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国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その3)

 バングラデシュでは今、独立戦争の間、パキスタン軍による虐殺や強姦に手を貸したとする「戦犯」への死刑判決を求める一体感と高揚感が市民や学生たちを支配する一方で、「戦犯」問題をめぐる不当な裁判を即刻停止し、拘束された指導者を即時解放するよう求めるジャマティ・イスラム党及びその学生団体が暴力的な示威行動を繰り返し、緊張感が高まっている。

 Shahbagh4
~ジャマティ・イスラムの指導者を「ラザカー(裏切り者)」として死刑を求めるポスター。ダッカ市内のいたるところに張り出されている~
 
 昨日(2月16日土曜日)朝、ダッカ市の中心Shahbagh(シャハバグ)交差点で座り込みを続けていた市民や学生の間に衝撃が走った。今回の大規模抗議プログラムの呼びかけ人の一人であるブロガー、Ahmed Rajib Haidar(アハマド・ラジブ・ハイダー)がダッカ市ミルプール地区の自宅近くで、何者かにナイフでめった刺しにされて殺害されたのだ!ラジブは、現与党アワミリーグや野党BNP等、いずれの政党にも属しておらず、ただ純粋に、この国に正義がもたらされることを願って、この巨大なムーブメントを引っ張ってきた人物だったという。35歳。僕と同じ年齢だ。

 土曜日午後には、怒りと悲しみに満ちた市民と学生が、大挙してシャハバグ交差点に殺到。独立戦争で緑の大地に流されたベンガル人の赤い血潮を表したバングラデシュの国旗に包まれたラジブの棺が夕方にシャハバグに持ち込まれ、集まった数千人の市民や学生が、同志の遺体を囲んで、ともに国家を歌い、そして涙を流しながら、叫んだ。

 「ラジブの死を無駄にするな!ジョーイ・バングラ!!(バングラデシュに勝利を!!)」
 「無法者に報いを!ラザカー(裏切り者)に死を!!
 「我々の要求が実現するまで、正義がもたらされるまで、徹底抗議を続けよう!誰も我々の声を止めることは出来ない!」
 「無法者のジャマティ・イスラム党とジャマティ・シビルをつぶせ!

     Shahbagh Movement 
    ~シャハバグ・ムーブメントの火付け役だったブロガー、アハマド・ラジブ・ハイダーの死を悼み、両手を挙げて追悼するシャハバグ広場の市民と学生(写真出展:Financial Express)。~

 一方で、指導者の多くが逮捕・拘束され、いまやその政治活動自体が禁止されつつある野党ジャマティ・イスラム党の支持者、そして主要大学に拠点をおく学生団体、“ジャマティ・シビル”も、その抗議行動を過激化させている。世界最長のビーチで知られるバングラデシュ有数の観光地、コックス・バザールでは、金曜日(2月15日)デモ行進を展開していたジャマティ側と警官隊・機動隊が衝突。レンガ、火炎瓶、銃弾が飛び交い、デモに参加していた3人の学生、そして巻き添えになった1人の通行人が死亡した。ダッカ市内でも衝突が発生、二人が死亡

 そして、警官隊・機動隊により仲間の命を奪われたジャマティ・イスラム党と学生団体は、明日2月18日月曜日に、全国規模のホルタル(暴力行為を伴う大規模政治デモ)の実施を宣告した。戦犯への死刑宣告を求めるシャハバグのムーブメント開始以来初めての野党によるホルタルが、一体如何なる事態をもたらすのか、予測はまったく不可能だ。ブロガー・ラジブの暗殺により頭に血が上っているシャハバグ広場に集う市民・学生と、行き場を失い自暴自棄になりかかっているジャマティ・イスラムの支持者が衝突したら何が起こるだろうか。バングラデシュの緊張感は、今、臨界点に達しようとしている。


 ここで、少しステップ・バックして、一連の騒動の背景にある、複雑なバングラデシュの政治力学に光を当ててみたい。

 そもそも、40年前の独立戦争時における「人道に対する罪」を問う裁判が、何故このタイミングで行われているのだろうか?過去40年間、ラザカー(裏切り者)の汚名を着せられたジャマティ・イスラムの指導者たちは、ナチスの幹部のように海外に亡命でもしていたのだろうか?それとも、国内で息を潜めていたのだろうか?

 まったく違う。

 それどころかジャマティ・イスラム党は過去長い間、政権与党だったのだ!2001年から2006年の間、BNP(Bangladesh Nationalist Party)の連立相手として政権与党の一翼を担い、2名の閣僚まで出していた。2009年にアワミ・リーグが政権を奪還し、BNPが野に下った後も、BNPとジャマティ・イスラム党とは野党連合を形成し、声をひとつにして、選挙時に中立的な暫定内閣設置を義務付ける憲法の条項復活などを求めてきたのだ。

 さらに奇妙なことに、今回、「戦犯問題」のパンドラの箱を開け、ジャマティ・イスラムの指導者逮捕に踏み切った現在の政権与党アワミ・リーグ自身が、なんと1996年から2000年までの間、連立のパートナーとしてジャマティ・イスラム党を政権に迎え入れている

 前回の記事で触れたとおり、ジャマティ・イスラムは1971年の独立戦争以前から当時の東パキスタン(現在のバングラデシュ)で政治活動を展開していた。その指導者の多くはイスラムの宗教指導者でもあり、パキスタン側、さらにはトルコや中東のムスリム・ネットワークと強いつながりを持っている。例えば今回、ジャマティ・イスラムのリーダーが「戦犯」として逮捕された際、なぜかトルコの大統領からバングラデシュのハシナ首相向けに「寛大な処置をお願いしたい」と依頼する書簡が届けられている。これはジャマティが中東各国と強い結びつきをもっていることを示唆する出来事だ。

 加えて、ジャマティ・イスラム党には強固な経済基盤がある。例えばバングラデシュの主要金融機関のひとつ、イスラミック・バンク、主要医療機関のイスラミック・メディカル、その他数多くの縫製工場主やジュート工場主は古くからのジャマティ・イスラム党の指導者や支持者が経営している。

 そしてジャマティ・イスラム党の最大の武器は、その強固な組織力、特に学生の動員力だ。ダッカ大学政治学部の学生達が独自に実施したアンケート調査の結果によると、ダッカ大学の学生の約15%、バングラデシュ工科大学(BUET) の学生の約20%、チッタゴン大学の学生の約半数、シレット大学の学生の約30%、そしてラッシャヒ大学にいたっては学生の約85%が、ジャマティ・イスラム党の学生組織であるジャマティ・シビルのメンバーだという。これは実に不思議な現象だ。何故、商店の打ち壊し、バスや自動車の破壊・放火といった暴力行為を繰り返すジャマティ・イスラム党がこれ程の数の大学生達を惹きつけるのだろうか?

 Jammati Shibir
 ~ダッカ市内のカウラン・バザール付近で、警官隊・機動隊に向けて投石をするジャマティ・シビールの若者たち~


 ひとつのヒントは、上記大学は全て主要な国立大学ということだ。

 つまり学費が安く、農村出身の貧しい学生が入学しやすい。
 そして、ジャマティ・イスラム党はその豊富な資金力を動員して、田舎から都会の大学に出てきたばかりの貧乏学生に、寄宿舎や食事をほぼ無償で提供したり、様々なカウンセリングを実施したり、とにかく面倒見が良い。さらに、ジャマティ・シビルのメンバーで特に大学で優秀な成績を収めた学生は、海外留学の資金まで出してもらえるという(無論、留学先はマレーシアあるいは中東のイスラム国家だが)。また、バングラデシュには、通常の小中高と平行して、「マドラサ」と呼ばれるイスラム系宗教学校があり、正規のカリキュラムとして認められている。そしてイスラム宗教指導者がリーダーであるジャマティ・イスラムは、「マドラサ」にも強い影響力を持っている。

 こうした背景は、ニュースや報道など、表に出てくる情報だけでは決してキャッチできない。当地の大学生や若手教授陣、ビジネスマン等とのネットワークを保ち、彼らと密に話をすることを通じて見えてくるものだ。そして、バングラデシュの政治・経済・社会に織り込まれた目に見えない“生態系”がある程度つかめてくると、なぜ、少なからぬ大学生が、ジャマティ・イスラム党の学生団体であるジャマティ・シビルに積極的に参加するのかが見えてくる。そして、こうした学生たちは、いざ政党側から動員がかかると、携帯電話やショート・メッセージで連絡を取り合って瞬く間に大人数となり、結束して「行動」するのだ。 

 要するに、今回、シャハバグに集結した市民や学生から非難の集中砲火を浴び、「つぶせ!」とまで言われているジャマティ・イスラム党は、決して小さく弱いマイノリティではなく、むしろ強固な政治力、経済力、そして組織力を持つ、政治集団なのだ。

 そして、ここで前述のクエスチョンを再度考えてみる。何故40年前の戦犯問題が、ここにきて、やおら脚光を浴びているのだろうか?何故、彼らは「今」逮捕され、裁判にかけられているのだろうか。

 答えは一見シンプルだ。

 すなわち、現与党アワミ・リーグが2009年の総選挙の際、そのマニフェストに「我々が政権を取った暁には、独立戦争時のパキスタン軍による蛮行に加担した戦犯に、法の下でしっかり裁きを受けさせます」と書き込み、選挙公約としたからだ。

 では、何故、そんなことをマニフェストに書いたのだろうか?

 無論、「正義のため」との答えが返ってくるだろう。でも、思い出してほしい。アワミ・リーグは人道に対する罪を犯した「戦犯」達が率いるジャマティ・イスラム党と1996年から2000年までの間、連立政権を組んでいたことを。そしてその後、ジャマティ・イスラム党は、アワミ・リーグの宿敵、BNPと連立を組んで、アワミを政権から追い落としたことを。

 建国以来の高揚感と一体感、そして緊張感に満ちているバングラデシュ。しかし、ヒートアップするソーシャル・ムーブメントや世論の背後に、国民を結束させる正義に名を借りた政治的扇動の臭いが漂っていると感じるのは、僕だけだろうか?(続く)
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/02/17 23:43
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