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国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その4)

 40年前の独立戦争時にパキスタン軍による拷問・強姦・虐殺等の戦争犯罪に加担したとされる野党ジャマティ・イスラム党のリーダー達への死刑判決を求める数万人の市民・学生が、ダッカの中心地、シャハバグ(Shahbagh)広場に集まり24時間体制で抗議行動を始めてから今日で14日目を迎えた。抗議行動の火付け役だった35歳のブロガー・ラジブの暗殺によりますますヒート・アップするシャハバグ広場。一方で、裁判自体を不当として、リーダー達の即時釈放を求めるジャマティ・イスラム党及びその学生団体のジャマティ・シビルは、警官隊・機動隊による弾圧でデモに参加していた同志3人が殺害されたことに対する報復として、本日、全国規模のホルタル(暴力行為を伴う政治デモ)を実施した。

 鉄パイプや手製の爆弾、火炎瓶で武装したジャマティ・イスラムのデモ隊が、シャハバグ広場になだれ込んで市民側と激突し、大規模な流血の惨事が発生するかもしれない、それが報復の連鎖を招き、バングラデシュでテロが頻発するような事態に陥るかもしれない・・・そんな緊張感に包まれた一日が、終わった。 
 
   世銀のオフィスは閉鎖され、もう何十回経験したか分からない「自宅勤務」で悶々としながら、外の様子が気になる長い一日が、終わったのだ。

 夕方5時ごろ、ニュースやインターネットで国内各所の様子が報じられた。「ジャマティによるホルタル、失敗に終わる」「散発的な衝突が発生したが、大惨事には至らず」とのヘッドラインに胸をなでおろす。心配されたホルタルの延長もなさそうだ。どうも、昨日夜にシャハバグ・ムーブメントの呼びかけ人たちが、市民に対して「ジャマティ・イスラムによる不当なホルタルを恐れてはならない。明日はいつもどおり、仕事や勉強に精を出そうじゃないか!」とのメッセージを発出したらしく、これに呼応した多くの市民が普段通り出勤。通常ホルタル時には「放火・打ちこわし」を恐れて出動しない通勤バスも、通常運行を決行。子供達の安全確保のために閉鎖される学校も、通常通り授業を実施したそうだ。「戦犯への死刑判決」を実現するために、市民や学生達の結束はますます高まっているように見える。

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 ~ジャマティ・イスラムによるホルタルをものともせずシャハバグ広場に集結し、暗殺されたブロガー・ラジブを弔う黒色旗を掲げる市民や学生(写真出展:Financial Express)~

 一方で、ホルタルに伴い、3名の尊い命がまた失われ、約40名が重軽傷を負った。東部の地方都市クミラでは、ジャマティ・イスラムのデモに参加していた学生が警官隊からの銃撃を受けて死亡、ダッカでは一名のジャマティ・サポーターが警官隊との衝突で死亡。さらに、うっかり遭遇したデモ隊による放火・打ち壊しを恐れて急発進した市バスに巻き込まれて、一人の市民が命を落とした

 また、コックス・バザール県では、心筋梗塞で倒れた60歳の男性を乗せた救急車が、バリゲードを張っていたジャマティ・イスラムのデモ隊と遭遇。救急車はデモ隊に囲まれて30分間動けなくなり、男性は救急車の中で亡くなった・・・ バングラデシュではあまりにも簡単に人が死にすぎる。こんなニュースですら、冷静に眺めてしまえる自分が、いやになる。

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 ~ ダッカ近郊の町ガジプールにて、デモ隊の襲撃を受けて炎上するバス(写真出展:Daily Star)~

   Prajanma Chattar(新世代の広場) 

   バングラデシュに正義をもたらすために、何万人もの「普通の人々」が集結するシャハバグ広場に、人々はそんな新しい名前をつけた。2011年1月25日から2月11日までの間、数百万人もの市民を引き寄せ、30年にもわたったムバラク体制に終止符を打ち、そして国に民主化をもたらしたエジプトのTahrir(タハリール)スクエアと、ダッカのシャハバグ広場とをなぞらえる人も多い。

 独立戦争から42年後、2013年2月という時代にダッカで起こった今回の巨大なムーブメントは、どこに向かって歴史の扉を開くのだろうか。

 バングラデシュに吹き荒れる「戦犯に死刑を!」「ジャマティ・イスラムをつぶせ!」との“市民と若者の声”を追い風に、アワミ・リーグ率いる政権与党は、戦争犯罪を裁く国際法廷に関する法律を今日改正した。 これまで無罪判決にのみ政府が異議申立てを出来る内容であったところ、「判決が不十分である(あるいは過剰である)とみなされる場合にも政府が上告を出来る」との形で法律を改正したのだ。そして、法律改正に要した時間は何とわずか1週間程度。一院制の議会300議席のうち与党アワミ・リーグが230議席を確保し、また野党第一党BNPが審議をボイコットをしている現状のバングラデシュの議会では、政府がその気になれば、どのような法案もスピーディに可決することが出来る。

 これで現政権が「市民や若者の声に応えて」、ジャマティ・イスラムの指導者の一人Abdul Kader Mollah(アブドゥル・カデール・モラ)に対して2月5日に下った「終身刑」の判決を不服として、「死刑判決」を求めて上告する手はずが整った訳だ。判事の人事にも政府の影響力が及んでいることを考えれば、このまま行くと、ジャマティの指導者達は、「市民の声によって」めでたく全員つるし首になるだろう。

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 ~シャハバグ広場に掲げられた“吊るしクビの刑”に処せられたジャマティ・イスラム党のリーダーの人形~

 さらにハシナ首相は「ジャマティ・イスラムは民主主義を信じておらず、テロリズムを信奉している。そのような集団はバングラデシュで政治活動をする資格はありません」と名言。法務大臣も「選挙管理委員会は、現在の憲法の規定にのっとって、今すぐにでもジャマティ・イスラムの政党届出を取り消しに出来るはずだ」と総理の発言に呼応した。

 しかし、本当に、本当にこのまま突っ走って大丈夫なのだろうか?
 
 40年前の独立戦争における筆舌し難い戦争犯罪に加担したベンガル人を、ベンガル人が、「国際犯罪法廷(International Criminal Tribunal」 の正当な手続き則して裁くことは、正しいことだと思う。また、これまでアワミ・リーグとBNPという二大政党間の非生産的な政争に飽き飽きとしながらも、第三の局を作り出そうという、例えばユヌス博士のムーブメントには冷ややかだった大勢の「普通のベンガル人」たち、特に若者達が、正義の実現のために、リスクをとって自ら立ち上がる姿には胸打たれるものがある。シャハバグ広場にこだまする地鳴りのような「ジョーイ・バングラ!(バングラデシュに勝利を!)」の声と人々の熱気には、言葉も不自由な外国人である僕ですら、鳥肌が立つような高揚感を覚えた。  

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 ~ シャハバグ広場の地面に並べたキャンドルで描いたバングラデシュの国旗を囲み「ジョーイ・バングラ!!」を連呼する市民~

 しかし、市民や若者達の純粋な思いが、政治的に利用されている可能性は無いだろうか?

 現与党にしてみれば、今は、市民や若者達の声を追い風に、政敵であるジャマティ・イスラム党を徹底的につぶすことの出来る好機なのかもしれない。何しろ、バングラデシュは来年の年明けに選挙を予定しているのだから。インフラ整備の遅れや物価の上昇等、失点が続いている現与党・政府にとっては、「戦犯への死刑判決」は世論の支持を回復する絶好の機会だ。しかし、前回の記事で詳述したとおり、ジャマティ・イスラムは弱小・少数派政党では決して無い。バングラデシュの経済界から農村までしっかりと根を張り、豊富な資金力、政治力、組織力、そして海外のイスラム系ネットワークとの濃密なつながりをもつ大きな政治集団なのだ

 こうした政治集団を、「戦犯問題」をもって追い詰めてその指導者を処刑し、政党の活動さえも禁止するようなことをすれば、彼らを、少なくとも彼らの一部を、本当のテロリスト集団に変えてしまうかもしれない。一般的に多数派による糾弾によって、社会から疎外された人々は自暴自棄になり、またその結束力は極めて強いものとなる。そうすれば、バングラデシュの最大の強みであり、魅力であったベンガル人としての一体感は損なわれ、社会に亀裂が走ってしまう。バングラデシュの豊かな社会資本も傷つくだろう。
 
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 ~シャハバグ広場に設けられた公衆便所。それぞれの個室の前には、ジャマティ・イスラム党のリーダーの名前が書かれている。文字通り“クソ食らえ!”ということなのだろうか…~

 ここで不穏なのは、ジャマティ・イスラムが中東のイスラム勢力との強固なネットワークを持っていることだ。追い詰められた彼らを支援する名目で、より過激なイスラム勢力がバングラデシュの国土に直接あるいは間接的に介入を始めるかもしれない。こうした動きは、ジャマティ・イスラムを追い詰めれば追い詰めるほど、盛んになるだろう。そうなると、モスクや市場など、人が集まりやすい場所でのテロの脅威に日々怯えなければならないという、多くのイスラム国家で見られる日常とは無縁だったバングラデシュが、そうした脅威と背中合わせとなる悪夢のような日が来てしまうかもしれない。  

 
 バングラデシュには、汚職やインフラ整備の遅れ等、様々な問題がある。でも、そんな問題を跳ね除けて前進していけるくらいの強靭さがこの国にはある。僕はこの1年半、100箇所以上の村々を現地の人々と同じ交通手段を使って回り、政府やビジネス界の人々と密な会話をし、そして街や市場を自分の足で歩きながら、そう確信してきた。そして、その確信の根っこは、ベンガル人のベンガル人としての、一体感と、それが作り出す豊かな社会資本、つまり、国民国家としての強い基盤がある。
 
 そんな確信が、今、揺らぎつつある。「戦犯問題」というパンドラの箱は、ベンガル人の高揚感を間違えなく高めるが、扱いを間違えれば、ベンガル人を「我々」と「やつら」に引き裂いてしまいかねない危険なテーマなのだ

 今、大好きなバングラデシュの将来が、本当に、本当に、心配だ。

 そして、こんなとき、外国人である自分には何が出来るか、何をすべきか、何をすべきで無いか・・・思案に暮れているだけの自分に隔靴掻痒たる思いを持たずにはいられない。

(本シリーズ、取り敢えず終わります。また状況が変わり次第、随時アップデートをします)
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/02/18 23:20
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