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この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その6)

シャミーマ・ラトナさんは、バングラデシュ北部のジャマルプール県のある村で生まれ、4人の姉妹、両親、そして祖父母に囲まれて育った。9人家族の生活は父の労働によってのみ支えられていたため、家計は常に苦しく、5人の娘に十分な教育を与える余裕はなかった。シャミーマさんは中学校を優秀な成績で卒業したものの、高校進学は叶わず、17歳で嫁ぐこととなる。

 オートバイの修理工場に勤める夫との間に生まれた一人娘に、自分は諦めねばならなかった高等教育を受けさせたい…そんな思いを募らせる一方で、夫の給料のみでは生活は苦しく、三人家族が三度の食事をしっかりとることすら覚束ない日も稀ではなかった。

 シャミーマさんは、経済的な苦しさだけでなく、村や家庭内で自分の意見が殆ど顧みられないことによる精神的な欠乏感にも苛まれていた。学歴もなく、所得を生み出す力も無い女性は、常に従属的な存在だった。

 ある日、そんなシャミーマさんの耳にある噂が飛び込んできた。政府の新規プロジェクトの対象地域にジャマルプール県が選ばれた。プロジェクトを通じて、村に必要な小規模インフラの整備-例えば、川にかける小さな橋の建設、村道の舗装、砒素に汚染されない深井戸の設置など-そして所得の低い家庭の女性に対する支援が提供されるらしい。ついては、プロジェクトの説明会が近々開かれる。村の女性たちも招かれている…

 そして、説明会に参加したシャミーマさんをはじめとする村の女性は、政府のパートナーとして選ばれたというNGOの職員から、耳を疑いたくなるような説明を聞くことになる。


 「プロジェクトを通じて具体的に実施・提供される事柄は何も決まっていません。内容を決めるのは、村の皆さんです。それが橋なのか、井戸なのか、道なのか、この村で何が一番必要かを一番良く知っているのは皆さん自身なのだから。」
 「プロジェクトの実施内容、場所や優先順位などは、『行動計画(Community Action Plan)』としてまとめます。行動計画は『村落開発委員会(Village Development Commitee)』の委員とプロジェクトの実施をお手伝いする私たちのNGOの職員が協働で取りまとめます。村落開発委員会の委員は、皆さんの中から、皆さんで選んでほしいと思っています。特に資格等の要件はありませんが、11名の委員のうち3割は特に貧しい家庭の女性に担ってもらいたいと思います。」
 「プロジェクト実施や維持管理についても、村の皆さんにグループを作ってもらって担って頂きます。」
「このプロジェクトのメニューには、小規模なインフラの整備だけでなく、村で最も経済的に厳しい状況にある家庭に対する直接支援プログラム(Social Assitance Service)も含まれています。対象となるのは、今政府が実施している様々なセーフティ・ネットプログラムや外国の援助機関が実施しているプログラムのいずれも受けることができていない家庭となります。私たちのNGOの職員はこの村に常駐してお手伝いをしますが、村のことを知っている訳ではないので、対象者を選ぶのも村の皆さんにお願いします。」
 「もちろん、今からいきなり始めて下さい、とは言いません。政府と私たちNGOが作った運営マニュアルがあるので、それに沿って、委員会の運営の仕方、議論の進め方、お金の管理のしかたなどを、じっくり皆で学ぶところから始めましょう。私たちはそばでお手伝いをしますので。」


 このNGOは、時には政府の職員を連れて幾度も同じような説明会を村で実施した。正直シャミーマさんは彼の説明をあまり理解できてはいなかったが、プロジェクトが動き出した後、自分が直接支援プログラムの受給資格があることを伝えられ、二つの支援を申し出た。

 一つは、針と糸、そして布を買うための小額資金の給付、もう一つは、裁縫の技術を身に付けるためのトレーニングの受講だった。シャミーマさんに裁縫の技術を教えてくれたのは、かつてダッカの縫製工場で働いていたが、雇い主の都合で一方的に解雇され村に戻ってきていた女性だった。その彼女も、プロジェクトのお金で講師として雇われていた。

 一年後、シャミーマさんは自らの手で作ったノクシカタ(バングラデシュの伝統的な刺繍)のテーブル・クロスやタオルを携えて、ジャマルプール市内に向かい、青空の下に自らの商品を敷き詰めた。夕方、彼女の手にはテーブル・クロスにかわって、数百タカの現金があった。彼女が生まれて初めて、自ら手にした現金だった。
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 ~ シャミーマさんが仲間とともに作ったノクシカタのテーブル・クロス。鮮やかな紅の背景に細やかな模様が縫いこまれている~ "photo credit; David Waldf"


 僕がシャミーマさんとその村で出会ったのは、それから6年の歳月が経った2011年の11月だった。トタン屋根と土壁で出来た彼女の家の隣には、小さな工房があった。中では20名近い女性たちが、糸と布を手に、ノクシカタの刺繍に黙々と取り組んでいる。シャミーマさんは、総数約60の女性たちを雇って刺繍品を作成・販売する事業主になっていたのだ
   

 家の中にお邪魔してみる。
 「昔は一家揃って床にゴザを敷いて寝ていたのだけれど、今はそのベットで寝ることが出来ています。」
そう語るシャミーマさんの腰に、甘えっ子の一人娘がまとわりついている。
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 ~人見知りで甘えっこの一人娘にお昼ご飯を食べさせるシャミーマさん。バングラデシュでは6,7歳になる子供にまで、親が食事を手で子供の口元まで運んであげるのが一般的だ~"photo credit; David Waldf"

 「あの工房は2年前につくりました。働いているのは村の女性たちばかりだから、皆歩いて来ることが出来る。昨年からは、例のプロジェクトの委員会の委員に選ばれ、村で何が必要か、どうやって作ればいいか、維持管理の役割分担はどうすればよいか、などについて考える日々です。ベットで眠ることが出来るのはとても嬉しいけれど、自分の人生に起こった最大の変化は、私の声に、家族や村が耳を傾けてくれるということです。自分は家庭や村にお世話になるだけではない。自分も家庭や村の発展に貢献できるんだ、という実感を得たことです。私はこれから、村の女の子たちが、たとえ高校や大学で学ぶことができなくても、こうした経験をする機会を作っていきたいと思っています。」
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 ~大勢の女性が働く工房で、これまでの自分の歩みと変革について語るシャミーマさん~ "photo credit; David Waldf"

 せっかく頂いたお茶が冷めていくのも忘れて、僕はシャミーマさんの力強い視線と印象的なストーリに聞き入っていた。


 2003年2月から2011年の6月まで9年にわたり、バングラデシュ政府が初めて本格的にCommunity Driven Developmentのアプローチをもって実施したSocial Investment Program Project。Nuton Jibon(ベンガル語で“新しい生活”の意)の通称どおり、このプロジェクトは、例えばシャミーマさんという女性が、新しい人生を切り拓く機会を提供した。次回は、世銀、バングラデシュ政府、草の根のNGO、そしてコミュニティの人々が連携してつくり、実施してきた本プロジェクトにおいて、それぞれがどのような役割を果たしてきたか、プロジェクト実施途中でどのような問題が発生し、それをどう乗り越えたのか、そしてプロジェクト終了後にどのような教訓が残されたのか、などについて紹介していきたい。
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バングラデシュと世銀の協働が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/02/03 21:32
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