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Crossover21 バングラデシュ・スタディ・トリップ 報告③ ~この街のゴミは誰の手で、どこに向かうのだろうか?(2)~

ダッカ市が展開する家庭ごみ収集の現場レベルの司令塔である「Ward清掃事務所」を後にしたCrossoverの一行が向かった先は、クリーナーの居住区、通称「クリーナー・コロニー」だ。路上などの公共空間のゴミ掃除を担っているクリーナーは、毎月6,000タカ程度の賃金と合わせて、家賃無料の住居をダッカ市から貸与されることは既に述べた。今回のスタディ・トリップでは、クリーン・シティに向けた取組みの前線で活躍するクリーナーたちが、実際にどんな場所で、どのような生活をしているのか、といったところまで踏み込んで理解をしたい、という問題意識で、協力隊の友人の力を借りて、訪問を実現したのだった。

コロニーの入り口で早速衝撃的な光景を目にする。大勢の女性達が、水汲み用の金属釜を手に、ダッカ水道局の給水車の周りに群がっているのだ。中には、瓶に水をためた後、そのまま頭から水をかぶりだす者も居る。何しろ暑い。この際、シャワーも一緒に、ということなのだろうか。

 これから訪問するコロニーには、井戸はある。しかし、そこから得られる水は、飲み水としての安全性を満たすものではない。目の前にある給水車は、酷暑の中で、コロニーやその周辺で暮らす市民の生命線なのだ。 

     cleaner colony

 蛇足だが、給水車のお世話になるのは、低所得者だけではない。今年の4月・5月には、折からの酷暑と電力不足の影響で、地下から高層マンションの各部屋へ水を回すためのポンプに電気が回らなくなり、ダッカ市のあちこちで、給水車の前に行列が出来る騒ぎになった。人と水は有り余るほどある、との印象を与えるバングラデシュだが、人口増加、電力不足、地下水位の低下、そして生活・産業排水による河川の汚染という4つの要素が、ダッカ市の水事情を確実に危機的状況へと近付けていっている

 視点をクリーナー・コロニーに戻そう。
 時刻は午前十一時。カマドの周りで女性達が昼食の支度をし、別の女性達や子供達は、井戸の周りで洗濯物に勤しむ。コロニーの中には学校もあり、子供達のはしゃぎ声が響き渡る。平和な日常風景だ。

    cleaner colony-2
   
    clenar colony-4

 何軒かの家に招き入れてもらう。一部屋6畳程度の広さ、壁には、ヒンドゥーの神々の絵や偶像が飾られている家々多い。バングラデシュの人口の9割近くはムスリムだが、クリーナーの職に就く人々は、ヒンドゥー教徒の割合が高いという。

    cleaner-colony04

 そして、Crossoverのメンバーが総じて目を奪われた事実。それは、どの部屋も、とてもきれい。文字通り、チリ一つ落ちていない。家具類も整然と並べられている。他方、一歩部屋を出て路地を見ると、ゴミがそこら中に落ちている…。公衆便所の不潔さたるや、末期的な状況だ。この余りに明瞭なコントラストは一体なんだろう?

 これは、クリーナー・コロニーに限ったことではない。僕自身、この1年、農家のご自宅から、スラムの掘っ立て小屋、そして大富豪のアパートまで、かれこれ100軒近いベンガル人のご自宅にお邪魔してきたが、この人たちの家の中は、所得水準を問わず、本当に綺麗なのだ。飛び入りであがり込んだお宅も多かったことを考えると、お客を迎えるために、大掃除をしたという訳ではない。日常的に、隅々まで掃除がされ、床はピカピカ。家具は整理整頓が徹底している。他方、家庭内のゴミは、外に向けて綺麗に“掃き出され”、あるいは窓から投げ捨てられるのだ。したがって、家々の間の路地はゴミの山となる。

 理解に苦しむコントラストを前に、Crossoverのメンバーは、同行してくれた協力隊員や清掃管理員に質問をぶつけ続ける。
 「何故、一歩敷居をまたいだ瞬間に、これほど明瞭に、ゴミが増えてしまうのか?」
 「街を綺麗にする仕事をしている清掃員自身が、自らのコロニーの公共空間に、ゴミを投げ捨て、放置してしまうのは何故なのか?」
 「積みあがったごみを放置しておけば、悪臭や感染症の蔓延等にもつながる。公共空間に出るゴミの量を、各家庭ベースで少なくすることで、全体的にかかるコストを下げることが出来るという発想にはならないのか?」

…疑問は尽きない。

   cleaner colony 6
 ~ 同行してくれた清掃管理員に質問攻めを浴びせかけるCrossoverのメンバー。清掃管理員の男性にも確たる答えはない… ~

 「まぁ、そういうものなんだよ…」
 清掃管理員の男性は、苦笑しながら我々の質問に応える。おそらく、そう答えるしかないのだろう。なぜなら、我々が目にした現象は、「何が当たり前か」という感覚や、日々の習慣に根差すものであろうからだ。皆深く考えている訳ではない。

 ちなみに、このブログの読者の皆さんは、ベンガル人から、「何故、日本人は路上にゴミを捨てないのか?」とふと尋ねられたら、何と応えるだろうか?道徳観や公衆衛生等の観点から、色々理屈はこねられるかもしれないが、我々が日常的にそこまで深く考えて、「ゴミを捨てない」という行動を取っているだろうか。結局は、「まぁ、そういうものなんだよ…」ということ、即ち習慣に尽きるのではないだろうか。そして、その背後には幼少時からの親のしつけや教育があるのではないか。

 ここに、JICAが支援する「ダッカ市廃棄物能力強化プロジェクト」における、核心的な困難がある。つまり、このプロジェクトの持続的な成功には、人々の価値観や習慣の変革を促すための仕掛けが必要なのだ。この点、外国人がトヤカクお説教じみたことを言っても、付き合いのいいベンガル人は「それは、あなたのおっしゃる通りですね」と応えてくれるかもしれないが、内心は、「まぁ、そういうものなんだよ…」であり、結局行動変容は促されないであろう。ゴミ箱を街中に設置しても、別な用途に使われるのが落ちだ(実際、そういう事例は、この1年間、多く見てきた)。

 従って、習慣の変革を促す、内部からの仕掛け、新しいインセンティブが必要なのだ。そして、そうした仕組みを生み出すのは、ゴミの問題に関わるステークホルダー、例えばダッカ市役所、住民、クリーナー、そして一次回収業者等、の間の継続的な対話と、対話を通じて生み出された「決め事」や「仕組み」に対する、ステークホルダーのオーナーシップなのだろう。このプロセスでは、時間と忍耐、そして建設的な対話を促すファシリテーションが必要だ。そして、そうしたプロセスに、外部者であるJICAの専門家や協力隊員は、どうしたら、最も有効に介入し得るだろうか?

 様々な疑問が胸中に湧き上がる中、Crossoverのメンバーはクリーナー・コロニーを後にし、ダッカ市内のあらゆる家庭ゴミが最終的に集まる場所、ダッカ市の南東部の端に位置する、マトワイル最終処分場に向かった。(続く) 
バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/09/20 17:11

Crossover21 バングラデシュ・スタディ・トリップ 報告② ~この街のゴミは誰の手で、どこに向かうのだろうか?(1)~

 8月26日朝6:30。スタディ・トリップ参加者が宿泊する自宅近くのホテルへと向かう。早朝のダッカは清々しい。道は綺麗に清掃され、未だ交通量の少ない道を、リキシャがベルを心地よく響かせながら、軽快に走っていく。

 いよいよ本格始動するCrossover21・バングラデシュ・スタディ・トリップ。10名の参加者が二台のワゴン車に分乗して向かった先は、日本が技術協力及び青年海外協力隊派遣事業で支援をしているダッカ市の「廃棄物管理能力強化プロジェクト」の現場だ。


 首都ダッカへの一極集中が、経済活動の効率化や雇用の拡大、情報集積等、バングラデシュの経済成長の推進力となってきた一方で、土地価格の急騰、火災や震災への脆弱性の増加、そしてスラム住民の強制退去の頻発などの問題を齎していることは、このブログでもたびたび紹介してきた。今回、Crossover・Study tripの一行が焦点を当てる「ゴミ問題」も多くの国々が高度成長・都市化を経験する中で直面してきた課題であり、バングラデシュもその例外ではない。例外どころか、諸外国の中でも最もその問題が先鋭化している、といっても良いだろう。

 何しろ、ダッカは狭い。東京23区の半分程度の土地(360km2)に、23区の人口(約900万人)の1.5倍を上回る約1,500万人が密集しているのだ。しかも、その数は増え続けている。過去20年で約3倍増という尋常でない速度で。こうした中、ゴミの効率的な収集・運搬と環境面の負荷を可能な限りコントロールした上での最終処分は、既にパンク状態にあるダッカ市の公衆衛生や市民のQuality of Lifeの向上にとって、決定的に重要な意味を持つ。

 JICAがダッカ市の廃棄物収集・処理行政の支援に向けた事前調査に乗り出した2000年には、既に問題は深刻化していた。当時、市内には、収集が一切行われない場所も多く、長年にわたって蓄積した生活ゴミが、湖や河の岸辺に積みあがり、付近一帯が耐え難い異臭に包まれていたと言う。また、収集したゴミを最終処分する埋立地も、単なる「ゴミ山」であり、そこからは、有毒ガスや汚水が発生し、深刻な環境汚染が拡大しつつあったのだ。
 
 ゴミを集め、運び、そしてまとめて処分する。文章にすると実にあっけない話だ。ただ、これを継続的に実施・改善していくのは並大抵のことではないだろう。

 第一に様々なポイントをシステムとしてつなぎ、面的に機能させなければならない。具体的には、定期的なゴミ収集・運搬とそれをチェックする仕組みの構築、それらに従事する作業員のモチベーション管理、安全面・環境面への負荷を抑える機材やシステムの導入、廃棄するゴミの種類や廃棄場所に関する規制の策定とその実施など、全てを一体として機能させなければ成功は見込めない。ゴミ箱を街中に大量に設置し、ごみ収集車を供与すれば済む、という単純な話ではない。

 第二に、ゴミが家庭から最終処分場にたどり着く間には実に多くのステークホルダーが関与することになる。行政以外の主体、例えば民間の一次回収業者や各家庭、NGOや大学等にもアプローチをし、それぞれを上手く巻き込まなければ成らない

 第三に、ゴミ問題は究極的には、「綺麗な状態とは何か?/ポイ捨ては何故良くないか?」という人々の感覚や、「街を綺麗にするのは誰の責任か?」という価値観の部分にまで光を当てていかなければ、継続的な改善は実現されない。何事も、人々が共有する「当たり前」を変えることほど、困難な話は無い。こればかりは、金を幾ら積んでも解決するような事柄ではなく、教育分野にまで踏み込む必要があるかもしれない。

 今回、Crossover・Study Tripのメンバーは、このように困難且つ重要な課題に果敢に取り組んでいるダッカ市役所の担当職員、そして彼らの努力を、ベンガル語を駆使しながら二人三脚で後押しする青年海外協力隊の現役隊員3人と共に、ダッカ市の「廃棄物管理能力強化プロジェクト」の成果と現状、そして課題をつぶさに学ぶ機会を得たのだった。


 朝7時過ぎにホテルを発った二台のマイクロ・バスが最初に向かったのは、カウラン・バザールと呼ばれる市場。ここはダッカ市のほぼ中心に位置する巨大な卸売り市場であり、朝方は魚や野菜、そして鳥の取引で活況を呈する。主要新聞社やテレビ局等が入るモダンなビル群や、日本の支援で建設されたバングラデシュ初の五つ星ホテル「パンパシフィック・ショナルガオン・ホテル」も徒歩圏内にある、東京に喩えれば、いわば築地のような場所だ。

   カウランバザール
 ~ カウラン・バザールにあるバナナの卸売り市場の様子。男達の威勢の良い掛け声が響く ~  

 僕らが到着した時間帯は、丁度朝の取引が終わったばかりの時分。各々の持ち場へと散っていった人々に代わって現れたのは、切り捨てられた農作物の枝葉、そこらで“さばかれた”鳥の羽や足のかけら、その他、訳の分からんモノたちで、本来の足の踏み場が殆ど見えなくなった道路だった。それらを、かき集め、トラックの荷台へと乗せている人々がいる。緑色のジャケットを身にまとい、黙々と作業をする彼らこそ、ダッカのゴミ収集の最前線で働く清掃員、通称“クリーナー”だ。冒頭述べたとおり、ダッカの市街が、少なくとも朝だけは綺麗なのは、明け方から仕事しているクリーナーの貢献によるところが多い。もっとも、日中、人々が無造作にゴミをそこら中にポイ捨てするものだから、町中の道路は、翌朝にはクリーナーにとって、実に“働き甲斐のある”姿に戻ってしまうのだが。

  dhaka waste management workers
 ~ クリーナーの努力の結果、足の踏み場が見えなかったカウラン・バザールの目抜き通りは、この通り、綺麗さっぱりに~

 クリーナーの仕事は、卸売市場の前や道路脇のゴミ清掃だけではない。道路下を流れる溝に詰まったヘドロを掻き出すのも大切な仕事。誰かがこれをやらなければ、ちょっとした雨で、溝から水があふれ出て、道路が冠水してしまうだろう。

   dhaka waste management 2
     
 時には溝の中に入り、ヘドロに両足を浸しての作業となるクリーナーの仕事は危険が伴う。長靴や軍手が支給されなければ、ガラスの破片などで大怪我をするかもしれない。クリーナーが、安全で健康的に、そして誇りを持って作業に従事する体制を確保することは、クリーン・シティを実現する上で欠かせない要素だろう。JICAが支援するダッカ市のプロジェクトでは、クリーナーに安全具を支給。あわせて、安全で衛生的な作業の講習やワーク・ショップを通じて、怪我や事故を未然に防ぐ活動を実施している

 当たり前の話に聞こえるかもしれない。しかし、このブログでも過去紹介した通り、例えば、ダッカの工事現場では、安全靴やヘルメットをかぶっている作業員をお目にかかるのは稀だ。それどころか、サンダル、素手という全くの普段着姿で重い建築資材と格闘している姿が目立つ。当然、事故も多い。しかし、安全具を支給するためのコストを負担するインセンティブは業者側には薄い。また、作業員も、「暑いから」「面倒だから」「皆着けていないし…」という理由で、安全具の支給を声に出して求めたりはしない。安全具を支給するための金があるのなら、給料を増やして欲しい、というのが本音かもしれない。

 クリーナーへの安全具の支給と定着という、当たり前で簡単に見える取組みも、こうしたバングラデシュの現状を踏まえてみると、なかなかハードルが高い事柄であることに気付かされる。ちなみに、クリーナーの一月の給料は約6,000タカ(約6,000円)程度。これは現在のバングラデシュの法定最低賃金(3,000タカ)の2倍にあたる。これに加え、後ほど、トリップの一員が訪問する集合住宅の一部屋が無料で提供される。ダッカの家賃がスラムでも一部屋2,000タカ程度であること、学校の先生の給与が8,000タカ程度であることを考えると、クリーナーの待遇は、悪いとは言えない。


 クリーナーの仕事振りを学んだ次に向かった先は、「Ward清掃事務所(Ward Solid Waste Management Office)」だった。

ward smw office
~ Ward清掃事務所の入り口。JICAのロゴとダッカ市役所の徽章が並ぶ ~

ダッカ市の廃棄物処理は、Ward-Base Approachと呼ばれる方法が採られている。具体的には、ダッカ市役所の廃棄物処理局が一括管理をするのではなく、ダッカ市内をより細かいWard(区)に分けた上で、そのWard域内の廃棄物処理の管理拠点となる「清掃事務所」を建設、そこを統括するConservancy Inspector(CI:清掃管理官)に、クリーナーのマネジメントや地域住民との対話、そして収集したゴミの最終処分場への運搬管理等の責任を委譲する分権型のアプローチだ。

 この方法を採ることで、現場により近いところでのマネジメント・コミュニケーション・意思決定が可能となると共に、Ward毎の競争やベスト・プラクティスの共有を促し、全体の意識やオペレーションのレベルの底上げを図ろうという訳だ。

   dhaka waste management 3
 ~ Crossoverのメンバーに現場での苦労を語るCI(清掃管理官)のショヒドゥルさん ~
 
日本で実施された研修プログラムにも参加した経験のある、この道20年以上の清掃管理官ショヒドゥルさんは、過去と比べて大いに改善したダッカの家庭ごみ収集・処分の現状やクリーナーのスキルやモラルの向上等の成果を語りつつ、最近頭を悩ましている問題についても共有してくれた。

 「街のあちこちに、企業が宣伝のための看板を立てているでしょう。あれは、無許可なものが多い。放置すると無秩序に次々と立てられた挙句、強風で倒れたりして危険なのです。また、最近の建築ラッシュの結果、建築資材や廃材を道に放置する輩が増えている。こうしたモノを整理・撤去するのは本来建設業者の責任なのだが、法令が順守されていない。でも、誰も面倒をみずに路上に放置され続ければ、事故につながるかもしれません。ということで、やむなく我々廃棄物管理局が撤去せざるを得ないケースもある。しかし、大型の物が多いため、クリーナーの怪我や収集車の故障にもつながる。規制は存在するのに守れない。困ったものです…」

 「各家庭やマンションで出たゴミを、道路脇に設置されたごみ収集のコンテナまで運ぶのは、Primary Collection Service Providerと呼ばれる民間業者なのですが、彼らとの連携強化や、ゴミが出される量自体を減らすためのコミュニティへの働きかけも道半ばです。」

 Ward間の切磋琢磨や知識の共有といった、Ward Base Approachの意図を、現場の清掃管理官は、どの程度意識しているのだろうか。

 「私を含め、今、この場に居る3人の清掃管理官はそれぞれのWardのリーダーです。市役所へのボトム・アップの報告だけでなく、同じ立場の者同士が随時顔を合わせ、それぞれが取り組んでいるテーマについて情報を共有するコミュニケーションにも心がけています。ただ、自分の目の前にある課題、例えば、クリーナーのマネジメントや、住民の参画意識を引き出して廃棄物管理問題に向き合ってもらうことは、皆さんが想像している以上に、難しい仕事なのです。」
 
 経済活動が活発化する中でゴミの量は増え、質も多様化する。こうした中、市民や企業のゴミ問題に関する主体的意識が高まらなければ、しわ寄せは、現場のクリーナーや清掃管理官の肩に圧し掛かるばかりだ。そして、彼らのリソースは限られている。また、規制の確実な実施は、Ward Officeの手におえる話ではない。市民、企業、Wardの現場、Dhaka市役所、さらには法律を所管する中央省庁との間での、対話による情報共有の重要性が身に染みる。多様なステークホルダーを巻き込んでのゴミ収集の強化が、クリーン・シティ実現に向けて不可欠な要素である理由は、そこにあるのだろう(続く)。
バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/09/16 11:09

バングラデシュが未来を切り拓くには何が必要だろうか? ~技術立国を目指して走り続ける若者たちの物語(その2)~

 広々としたイスラム工科大学のキャンパスに響き渡る鋭いエンジン音と若い歓声。100名を超えるベンガル人学生の視線の先にあるのは、「1リットルのガソリンで、どこまで走っていけるか」をテーマに、チームで創り上げた「エコラン・カー」だ。

>>>>>>> eco-run 11

今年秋に開催予定の全国大会に向けた「試行ラン」の第一走者となったボリシャル職業訓練校の学生は、細身のエコラン・カーを巧みに操りカーブを切った。その後をチームの仲間が歓声を上げながら追いかけていく。エコラン大会の火付け役であり学生たちのコーチ役でもある青年海外協力隊の大河原俊弥さんは腕組みをしながら厳しい視線でエコラン・カーを見つめる

 第一走者が無事スタート地点まで戻ってきた。昨年の第一回大会の教訓が活きたのだろうか、途中故障することも無く見事に走り終えた。素晴らしい!続いてラッシャヒ工科大学、ダッカ工科大学と試行ランは続く。しかし、走行途中でエンジンの調子がおかしくなり停止してしまう車両。スピードが出すぎてカーブを曲がり切れず、クラッシュしてしまう車両等トラブルが続出。唯一の女子チームであるチッタゴン工科大学の車両は走り出すことも出来ない。必死にエンジン調整をするチーム・メンバー。何とかしたい。何とかしなきゃ!眉間の皺は深まり、額には汗が滲む。

 本番さながらの緊張感の中での試行ランだからこそ発生する様々なトラブル。歓声と苦悶のうなり声が交差する。

 試行ラン開始から一時間。意を決した表情で女子チームの一人がヘルメットをかぶり、狭いコックピットに華奢な体をもぐり込ませた。ハンドルを握りアクセルを踏み込む。

>>>>>>>eco-run12

暫くの沈黙の後、突如車両は発進。彼女はバランスを崩しながらも必死でハンドルをさばく。大声を上げながら走る仲間たちが後に続く。会場は拍手に包まれた。イスラム工科大学のキャンパスを周回して無事スタート地点に戻ってきた女子学生。やけに大きく見えるヘルメットから開放された彼女の表情は安堵と喜びに満ちていた。
 
 しかし、大河原さんの仕事は終わらない。試行ランを終えたチームを一つ一つ回り、車両の構造やハンドルの操作性、重量等、様々な視点から、チームを指導していく。

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その表情は厳しく指摘事項は容赦ない。しかし、学生たちも真剣な表情で大河原さんの指摘に耳を傾け、率直な質問をぶつける。まるで自らの製品に誇りを持ち、決して妥協をしない職人が、若い工員を叱咤激励する町工場の風景のようだ。日本の経済成長の基盤を作ってきた数多くの中小企業の町工場では、きっとこういう本気の指導と挑戦が受け継がれてきたのだろう。


 午後3;00。キャンパスに響き渡っていた歓声は、次第に柔らかくなっていく日差しのなかで、少しずつ静寂に取って代わられていく。ようやく一息を付いてコーラで喉を癒す大河原さんをつかまえて、エコランに掛ける想いやその先にあるビジョンについて語ってもらった。

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 「バングラデシュが将来を切り拓いて行く上では何が必要か。それは決められたことを決められたとおりにやって満足する状況から抜け出し、自分たちで創意工夫を繰り返しながら、新しいモノを作り出していく力だ。学生達にはエコランを通じて、失敗から学び、直面した壁を自ら乗り越えていく力をつけていって欲しい。そしてその過程を大いに楽しんで欲しい。」

 縫製業を中心に近年目覚しい経済成長を遂げるバングラデシュ。しかし、例えば繊維製品を作り上げるのに必要なミシンは全て輸入頼み。MADE IN BANGLADESHを唄う電化製品やバイクを製造・販売するWALTONという会社はあるものの、部品は全て外国製。WALTONの提供できる付加価値は、組立てと販売、アフターケアに留まっている。バングラデシュが世界に提供できる価値が「安価な労働力」だけでは、何時までたってもこの国の人々は、付加価値ある何かを自分たちの手で作ることは出来ない。多くの労働者は、このブログでも紹介した牛革加工や船舶解体、レンガ工場、あるいは出稼ぎ先の中東地域の工事現場と言った、3K職種に甘んじ続けることになる

 しかし、この状態から脱却するための資産を、バングラデシュは持っているのだ。それは大勢の若者たちだ。バングラデシュの若者たちが、柔軟な発想力と失敗を恐れない精神を持ってものづくりにトライする機会、即ちエコランは、この国の技術力を高める基盤となるのだ。
  
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 大河原さんのビジョンは技術に留まらない。
 「エコランは技術を身に付けるためだけの機会ではない。エコラン全国大会が実現し、さらに、バングラデシュの毎年の恒例行事として、全国各地の職業訓練校や技術大学校が競い合う国民的イベントとなれば、それぞれの地元の人々も地元代表を懸命に応援するでしょう。まさに、甲子園を目指す高校球児と彼らに声援を送る地元のつながりと同じです。それを通じて、皆で共通の目標に向かう力、そしてフェアプレーの精神がバングラデシュに定着していく。これはこの国の「汚職」を無くしていく上で、大きな力となるはずです。」

 世銀がプロジェクトを実施していくうえで、必ず直面する巨大な、しかし目に見えない壁が公共機関の「Weak Institution」。「Institution」とは日本語に訳しにくい言葉だ。辞書を引くと「機関」「制度」「慣例」といった字句が並ぶが、僕は「組織力」だと捉えている。即ち、単にフローチャートとしての「組織」やその組織を動かすための「ルール・慣例」、あるいは十分な人員や設備といた物理的な事柄だけでなく、組織のメンバーが共有するミッションやゴール、メンバーを目標に向けてプロアクティブに歩ませる動機付けや相互学習、あるいはメンバー間の連帯感や共感、即ち仲間意識がコアとなる概念だと考えている。

 そして、これらがバングラデシュの特に政府部門では著しく欠けているのだ。エコランというグループ・ワークを通じて、こうした「Institution(組織力)」を高める人財がきっと育っていくだろう。それは、高度な技術を持続的に生み出していく上でも不可欠な要素だ。

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 最後に「フェアプレーの精神」。贈収賄や横領、あるいは多くの政府職員あるいはその家族が私企業経営に関わり、公の資源を我田引水する利益相反等、あらゆるタイプの汚職が、この国には蔓延っている。それは、多くの開発プロジェクトの成果を遠ざけるばかりか、「正直者が馬鹿を見る」風潮として社会に根を張り、納税意識を低め、援助頼みの状況からの脱却を阻む

 エコ・ランへの参加を通じて、そしてエコランに参加する学生たちにエールを送ることを通じて、この国の人々が、フェアプレーの大切さ、楽しさ、爽やかさに集団として強い気付きを得れば、システムとして定着してしまった汚職文化を、自ら変えていこうという波が生まれるかもしれない


 インタビュー終了後、最後に残っていたチームの元に大河原さんは掛け戻っていった。

 向き合うのは、目の前にある車両、そして若者達。しかし、彼の目指す北極星は、その先にある。バングラデシュのこれからの国創りに必要な目には見えない三つの大切なモノだ。

 「僕はいつかはいなくなる。僕無しで、ベンガル人の若者の手で、エコランが継続し拡大していくことができるか。それが成功の定義です。」

 そう、北極星に向かって、運転席に座り、勇気を持ってアクセルを踏み込み、故障も乗り越えて進んでいくべきは、他ならぬベンガル人の若者たちなのだ。エコ・ランは、そんな志を持ったベンガル人の若者たちの、若者たちによる、若者たちのための物語なのだ。(終わり)
バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/03/18 02:52

バングラデシュが未来を切り拓くには何が必要だろうか? ~技術立国を目指して走り続ける若者たちの物語(その1)~

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 バングラデシュが未来を切り拓くのに必要なもの。それは「試行錯誤を通して得られる物作りの力」「チームで共通の目標に向かう力」、そして「フェアプレーの精神」

 こう信じて走り続ける男がいる。バングラデシュ青年海外協力隊平成21年度4次隊の大河原俊弥だ。バングラデシュ南部の町、ボリシャルの職業訓練校でコンピューター講師として活躍する大河原さんと出会ったのは昨年秋。彼が本業を超えて手掛ける「燃費競技大会(通称エコラン)」のコンセプトと、その先に描かれるビジョンに初めて触れたのもその時だった。エコランとは、「最も燃費の良い車両をつくる」ことを目標に、バングラデシュの工業大学の学生たちがチームを作って車両を作成、ガソリン1リットルで何キロ走れるかを競い合う大会だ。僕が小学生時代に毎年夢中になって見ていた、琵琶湖に向けて意匠を凝らした様々な手作り飛行機が飛び立つあの「鳥人間コンテスト」を髣髴とさせるこの競技。日本では30年以上前から行われており、最高記録はなんと3,000キロを超えるそうだ

 エコランのコンセプトをバングラデシュにも根付かせ、最終的には、エンジニアを志す全国の若い学生たち参加する「エコラン全国大会」を実現したい…こんな大きな目標に向けた第一歩は小さいが確かなものだった。

 2010年12月、現在利用が停止されているボリシャル空港の滑走路で開かれた第一回エコラン大会に参加したのは、大河原さんの赴任先であるボリシャル職業訓練校の学生がつくる2チームのみだった。参加学生数も5ヶ月の作成期間を通じて減り続け、当初の30人から最後までしっかり参加したのは5人程度。しかも本番もトラブル続きで、ようやく出来上がった2台のうち走ることが出来たのは一台のみ。しかし、その一台が一リットルのガソリンで100キロを走ったのだ。共通の目標に向かって皆で本気の試行錯誤(チャレンジ)を続け何かを成し遂げることの喜び、そして5ヶ月間の苦労が合わさって涙をする学生もいたという。

 第一回エコランから様々な反省と確かな手応えを得た大河原さんは、その後、バングラデシュ各地にある技術大学、工科大学を駆け回り、大学関係者や学生にエコランのコンセプトとその先にあるビジョンを語り続けた。第二回大会を全国規模にするために…


 2012年3月9日、週末である金曜日の朝早くから、僕は友人とともに、ダッカ郊外のガジプールにあるイスラム工科大学(Islamic University of Technology)に向かっていた。向かう先で開かれるのは今年秋に企画されている「第二回エコラン大会」に向けた「Eco-Run Demonstrative Trial Contest(試行ランを兼ねた予備戦)」だ。一体何台のエコラン・カーが出場するのだろう?しっかり走ることが出来るのだろうか?どんな形の車が登場するのだろう?
 
 大河原さんがベンガル人の学生たちと描いてきたエコランの過去、現在、そして未来に強く共感していた僕は、笑いあり、涙ありの「鳥人間コンテスト」のテレビ番組が始まるのを待っていた子供の時のように、胸の高まりを覚えていた。

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 モダンな建物と美しい緑のグランドが印象的なイスラム工科大学に到着したのは朝9:30。既に大勢の学生たちがひしめいている。人数は軽く100人を超えるようだ。キャンパスに並ぶ形も様々な「エコラン・カー」は11台。各チームに分かれてそれぞれが試行錯誤の末に創り上げた車両の整備に余念がない。

 前輪横にバングラデシュと日本の国旗を掲げるこちらのエコラン・カーは、昨年も参加したボリシャルの職業訓練校の学生チームの車両。少ないガソリンでどこまでも走っていけるよう、出来る限りの軽量化を図っている。
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 こちらは、バングラデシュ北部の都市、ラッシャヒ工科大学のチーム。安定感重視だろうか、4輪のエコランカーだ。
 
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 鮮やかなサロワール・カミューズに身を包む女子学生たちが、手を真っ黒にして最後の調整に汗をかいている。今回参加する11チームのうち、唯一の女性チーム。チッタゴン工科大学の学生達だ。

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 こちらはおそろいのポロ・シャツも作って団結力をアピールするダッカ工科大学のチーム。「Eco-Fighter!」と名付けた愛車を囲んで気勢を上げる。気合十分だ!
 
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 今回は試行ランということで、参加チーム一斉スタートの競争はせず、一台ずつキャンパスを周回し、そのスピードや走行距離、操縦性、重さ、そして作成コスト等をチェックするのが目的。今回の試行ランで得られた教訓を糧に、学生たちは今年秋に開催予定の本番に向けて、チャレンジを続けることになる。

 大河原さんは、「試行ラン」全体の運営、そして各チームへのコーチングに駆け回る。カラリと晴れ渡った空から照りつける太陽は、エコラン・カーや学生たちの影を次第に濃くし、地上の熱気を高める。作業着姿で駆け回る大河原さんの額には汗がにじむ。学生たちは、それぞれの作業やおしゃべりに夢中で、全体が全く見えていないようだ。決められた時間になっても、決められた場所に動こうとするチームは少ない。

 「おい、早く移動しろと何度も言っているだろ!」
 「そこ、ヘルメットをつけずに絶対に運転するな、と何度言ったら分かるんだ!!」

 大河原さんのベンガル語の怒声がキャンパスに響き渡る。元自衛官でもある大河原さんの一喝は迫力満点だ。ダラダラとしていた学生たちの動きも引き締まる。ようやく11台のエコラン・カーが横一直線に並び、試行ランの準備が整った。

     eco-run 8

 最初のチームはボリシャル職業訓練校チーム。そして、彼らの試行錯誤の結晶であるエコラン・カーが、今、鋭いエンジン音をあげながらスタート地点を飛び出した!(続く)
バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/03/15 02:16

その女性は如何にして“自己”を見出したのか?(その3)

バングラデシュの農村部に根強く残る、女性を取り巻く様々な経済的・社会的・制度的な頚木を乗り越え、自分自身を夫や家庭に依存する存在から、家庭や地域の問題を解決する存在へと変革していったナシマさん。これまでの業績をたたえる数々のトロフィーを前に、彼女は尚、自分の向上心に灯をともし続ける。
 「どうしたら商品の品質がもっと上がるか、日々考えています。ここで働く女性達が各自の家で仕事をし半製品を工房に持ち込む形式だと、矢張り品質管理に限界がある。より多くの従業員が工房の中で働けるよう、工房を拡張する必要があり、今、その計画を立てているところです。」

    ナシマさんの工房
 ~ 鍋掴みやテーブルクロス、ティッシュ・ボックスカバーなど、ファンシーな小物が並ぶナシマさんの工房。友人のバースデー・プレゼントにニワトリの形をしたカバーを購入した~


 10年前、染物教室の講師であったI坂さんに、夫の反対を前に、ただべそばかりをかいていた、というストーリーは、今のナシマさんを前に想像が出来ない。そんな彼女に尋ねてみた。

「もし10年前にタイムスリップすることが出来て、かつての自分にアドバイスが出来るとしたら、何を伝えますか?」

 ナシマさんの真っ直ぐな答えはこうだった。
「人生で苦労した人は、きっと将来、前に進めるはず。今は耐えて。そして時間を大切に。泣くよりも先に、やるべきことは幾らでもある。」 

 そんなナシマさんの生き方は、村の若い女性に大きな勇気を与えているのだろう。工房で胡坐をかきながら黙々と作業を続けていた16歳の女の子は将来の夢をこう語ってくれた。

「ここで腕を磨いて、将来、ナシマさんのようになるの。結婚?両親には私の承諾なしに、私の結婚相手を勝手に決めさせるようなこと、させないから!それにうちの両親は私の夢をきっと理解してくれるはず。」

     ナシマさんの工房で働く若い女性たち


 
毎年秋、その時々の重要な開発課題に焦点を当てて出版される世界銀行の最大の知的プロダクツ「World Development Report」。2012年のテーマは「Gender Equality and Development」だ。
 
 レポートは「ジェンダーの平等を目指すことは正しいだけでなく経済合理的である(Gender Equality: the Right and Smart Thing to Do )」とのメッセージを世界に発信した。このメッセージは例えば以下のような統計により裏付けられている(世界銀行東京事務所ウェブサイトより)。

・女性の農民が男性と同等の扱いを受けることにより、メイズ(トウモロコシ)の収量が、マラウイで11~16%、ガーナで17%増大する。
・ブルキナファソでは、肥料や労働などの農業インプットへの女性のアクセス向上、つまりこうした資源の配分を男性から女性に移すだけで、追加的な資源を投入することなく世帯当たりの農業生産高を全体でおよそ6%向上できる。
・食糧農業機関(FAO)の推定によると、女性の農民が男性と同等に資源へアクセスできれば、途上国における農業生産高は実に2.5~4%も増大する。
・特定の職種やセクターから女性を締め出してきた障壁を撤廃すれば、多くの国々で男女の労働生産性の差が3分の1から2分の1ほど縮小し、労働者1人当たりの生産量が3~25%改善される。

 この他にも、例えば女性の識字率や就学率の向上は、HIV/AIDSの罹患率低下や乳幼児の死亡率改善、さらには女性一人あたりの出生率低下を通じた人口増の抑制を齎している。そして、バングラデシュは女性の地位向上による社会指標の改善のフロント・ランナーだ。例えば、女性にターゲットを絞った条件付給付金支給策(Conditional Cash Transfer:CCT)や職業訓練等の対策により、女子の中学校就学率が1991年の30%から2005年には56%に向上、女性の労働市場参加率は倍増、そして、出生率は1971年の約7人から2008人には約2人にまで低下する等の成果がWorld Development Reportでも紹介されている。
 
 今回の物語で紹介したナシマさんは、自らの人生を変え、家計を助け、そして社会を変えている多くのバングラデシュ女性の一人なのだ。

      ナシマさんご一家と
     ~ラッシャヒの街でコンピューター教員として活躍する協力隊の浜田さん、そしてナシマさん御一家と~
バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/01/04 04:22
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