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国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その1)

 バングラデシュは今、独立以来、最高の高揚感と一体感、そして緊張感に包まれている。 

 シャハバグ(Shahbagh)

 そこは東京渋谷のハチ公前交差点、あるいは新宿駅前の靖国通りのような、ダッカ市中心部の目抜き通りだ。高級ホテル、様々な企業の本社、そしてメディアのビルが立ち並びダッカ大学まで程近いシャハバグの目抜き通りと交差点が、人の海に姿を変えた。2月5日(火曜日)に当初数十人の規模で始まった座り込みによる抗議行動は、日を追うごとにその人数を爆発的に増し続け、バングラデシュの春節にあたる2月13日の段階で数万人の規模に達した。10日目を迎えた今日もその勢いはとどまるところを知らない。

   Shahbagh3
 ~シャハバグの交差点に掲げられた巨大な国旗の下に集い、ともに声を上げる人々。現場は異様な高揚感と一体感が支配している~

 巨大なバングラデシュ国旗が掲げれたシャハバグの交差点に集まった老若男女は、手に手にバングラデシュの国旗を持ち、肩を組んでともに国歌を歌い、日が暮れると数え切れない蝋燭に火を灯し、路面に花びらでつくったバングラデシュの国土のモチーフを囲み、そしてシュプレッヒ・コールをあげる。

 「バングラデシュに勝利を!ラザカーに死を!」

    Shahbagh1
 ~バングラデシュの国土を象ったキャンドル・ライト。中央には緑と赤のバングラデシュの国旗が立てられている~

 そんなシャハバグを包み込んだ巨大な人の海を掻き分けて歩いていく僕の目には、父母に胸に抱かれた、あるいは手を引かれた可愛らしい子供たちの姿も多く飛び込んでくる。そして、拡声器から幼い声が広場に響き渡った。

 「ラザカーに死を!バングラデシュに正義を!」

 見上げると、5歳ぐらいの女の子がステージに立って物々しいスローガンを唱えている。それに続いて数千の拳が一度に空に掲げられる。町全体にこだまする人々の叫びは雷鳴のようだ。

   Shahbagh2
 ~ 老人から幼い子供まで、男も女も、鉢巻をし、国旗をかざしてシュプレッヒ・コールをあげる ~

 そんな巨大な抗議行動を新聞・テレビは連日のようにトップ・ニュースで繰り返し伝えている。「これほどの数の市民がともに声を上げるのは、バングラデシュ独立以来初めてのことです!」とのコメントとともに。


 一方で、2月に入ってからホルタルが頻発している。ホルタルは英語で「シャット・ダウン」と訳される。つまり野党系の政治グループが、凶器を手にしたデモ行進を展開し、町をシャット・ダウンするのだ。うっかりデモ隊と遭遇したバスや乗用車は火炎瓶と投石の格好の餌食となる。そんなデモ隊が警官隊・機動隊と衝突すれば、催涙弾や小型爆弾の投げ合いの結果、しばしば双方に死傷者が出る。もっとも、ホルタルは実施数日前に野党から宣告が出されるために、一般の市民や外国人は、こうした危険を多くの場合避けることが出来る。世銀や国連等、国際機関の事務所や多くの企業、学校は閉鎖され、職員には自宅待機例が出されるのだから。

 Hartal Photos
~ホルタル実施中のダッカ市内の様子(写真出展:Independent, Financial Express, New Age)。毎回暴徒と警官隊・機動隊との衝突が起こる危険な地域は、ダッカ市北部ではMirpur、南部ではJatra Bari, Mobh bazar, そして野党BNPの本部があるNaya Paltan, Motijheel,Kamalpurlといった地域だ。ホルタル実施日、及びその前日夜にはこうした地域には絶対に近寄らないほうがよい~

 しかし、ここに来て発生している異常事態は、ホルタル実施の号令がかかっていないにもかかわらず、武装したグループが暴力的な示威行動を展開、ダッカ、ラッシャヒ、チッタゴン、クミラ等、バングラデシュの主要都市のあちこちで火の手が上がっていることだ。ダッカ大学では学生グループ同士の衝突が手作り手投げ弾の投げあいに発展、一昨日(2月12日)にはダッカ市の中心部、カウラン・バザールで通行中のバスや自動車が、武装したデモ隊に突然の襲撃を受けた。
 
 武装したデモ隊は野党ジャワティー・イスラムを支援するグループとその学生組織だ。彼らは「ラザカー」として拘束され裁判にかけられているリーダーの無罪放免を求めて政府への徹底抗戦を呼びかけている。

 そして、昨日はついに、世銀ダッカ・オフィスのメイン・ゲートのすぐ傍で、デモ隊による警官隊への発砲が発生。僕も含め職員は全員最上階に避難を命じられ階段の安全扉が閉められるなど、オフィスは一時騒然とした雰囲気になった。

 「ホルタルでもないのに、こんな物々しい雰囲気が町全体が包まれるなんて、独立戦争以来、初めてのことだ…一体どうなっているんだ…」

 世銀ダッカ事務所勤続30年の大ベテランの同僚がつぶやいた。日本や海外のメディアはこうした事態を全くと言っていいほど殆ど伝えていない。何しろ、背景があまりに込み入っている。一体、今、バングラデシュで、何が起こっているのか?

 そう、今月に入って、バングラデシュで「戦犯問題」という名のパンドラの箱が空いたのだ。

 そしてこの問題は、国民国家という名の人間集団が、何によって結びつき、何によって引き裂かれるのかを極めて鮮烈な形で示す、生々しくて強烈で、そして悲しい物語なのだ(続く)
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/02/14 23:03
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