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破壊されたコミュニティの再生に向けて、自分は何が出来るだろうか?(その4)

 「3月22日午後5時ごろ、ブラモンバリア県で巨大な竜巻が発生、約30人が死亡、500名が重軽傷、数千世帯が全壊」

 深夜にノアカリから戻った僕が週明け日曜日に目にした新聞の一面は、またしてもショッキングなニュースだった。

 バングラデシュはいわずと知れた災害多発国。1970年から2009年までの約40年間で、126のサイクロン、5回の旱魃、75回の大洪水、7回の地震に見舞われ、死者総数は51万6千人、被災者総数は3億7千6百万人に上る(出展: EM-DAT 2010)。たとえば、2007年11月に死者4,234人、負傷者約5万5千人、倒壊家屋150万、GDPの2.8%及ぶ経済損失という壊滅的な被害をもたらしたサイクロン、Sidr(シドール)は記憶に新しい。また、あまり知られていないが、冬の寒波で北部を中心に毎年大勢の死者が出るほか、東部の丘陵地帯では大雨による土砂崩れの被害が発生する。バングラデシュ政府や世銀・JICAなどの開発パートナーも緊急支援に加え、事前の備えの強化にも力を入れており、沿岸部を中心としたサイクロン・シェルター建設、護岸壁の構築、そして早期警戒制度の整備によって、以前と比べてサイクロンの死傷者が減っているといった成果も出ていることは、以前このブログでも紹介した。しかし、リソースは限られており対策は道半ばだ。

 竜巻の被害を報じる新聞記事を繰りながら、津波に全てをさらわれた東北の風景や、2005年8月のハリケーン・カトリーナで最も大きな被害を受けた米国ニューオリンズの第9地区の風景が、その土地の人々と交わした言葉や、胸に吸い込んだ誇りっぽい空気、そして冷たい瓦礫の重さとともに、脳裏に鮮明に蘇ってくる。

 「行こう、人々のもとへ」

 心を決めるまでに殆ど時間は必要なかった。幸い、僕の手元には、過激派の攻撃を受けたヒンドゥー教徒のコミュニティ再建のために友人や同僚から預かっている150万円以上の資金がある。この一部を竜巻の被災者の生活再建に役立てることができるはずだ。早速、まとまったお金を僕に預けてくれた友人に当初の目的外の資金利用について相談のメールを打つと、「池田君が正しいと思うことに使って下さい」という心強い返信をすぐに頂いた。多くの友人や同僚たちに力をもらった僕は、竜巻が発生した翌週末、3月29日金曜日の朝一番の列車でブラモンバリアに向うべく、ダッカ中央駅(コムラプール駅)を発った。 


 ブラモンバリア県はダッカから東へ約100キロ。列車では3時間程度と、先日来訪問しているノアカリよりは大分近い。指定席のチケットは取れなかったが、空いている席に何食わぬ顔をして座り込む。まぁ、どけと言われた時にどけばよいのだ。

  Bramonbharia 13 
 
 予定を大分遅れてコムラプール駅をゆるゆると出発した列車の車窓から見えるのは、線路脇で暮らす人々の生活の息遣いが聞こえる市場や集合住宅、そして列車に向かって手を振る子供たちの笑顔だ。時より響く列車の汽笛と、規則正しい列車の揺れに旅情が深まる。しかし、のんびりとした汽車旅を楽しめたのは30分程度。空港駅を過ぎたあたりから列車は大分混み始め、ちゃっかり座っていた座席の“正規のお客さん”がとうとう現れた。ついに席を明け渡さなければならない。これからは立って移動だ。

  Bramonbharia-1

 すぐ隣で同じように列車に揺られているバングラデシュ人の若者が、訝しそうな顔をしてたずねてくる。

 「君、外国人だろう?何で、汽車なんかで移動しているんだい?こんなに混んでいて、苦痛だろう?」
 「まぁね、でも、東京の電車の混み方はこんなもんじゃないよ。殆ど動けないような電車に揺られながら、毎日1時間かけて職場に向かうんだよ」
と返すと、信じられないといった表情。 「だって、日本はリッチだし、すごい技術をもっているんだろう?何で電車が混むのだ?」と畳み掛けてくるも、人の数が多いし、みんな一斉に出勤するんだから仕方ないですよね。そんな会話を交わしながら電車に揺られること3時間、ブラモンバリアに到着したのは午前11;00前だった。


  Bramonbharia-2
 ~ブラモンバリア駅でチッタゴン方面へと向かう列車に乗り込む人々。バングラデシュの人々は、降りる乗客を待った上で、順々に列車に乗り込む。まぁ多少荒っぽいところもあり、怒声が飛び交うことも稀ではないが、少なくともインド人よりは余程秩序正しく、また予測可能な行動を取る人々だ。~

 ブラモンバリアは、大都市の活気と地方都市の穏やかさが程よく中和した街だ。とりあえず駅前の露天で一杯5タカ(約5円)の甘いお茶でのどを潤す。ここで現地で活躍する青年海外協力隊の友人と合流して、竜巻の被害にあった地域へとCNG(天然ガスで動くオート三輪)で向かった。 

 竜巻が発生したのは3月22日の午後。その日、ブラモンバリアの天気は異常だった。真夏日だと思ったら急に雲行きが怪しくなって気温が下がり、季節はずれの雹(ひょう)が降ったという。その後しばらくして発生した巨大な竜巻が時速70キロのスピードで約8キロを南北に移動し、8つの村々と田畑を壊滅させたのだ。 

 「過激派に襲われたノアカリの村は小さな集落でしたけど、こちらは広範囲が面的にやられているので、どこから手をつけていいのか、悩ましいと思います・・・」

 既に被災地に何度も入っている協力隊の友人の説明を聞きながらCNGを20分ほど走らせていると、突如風景が一変した。街道沿いの街路樹が  立ち枯れた冬の木立のようになっている。枝もやけに短く途中から引きちぎられたような痛々しい姿だ。さらに根元から引き抜かれた大木の姿も目に飛び込んでくる。いよいよ被災地に入ったのだ。 
 
  Bramonbharia 14 

 今回僕らが訪れたのは、ブラモンバリア県の県庁所在地圏内(ショドール)にある人口2千人程度のジャルイルトラ(Jaruiltora)村。街道から村へ入ると、服を荷台に山ほど積んだトラックの周りに大勢の人が群がっている。聞けば隣のコミラ県の市民が、被災者向けに寄付した服を運んできたという。ほかにも大勢のボランティアが市民から募った食料や生活必需品を被災地に運んでいるそうだ。  
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 「困ったときはお互い様」、「とにかく、自分たちが出来ることをまずやろう!」そんな想いでつながる相互扶助のネットワークが全国津々浦々のコミュニティに繁茂するバングラデシュの強みは、ここでも健在だ。心温まる風景はしかし、全壊したトタン家屋の瓦礫が一面に広がる強烈な風景にすぐに取って代わられた。行けども行けども、瓦礫の山。圧倒的な自然の力と、人々の苦しみを前に、途方にくれている自分がいる。今はただ、目の前の光景を直視するしかない。
  
     Bramonbharia 8 

 瓦礫の山の中に、政府が配給した小さなテントが張られている。被災地の人々は、ただ黙々と、瓦礫を片付け、あるいは、支援に入っている現地のNGOや市民団体のメンバーらしき人々に被害の状況を淡々と語っていた。僕らは最初、ただただ歩いた。歩くしかなかった。誰にどう声をかけたらよいのか、どこから何をしたらよいのか、わかるはずもなかった。  

   暑い。汗が次々と滴り落ちる。どうしよう。誰に対して何をしたらいいのか分からないけれど、とにかく、話を聞かないことには始まらない。ちょうどすれ違った村のおじさんに、病院に行けずに残っているけが人は村にいないか尋ねると、一軒のテントへと連れて行ってくれた。

 テントの中には、瓦礫の山から何とか見つけ出した、僅かばかりの家財道具以外は、殆ど何もない。その何にもないテントの中に、一人の若者が母親に付き添われて横たわっていた。

  Bramonbharia-5  

 大怪我をして横たわっていたのは、この一家の長男であり、今年18歳になるジュルハッシュ君だった。母親のファティマさんの話では、ジュルハッシュ君は、母と障がいを抱える父、そして3人の弟と3人の妹を、家具作りの仕事をしながら支える一家の大黒柱だった。ところが、仕事をしている最中に竜巻に襲われ、全壊した工房に押しつぶされて重症を負ってしまったのだ。病院にいかなければならないのは百も承知だが、治療費はおろか、県立病院にいくための交通費すら覚束ない。このままジュルハッシュ君に治療が施されなければ、彼だけでなく家族全員の命が危うい。ジュルハッシュ君の叔父さんに当たるザキールさんが駆けつけて、当座の食料などの面倒を見てくれているようだが、ザキールさんが暮らす隣の郡、アカウラも竜巻の被害を受けており、彼の家にも余裕はない。
 
 一刻を争う状況を前に、僕は友人たちから預かったお金のうち、2万タカをジュルハッシュ君に握らせ、耳元で若き大黒柱に伝えた。

 「ジュルハッシュ、大丈夫。絶対によくなる。君は、両親と妹・弟を守ってきた強い長男なんだから。このお金、君の家族を心配する大勢の友人から預かったものだ。これですぐに病院に行って、治療を受けてきてくれ。2-3週間後に戻ってくるから、そしたら元気な姿を見せてくれよ。」
 
 叔父さんのザキールさんにも、今日中に必ず病院まで連れて行くように伝え、僕らはそのテントを出た。眼前には途方もない瓦礫の山が広がっている。しかし、瓦礫に圧倒されていても、状況は何一つ分からないし、変わらない。人の話に耳を傾けなければ。他にけが人は?特に、一家を支える働き手のけが人はいないか? (続く)
 
 
 
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/04/06 02:58
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