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バングラデシュが未来を切り拓くには何が必要だろうか? ~技術立国を目指して走り続ける若者たちの物語(その3)~

 先の見えない政情不安という暗雲が垂れ込めているバングラデシュに、久しぶりに光が差した。それは、真夏の太陽のように、真っ直ぐで、力強く、そして前向きな光だ。

 2013年3月15日。ひょっとしたら将来、バングラデシュの産業史に刻まれる記念日となるかもしれないこの日の空は、突き抜けるように青く、雲ひとつなかった。リキシャに揺られながら朝の街を駆ければ、からりとした風が清々しく体を撫でる。そしてぐんぐんと上がる気温。この日ダッカの最高気温は34度を記録した。そんな「春」真っ盛りの日に(バングラデシュの夏はもっと暑く、そして耐え難い湿気に支配される)「エコラン・バングラデシュ全国大会」がダッカの「ボンゴ・ボンドゥ国際会議場」の広々とした駐車場で開催されたのだ。

 エコランとは、「最も燃費の良い車両をつくる」ことを目標に、バングラデシュ各地の工業大学の学生たちがチームを作って車両を作成、ガソリン1リットルで何キロ走れるかを競い合う大会だ。

     Eco-Run 2013-1

 
   エコラン全国大会に至る経緯、及びエコラン-バングラデシュの火付け役である青年海外協力隊員、大河原俊弥さんのエコランに懸ける想いについては、以下の記事を参照ください。
 「バングラデシュが未来を切り開くには何が必要だろうか~技術立国を目指す若者たちの物語(その1)~」 
 「バングラデシュが未来を切り開くには何が必要だろうか~技術立国を目指す若者たちの物語(その2)~



 会場となった「ボンゴ・ボンドゥ(バングラデシュ初代大統領ムジウル・ラーマンの愛称)国際会議場」は、その名のとおり、国賓クラスを招いての国際会議を実施するために作られたバングラデシュの中でもっとも立派で規模の大きな施設。午前9:30の開会を前に会場に入ると、そこは既に大勢の人々で熱気で満ちている。そして、初のエコラン全国大会の実施を告げる巨大なバナーや協賛企業のたて看板が所狭しと並べられている。

 大会の方針は、バングラデシュの主要工業大学の教授陣、JICAスタッフ、そして協賛企業の役員で構成される運営委員会で決定、フルタイムのイベント・マネージャーとして雇われたバングラデシュ工科技術大学卒の優秀な若者が、大会実施に向けた具体的な段取りや運営を担ったという。会場で配布された立派な冊子をめくれば、招かれたゲストとして、JICAのバングラデシュ事務所長、日本大使館の参事官、そしてバングラデシュ政府の商業大臣、教育省事務次官など、そうそうたる顔ぶれが並んでいる。 
   
 「晴れ舞台」というにふさわしいこの場に、主役として参加するのは、バングラデシュ工科技術大学(BUET: Bangladesh University of Enginnering and Technology)チッタゴン技術工科大学(CUET)ラッシャヒ工科技術大学(RUET)イスラム技術大学(IUT)、ボリシャル職業訓練大学(BTSC)、そして軍の科学技術研究校(MIST: Military Institute of Science and Technology)の6校の若者たちが、チームを組んで作り上げた5台の四輪車両、10台の三輪車両だった。
 
 ふと、長い黒髪を掻きあげてヘルメットをかぶり、その華奢な体を四輪のエコラン・カーに滑り込ませた女子学生の姿に目が留まった。確かに見覚えがある。そう、昨年3月にダッカ郊外にあるイスラム工科大学のキャンパスで開催された試行ランを兼ねた予備選(Eco-run Demonstrative Trial Contest)で僕は彼女を見かけたのだった。
  
         Eco-Run 2013-4

   あのとき、チッタゴン技術工科大学の女学生である彼女のチームが作り上げたエコラン・カーは、エンジン・トラブルで走り出すことが出来なかった。調整は数時間に渡り、もうイベントも解散か・・・と思われたその時、唸り声のようなエンジン音とともに急発進したその車のハンドルを必死でさばき、イスラム工科大学キャンパスを一周したのが彼女だったのだ。走り終えた後の彼女の表情、そして、歓声を上げながら急発進した車を追いかけていったチーム・メンバーの躍動感に満ちた背中に、鳥肌が立つような感動を覚えたのが、昨日のようだ。

 そして、あれから1年という月日が流れたのだ。
 
 如何にしてエンジンの動力を無駄なく車軸に伝えることができるか?風の抵抗が少なく、軽い車体をどうデザインし、それをどのように具体的な形に落とし込むか?カーブを曲がりきることの出来る安定感をどうやって保つか?部品や道具はバングラデシュのローカル・マーケットで手に入るのか?そして、全体の予算を10万タカ(約10万円)の上限に押さえ込み、且つ、試行ランも含めて期限内にしっかり完成品を作り出せるのか?

 学生たちは、数々の難問・難関を、頭を働かせるだけでなく、工房の中で手を動かし、車体の下にもぐりこみ、ローカル・マーケットに足しげく通いながら、突破してきたのだ。、そんな努力と試行錯誤の結晶が、今、ダッカの春の陽光の下で輝いている。いよいよ、レースがスタートだ。

   Eco-Run 2013-3

 審判員が1リットルのガソリンを、エコラン・カーにすえつけられたシリンダーに注ぎこむ。レースは、ボンゴ・ボンドゥ国際会議場の駐車場を3周し戻ってきた車のガソリン消費量を競い合う。もちろん、最も消費量が少ない「エコな」車が勝者だ。

    Eco-Run 2013-2     

 拍手に包まれながら次々とスタートを切るエコラン・カー。昨年の試行ランの際は、なかなか動き出さないと思ったら急発進をする車や、カーブを曲がり切れずリタイアしてしまう車が目立ったが、一年を経た今日、スムーズにスタートを切る車の数が圧倒的に多く、金属音が触れ合うノイズやエンジンを吹かす音も少ないのには印象付けられる。そして、進化を遂げたエコラン・カーが広々とした国際会議場の敷地を回る姿を、静かに見つめる人物がいる。この巨大なムーブメントを牽引してきた大河原俊弥さんだ。
 
 3年前、バングラデシュ南部の地方都市ボリシャルで、勤務先だったボリシャル職業訓練大学の学生たちに、日本では歴史あるエコラン・イベントの興奮と可能性、そして、その先にある夢を語り、彼らの情熱に火を灯したのが出発点だった。その後、2010年12月にボリシャル空港の滑走路で開かれた初のエコランに参加できたのは、職業訓練校の学生がつくる2チームのみ、そして実際に走ることが出来たのは一台のみだったことは、以前の記事で触れた。そして、その後も、大河原さんの全力疾走は続いた。バングラデシュ全土を、船で、ローカル・バスで、そしてその両足で駆けずり回り、エコランにかける思いとビジョンを語り続けてきた大河原さん。そんな彼の背中にひきつけられ、共に走り出す学生たち、そして本気になって応援しようという教授陣の数は増え続け、ついにJICAやバングラデシュ政府も本格的に支援をするに至ったのだ。

    Eco-Run 5
 
 そして、今日、大勢の観衆の声援がこだまするボンゴ・ボンドゥ国際会議場で、純白の作業服に身を包み、白い帽子を深々とかぶってエコラン・カーが次々と目の前を駆け抜けていく様子を見守っている大河原さんは、今、何を感じてるのだろうか?その視線や姿勢、そしてアクションから学生たちに何を伝えたいのだろうか?まぁ、レースが架橋に入っている今は、感慨に浸っている暇もないだろう。
 
 ひときわ大きくなる歓声に我に返ると、ゴールに入ってくるライト・ブルーの車体が目に入った。車体とお揃いのライト・ブルーのTシャツの学生たちが歓喜の声をあげながら、今スムーズなゴール・インを遂げた車の周りに集まってくる。コックピットから立ち上がり、ヘルメットをはずしたのは、チッタゴン工科大学の彼女だった。思わず、彼女の元へと駆け寄っていく自分がいた。


 
 「おめでとう!すばらしい走りだったね!!昨年のイスラム工科大学でのイベントにも出ていたよね?」
 「ありがとうございます!!今回はちゃんと走れてよかったぁー。本当によかった。」
 「もしよかったら、少し話を聞かせてもらいたいのだけれど・・・なぜ、エコランに参加しようと思ったのかな?」

 突然の僕からの質問に、彼女は、息を弾ませながらこう答えてくれた。

 「コンセプトにすごく興味があったんです。車の速度を競い合うのではなく、燃費の良い車を作るって言うコンセプト。今のバングラデシュにとってすごく大事だと思ったんです。今、チッタゴンは大気汚染が深刻です。それに燃料も足りない。ガスの値段はどんどん高くなっていますよね。」
 「なるほど、確かにそうだね。ところで、エコランに参加している女子の数って少ないよね?男子ばかりのレースに参加するのは、抵抗はなかったの?」
 「逆ですよ。女子が少ないから参加したんです。私が参加するといったら、加わってくれた女友達もいましたし。来年からは後輩の女子ももっと参加すると思いますよ。」
 「ごめん、順番が逆になってしまったのだけれど、名前と学年を教えてもらえる?」
 「アルディーラ、チッタゴン工科大学の3年生です。」
 「3年生なんだ。もうすぐ就職活動も始まるんじゃない?将来はどうしたいの?」
 「そうですね、バングラデシュの国内の企業に就職して、もっと色々なものづくりに挑戦したいです。


 まぶしい笑顔を残して、彼女は仲間の元に駆け戻っていった。相変わらずゴール付近で淡々と記録をとる大河原さんの姿がある。彼の思いは、ものづくりの楽しさを知り、試行錯誤とグループワークの大切さを学んだ、アルディーラのような「技術立国バングラデシュ」の担い手に、確かに届いているようだ(つづく)。


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バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(2) | トラックバック:(0) | 2013/03/19 19:51
コメント:
文章をよむだけで
すごい!の一言です。
文章を読んだだけで、ぐっとくるものがありました。
こんな素敵なことを牽引してきた先輩がいるバングラデシュにいけることを嬉しく思います。


未来の担い手、万歳!
大気汚染、急速すぎる物価の上昇。国が抱える問題に正面から向き合い、未来を考える。そんなアルディーラさんのキラキラした大きな瞳が想像できます。
国の未来の担い手である子供達がみんな、将来の夢に向かって力強くアクセルを踏める、そんなバングラデシュになりますように。そのために私にできること、些細な事ですが実行したいと思います。

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