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この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その3)

 正月休みを使ってわざわざ東京からバングラデシュまで来てくれた友人とともに、北西部の地方都市、ラッシャヒを再訪した。明け方の濃霧で包まれたダッカを汽車で後にしたのが6時。6時間ほど汽車にゆられた末にたどり着いたガンジス川沿いに広がるラッシャヒは、僕がバングラデシュに来て3ヶ月程しか経っていなかった2011年の初秋に、その町で活躍する女性起業家ナシマの物語と出会った場所だ。

Bangladesh Map

 そんなラッシャヒで、僕は再び、人々が紡ぐ物語に印象付けられることになる。それは、この国の、あるいは日本のセーフティネットのあり方に示唆を与えてくれる村人たちの協働の物語だ。



 公的な医療保険や生活保護等、公的な社会保障制度が未だ整っていないこの国で、「セーフティネットは誰が担うのだろうか?」という問いに、僕を強く向き合わせたのは、運転手のシラージ・バイが病に倒れた一件だった。職場の同僚やご近所さん、そして家族の精神的・経済的支えの下で、彼が昨年7月上旬に無事大手術を終えて退院したことは、以前の記事で触れた。術後の痛みがしばらく続いたものの、昨年の11月頃より、シラージ・バイは無事仕事の復帰し、今日もダッカのジャングル・ロードの間を縫って、僕をオフィスまで送り届けてくれている。

 体の痛みが癒えた後も、引き続きシラージ・バイの一家に重くのしかかっているのが、手術と入院に伴い大家から借りた10万タカ(約10万円)の借金だ。良心的な大家さんの配慮で、無利子で借りることができているものの、月1万2,000程度の収入の殆どが一月6,000タカの家賃、一人娘のソニアの教育費、そして食費に消えてしまっており、また貯蓄もゼロの状況では、返済資金を捻出するのは難しい。

 そして、シラージ・バイの苦難は、1億5千万人のバングラデシュ国民のうち、ごく少数の超富裕層を除く殆どの人々が直面している、あるいはいつ直面してもおかしくない問題だ。日々の小さな幸せは、自らコントロールできない突然の病や事故、そして失業など(あるいはそれらが合わさって)、家計を破綻に追い込み、家族を貧困の連鎖へと巻き込んでいく。

 ラッシャヒの街で、僕をナシマの店へと誘ってくれた元青年海外協力隊員で現在ラッシャヒ大学でセーフティ・ネットの研究をしているIさんは、ご自身を今の研究テーマと向き合わせることになった悲しい事件についてこう語ってくれた。

 「私が協力隊時代に指導員として働いていたラッシャヒの女性向け職業訓練校では、ナシマのほかに、もう一人とても優秀な女性がいたのです。彼女は服飾の技術をすばやく習得していっただけでなく、豊かな経営感覚も備えており、学校から表彰をされたりしていました。そんな彼女の元に、評判を聞きつけたマイクロ・ファイナンス機関から融資の申し出が殺到したのも不思議ではありませんでした。彼女はお金を借りて初期投資をし、ビジネスに乗り出したのですが、事業が軌道に乗る前に起こったのが、夫の失業でした。理由は、旦那さんの仕事のパフォーマンスとは無関係で、勤め先のマイクロ・ファイナンス機関が、幹部による資金持ち逃げで倒産してしまった、という不運としか言い様が無い事情によります。」

 「彼女の仕事もまとまったキャッシュを生み出せるほど軌道に乗っていない。そして大黒柱であるご主人の収入は途切れてしまった。生活費を捻出するだけでも困難な状況に陥ったその家族に、マイクロ・ファイナンス機関からの返済の督促が容赦なくやってくる。返済に応じるために別なところから借金をする。その返済のために資産を手放し、土地を手放し…最後には、彼女の一家は夜逃げをしてしまったのです。今はどこでどうしているかも分からない…」

 そういえば、今は成功しているナシマの一家も、旦那さんの退職金が株価の大暴落で失われてしまったり、三女が大きな手術を要する病に倒れたりと、厳しい出来事が続いた。しかし、ナシマ一家がそうした困難を乗り切ることができたのは、事件が“たまたま”ナシマのビジネスが軌道に乗り、まとまったキャッシュが日々入るようになっていたからだったからだ。今回のラッシャヒへの旅でI坂さんと再会し、再びナシマのお店にお邪魔をした僕は、彼女が語ってくれたストーリーを思い出していた。かつて同じ学校で学んでいた二人の女性起業家の人生に待ち受けていた危機と、その不条理なまでに異なる顛末は、僕の心を強く波立たせた。


 
 危機は誰の身にも起こり得る。困ったときに頼ることのできるセーフティ・ネットさえあれば、困難を乗り切り、再び家庭を守り、子供を育て、そして社会に貢献していける可能性は格段に高まる。現在のバングラデシュが、人々の密なコミュニケーションと強い家族の絆がつくりだす豊かな社会資本に恵まれており、それがセーフティ・ネットの役割を果たしているとは言っても、その網が制度化されていない以上、人々の人生は運に大きく左右される。

 政府は世界銀行などのパートナーの力も借りながら、寡婦手当て、失業手当、老人への生活保護等の公的社会保障制度を整備・実施しつつあるが、全国津々浦々にまで公的セーフティネットの網が行き渡るには、なお時間を要する。それを待っている間にも、病や事故はわが身に降りかかるかもしれない。

 「それなら、自分たちで網を創ってしまおうではないか!」

 ラッシャヒから40キロほど離れたカリコルムという村で僕が出会ったのは、そんな思いをもって自らアクションを起こしている一人の教師、そして数十人の女性たちが、ともに汗をかき、知恵と小額の資金を出し合いながら自らセーフティ・ネットを紡いでいく物語だった。(続く)

  Rajshahi Village
   ~ ラッシャヒ県カリコルム村ののんびりとした風景。家の土壁に張り付いているこげ茶色の丸々は、牛の糞。乾かして燃料に使用するのだ ~
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/01/14 20:28
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