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この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その5)

 草の根の人々の創意工夫と相互扶助が織り成すセーフティ・ネットは、バングラデシュの津々浦々に数多く存在する。同時に、こうしたセーフティ・ネットではカバーしきれないリスクも大きい。そしてリスクを回避する、あるいはリスクを乗り越えるのに十分な資産をもたない人々の数も多い。

 社会の有り様も変わる。前回までの記事で紹介してきた物語が「古きよき時代の美談」として人々の記憶の片隅に追いやられてしまう時代は、既に目前にまで来ているかもしれない。農村からダッカをはじめとする大都市への人口流入、伝統的な拡大家族の減少は、相互扶助のセーフティ・ネットを提供しあう基盤となってきた社会資本をすり減らす。一方、都市化の進展を食い止めるのは重力に逆らう所業に等しい。何といっても、より良い教育・雇用の機会は都市にある。家族と離れ離れになっても、お隣さんが知らない者同士になっても、人々は都市に吸い寄せられていく。

   Dhaka City
 ~ダッカ市の南部を流れるブリコンガ川に展開するダッカの玄関口ショドルガット港を臨む。農村部から都市部への人口流入は毎年30万~40万人と言われている~

 気候変動も暗い影を落とす。サイクロン、洪水、旱魃、寒波などにより、コミュニティ全体が一度に危機に陥るリスクはかつて無く高まっている。溶け出したヒマラヤの氷土によって水嵩を増した河川は、岸辺を削り取り、農地を飲み込んでいく。

  Chor Secenary
 ~雨季は漁で、乾季は田畑で日々の生活の糧を得るチョール(中洲)で暮らす人々。彼らは気候変動の影響を最も敏感に肌身で感じている~

 人々を取り巻くリスクが変質・拡大し、相互扶助を生み出す社会資本が減少していく中、政府職員が起業家精神を発揮して柔軟で強固な網を創り上げ、面的に提供する責任と機会は大きい。そして豊富な資金と知恵により途上国政府のパートナーとなる世界銀行をはじめとする国際機関の責任と機会も、また大きい。草の根の相互扶助と創意工夫が生み出す私的セーフティ・ネットの存在は、政府による公的セーフティ・ネット整備の不作為を正当化するものでは決して無いのだ


 現時点でも、バングラデシュには政府が提供する年金や障がい者手当て、失業給付などのセーフティ・ネット・プログラムがない訳ではない。2011年度政府予算を見ると、対GDP比で1.6%にあたる年間約1,150億タカ(一タカ=一円)にのぼる金額が公的ソーシャル・セーフティネットに関する政策に使われている(出展:PPRC-UNDP Research“Sociala Safety Nets in Bangladesh - Ground Realities and Policy Challenges”)。
 
 例えば、独立直後から国際社会の支援も得ながら実施している「サイクロン・洪水被災者向け食料給付プログラム」、貧困率の高い地域の女性への雇用提供と小規模インフラ整備の両立を図る「Food for Workプログラム」、低所得家庭の女子の中学校就学率向上を目指す「条件付現金給付プログラム(女子生徒の出席率に合わせて現金が各家庭に付与される)」等、全国規模で実施されているセーフティ・ネット・プロジェクトの数は多い。また、国家公務員には年金が支給されるほか、一般向けの老齢手当制度もある。月々の支給額は300タカ、給付者数も225万人と心もとないが、総額ベースで見ると給付分だけで年間81億タカに上る

 こうしたプログラムがリスクに直面した人々の生活再建の助けとなってきたのは事実だろうし、世銀も支援をした女子の中学校就学率向上プログラムについては、イスラム教徒が人口の殆どを占めるバングラデシュにおいて、女子の中学校就学率が男子を上回るなどの成果も出ている

 もちろん、課題も多い。対象とすべき貧困層や寡婦、高齢者、障がい者などに食料や資金が届かない。そもそも、ターゲットをうまく絞り込めず“バラマキ”プログラムとなってしまう。農道を整備する仕事への従事と引き換えに米と麦が支給される「Food for Workプログラム」では、対象となる貧困女性の手に渡るべき米が市場で売られて、麦も貧弱な保存状況のために質の劣化が著しいといった問題が発生。こうした問題発生を随時把握するためのモニタリング・メカニズムも効果的に機能してるとは言い難い。

 真に助けを必要としている人に照準を合わせ、そうした人々の手に必要なリソースを確実・効率的に届け(あるいは、そうでない人の手に誤って渡らないようにし)、そして彼らが自らリスクをコントロールし生活水準を高めていく力を持続的に高めていけるような制度の構築・実施は実に難しい。日本でも、例えば生活保護制度については、モラル・ハザードや不正受給が問題視される一方で、本来なら受給資格がある多くの人々がセーフティ・ネットの外に置かれている、あるいは受給の手続きが煩雑すぎる、などの欠陥が指摘されている。

 バングラデシュでは、例えば生年月日を知らない人が大勢居る(この物語に登場したドライバーのシラージさんもその一人だ)。また日本の市町村にあたる基礎自治体であるユニオンには、議会は存在するが、議会が決めたことを実行に移すための職員は、議長のSecretary(書記官)たった一人。ユニオンの平均人口は3万人の上るにもかかわらずだ。そして、地方自治体の体制や政府機関における情報システムの未整備である一方で、殆どあらゆる事柄が中央の縦割り官庁で決められる。こうしたコンテキストで、効果的、効率的、持続的でターゲットが絞られたセーフティ・ネット・プログラムのデザインと実施は途轍もなく困難だ。

  Union Parishad
~ 全国に4,504あるユニオン(基礎自治体)の庁舎。ユニオン・パリシャド(ユニオン評議会)の議場、ユニオン・チェアマン(議長)とセクレタリー(書記官)の部屋、そして一部中央省庁の出張所が合わさった合同庁舎だ。独自財源は殆ど無く、住民のニーズに沿った政策を実施できる体制からは程遠いのが現状だ ~

 しかし、途方もない困難は大きなイノベーションの源にもなる。政府や国際機関が試行錯誤を続ける中で見出した解決の糸口は、草の根のNGOと連携し、セーフティ・ネットの対象となる人々やコミュニティにプロジェクトのデザイン、実施、そしてモニタリングの権限を移すCommunity Driven Development(CDD)というアプローチだ。既に世界各国の様々なセクターで採用されているCDDだが、現在世界銀行がバングラデシュで実施しているSocial Investment Program Projectはその典型だ。

 2003年6月から2011年末まで8年間にわたって実施され、通称ニュトン・ジボン(ベンガル語で「新しい生活」の意味)と呼ばれるこのプロジェクトは、バングラデシュ政府が初めて本格的に実施したCommmunity Driven Developmentとして知られる。

 プロジェクト開始当時、特に貧困が厳しかったバングラデシュ北部のジャマルプール県とガイバンダ県において、様々なセーフティネットや公共サービスから疎外され、家族が一日三食食べることすら困難をきたしていた極貧層の女性にターゲットを絞り、彼女たち自身が、村に必要な小規模インフラの選定や、マイクロ・ファイナンス事業の担い手となることを通じて自らの生活水準を改善していく動力を与えてきたニュトン・ジボン。次回は、ニュトン・ジボンの担い手であり、また受益者でもある村の一人の女性にスポット・ライトを当てつつ、このプロジェクトが残した教訓と成果を紹介していきたい。
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バングラデシュと世銀の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/01/30 02:20
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