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バングラデシュが教えてくれた大切なこと⑦

 2月21日は国際母語デー(International Mother Language Day)だ。1999年11月17日にユネスコ(国連教育科学文化機関)が制定した国際母語デーは、言語と文化の多様性、多言語の使用、そしてそれぞれの母語(母国語ではない)を尊重する精神を世界が共有するための日だ。

 母国語と母語とは違う。母国語とは、自らが国籍を有する国で使用される言葉。母語とは文字通り母親から赤ちゃんへの語りかけを通じて受け継がれていく言葉だ。この違いは「母国語=母語=日本語」との公式が無意識に成り立つ多くの日本人にとっては分かりづらい。しかし、世界にはこんなストーリーがある。


 今から61年前、1952年2月21日、ダッカで5人の大学生が亡くなった。パキスタン政府が、西パキスタンの「母語」であったウルドゥ語を、東パキスタン(現在のバングラデシュ)も含む東西パキスタンにおける唯一の公用語、つまり母国語にするとの方針に抗議してデモ行進をしている最中に、警官隊の銃撃によって斃れたのだ。学生達の命懸けのアクションは、「母語ベンガル語」を守るための巨大なムーブメントとなって東パキスタン全土に燎原の火のごとく広がり、パキスタン政府にベンガル語も公用語として認めさせる原動力となるとともに、その約20年後に起こるバングラデシュ独立戦争における精神的な布石ともなる。

 「Amar Ekushey(アマール・エクシェイ:私の2月21日)」と呼ばれるこの日は、バングラデシュの国民の祝日だ。人々は5人の学生の魂を悼み、母語の大切さを心に刻むためにShaheed Minar(ショヒド・ミナール)と呼ばれる碑に花を手向ける。現在、ベンガル語を母語として日常生活で使用しているのは、バングラデシュの国土で暮らすベンガル人に加え、インドのコルカタを州都とする西ベンガル州の人々、そして世界中で生活しているベンガル人移民労働者などなど、その数約1億8千万人。ベンガル語は、世界で6番目の使用人口を擁するのだ。

   ショヒド・ミナール
 ~ダッカ大学のキャンパスに程近い場所、そしてバングラデシュの国中の学校に建てられているショヒド・ミナール。亡くなった5人の学生を表す4つの柱、その死を悲しんで頭を垂れる母親を表す中央の柱、そして流された彼らの血を表す背景の赤いサークルで構成されている。~

 日本ではしばしば、バングラデシュが「イスラム国家」と表現される。でも、ここで生活をしていれば、それに違和感を感じる人は多いだろう。確かに街のあちこちにモスクがあり、断食や犠牲祭などイスラムの行事も多い。しかし、ヒンドゥーや仏教の寺院、キリスト教の教会も、モスクと比べれば数は少ないものの、街や村で、大切な施設になっている。また、「ドゥルガ・プジャ」と呼ばれるヒンドゥー教徒最大の祭が、バングラデシュでは国民の祝日になっており、ダッカを含め国中のあちこちがヒンドゥーの神様と踊りで熱気に満ちることは、既にこのブログでも何度か紹介した。さらに、公立学校の科目の一つである「宗教」の授業では、多数派のイスラム教だけが教えられる訳ではない。子供達の宗教に応じてクラスがグループ分けされ、それぞれの宗教について教えられるのだ。

 こう見ると、バングラデシュはイスラム教国というよりも、その名、つまり「バングラ(ベンガル人の)デシュ(国)」が表す通り、ベンガル語を話すベンガル人の国としての側面が強いように感じる。そして、2月21日は、ベンガル人が宗教の違いを超えて、一つの国民国家としての絆と基盤を、その歴史の重みを持って再認識するための大切な日なのだ。


 ところで、旧約聖書に登場する「バベルの塔」の物語がある。そのとき、人間は、一つの共通言語を話していた。共通言語を持って人々はシンアルの野に集まり、天まで届くような巨大なバベルの塔を作るための共同作業を始める。これを見た神は、人々に違う言葉を話させるようにした結果、人々は混乱に陥り、世界の各地に散っていった…そんな神話だ。

       バベルの塔
   ~フランスの画家ギュスターヴ・ドレ (1832–1883)が描いた『言語の混乱』(出展:Wikipedia)~

 今、世界にはいくつの母語があるのだろう。想像もつかない。専門家の間でも4,000から8,000の間で見解が分かれるようだ。例えば、この記事の最初に「多くの日本人にとって母国語=母語=日本語」と書いたが、例えば琉球の人々やアイヌの人々にとっては、日本語は標準語ではあっても、母親から子供に、代々語り継がれてきた母語ではないだろう。バングラデシュでも、ガロ、ロヒンギャ、チャクマと呼ばれる少数民族が、ベンガル語とは異なるそれぞれの母語を大切にしている。

 もしも、神が、共通の言語で共同作業に勤しむ人類を、もう少し寛大な心で見守っていてくれたら、世界はどうなっていただろうか?実際、世界は今、少しずつ神が恐れた方向に向かっているようだ。少数民族の間で、母語を学び続ける人々が減少し、世界の言語の半数近くが21世紀中に消失すると予想する専門家もいる。こうした傾向をどう考えればよいだろうか。

 バラバラだった様々な母語が、多数が使う共通言語に収斂し、世界がフラット化していけば、混乱が少なくなり、共同作業がしやすくなるかもしれない。とても効率的な社会だ。でも、そんな効率的な社会は、ひょっとしたら、今よりも深みや面白みに欠ける社会なのかもしれない。なぜなら、言葉は他者との意思疎通のための単なる手段以上のものだからだ。それは、言葉とは人が五感で感じる何かを表現する道具でもあり、ある言葉が失われるということは、それが表現していた何かも同時に失われてしまうことを意味するからだ。例えば、ある山間にしか咲かない花、それが醸し出す香り、その花を使った行事、そして、それを嗅覚や視覚で味わったときに沸き立つ感情など。あるいは、人々が語り継いできた物語に基づく諺や故事成語など。 言葉が失われれば、その言葉が表現していた文化、歴史、感覚も希薄化せざるを得ない。

 あるいは、国際公用語の一つである英語で「cherry blossom」と米国人に言えば、植物としての桜について話をしていることは伝わるだろう。しかし、日本人の多くが「さくら」の言葉を聴いたときに沸き立つ感情、例えば新しい旅立ちや別れに伴う想いは伝わりにくい。それは、「さくら」が咲き乱れ、そして散り行く3月・4月に卒業式、入学式、そして入社式といった人生の節目が重なっているという、アメリカとは異なる人生や文化のカレンダーがあるからに他ならない。

 効率性は大切だが、人々が、自分とは異なる他者への好奇心、数字では計り知れないものに対する畏れ、そして差異の背景にある未知の価値や物語への敬意を持ち続けることが出来れば、言語の不一致は、混乱ではなく、新しい解決策、新鮮な喜び、そしてより強固な連帯の源になるかもしれない。 


 ふと玄関のベルが鳴った。あぁ、スーザン先生がやって来る時間だ。

 クリスチャンのベンガル人である彼女とのベンガル語レッスンも、かれこれ1年と半年を越えた。話すほうは大分上達したので、今年に入ってから、ベンガル語の読み書きも始めている。アルファベットや日本語と全く異なる「記号」を言語として脳や舌、そしてペンを握る指先に刻んでいくと、自分がまるで小学生に戻ったような、新鮮な気持ちになる。自分が普段あまり使わない部分が刺激されているような、何とも「イタ気持ちいい」感覚だ。そして、ベンガル語は、バングラデシュという国、ベンガル人という人をより深く理解し、そして彼らと信頼関係を持って協働するための力を、僕に与えてくれているんだ。
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バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/02/22 03:06
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