるのは、漁業や農業で生計を立てている農村の貧困層であり、ダッカのスモッグの中で汗まみれになっているリキシャ引きであり、毒性の強い化学染料を手袋もつけずに扱っている牛革加工工場で働いている農村からの出稼ぎ労働者であり、また濛々と煙を上げるレンガ工場の煙突の下で、マスクもつけずに黙々と資材を運ぶ女性たちなのだ。

 しかし、困ったことに(あるいは当然のことに)、こうした人々の暮らしを良くするためにも、バングラデシュはこれからも経済成長をしなければならない。なぜなら、バングラデシュには、「健康で文化的な生活」を営むために必要な様々なモノが圧倒的に足りないからだ。今よりもっと、質のよいモノを大量に作らなければならない。あるいは外国からそういうモノを買うために、自らそれに見合う何かを作り出し、輸出していかなければならない。質の良いモノを大量に作れるように、電力やガス、道路網を整備しなければならない。

 さもなければ、過去10年毎年6%近い経済成長の結果減少してきたとはいえ、なお、人口の3割以上を占める最貧層が「健康で文化的な暮らし」を享受できる日はやってこない。貧困のために中学校に通うのをあきらめなければならない子供たちの数は減らない。交通渋滞も交通事故も停電も減らないし、安心して飲める水も手に入らない。建設ラッシュに沸くダッカの工事現場で働く作業員に作業着、ヘルメット、軍手、安全靴を支給する余裕も生まれない(ダッカの土方作業員の殆んどは、Tシャツとジーンズに、サンダル!というビーチを歩くような格好で、且つ素手で、竹で組んだ足場の上で、重い資材を持ち上げているのだ!)。

 なんというジレンマだろう。経済成長を追求しなければ貧困削減ができないが、大量生産・消費に代表される既存の経済成長のモデルを追求すると、その負の影響をまともに受け、結局経済や社会の発展は期待できない。

 でも、考えてみるとバングラデシュが直面するこうしたジレンマは、日本を含め、あらゆる国とそこで暮らす人々が直面する課題ではないだろうか。バングラデシュは低所得の後進国でありながら、地球の課題を先取りしていると言えないだろうか。こうした途方もない課題を前に、世銀や国連といった国際機関、バングラデシュ政府、そして豊かに根を張るNGOのネットワークに代表される市民社会が連携して、試行錯誤を続けている。ひょっとしたら日本がこれから世界に貢献し、あるいは自らの進む道を模索する上でのヒントが、バングラデシュにはあるのではないか?



 渋滞が酷い、お酒が簡単には手に入らない、街中をジョギングできない、生野菜を食べられない、どこに行ってもカレーばかりなどなど、困ることを挙げればキリがないが、仕事を通じて日本、バングラデシュを含む世界が共通して直面する課題解決に関わることが出来る、という意味では、これほど恵まれた国はないといったら言い過ぎろうか?

 もちろん、ここに書いたような思いは、仕事の後で居酒屋で話す話題としては全く場違い、というか、せっかくのシシャモの塩焼きの味を台無しにしかねないので、「まぁ…色々、修行が必要かと思いまして…例えば辛いものをちゃんと食べられるようになるとか…」などと答えると、「なるほど~、修行ですか!それならバングラデシュは丁度良いですねぇ」と軽く笑って流してもらえる。

 おそらく、共にグラスを傾けあうその人たちも、きっとそれぞれ、居酒屋で語るには不釣合いな、でもぎゅっと詰まった思いを胸に、ダッカで頑張っているのだろう。
バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2011/09/20 00:35
« Prev | ホーム | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。