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何故、バングラデシュで強い製薬業が育ったのだろうか?(その2)

 本来的に先進国が持つ比較優位、そして、これまで幾度となく紹介してきたバングラデシュの厳しいインフラ事情や不安定な政情にもかかわらず、何故、バングラデシュでは国内需要の約97%を満たすことのできる強い地場製薬産業が育ったのだろうか。それだけではない。バングラデシュの製薬業は先進国を含む世界約80カ国に輸出すらしているのだ。下記グラフが示すとおり輸出額は右肩上がりで2012年には約5,000万ドルに達している。洪水・貧困・汚職など負のイメージがつきまとい、“最貧国"の枕詞とともに語られがちなバングラデシュからはおよそ想像できない、こうした力強い産業力の背景には何があるのだろうか。  
Bangladesh Pharmaceutical Export Trend

  
 答えの一つはバングラデシュが薬を製造・販売する上で国際的に与えられている優遇措置だ。通常新薬の開発には膨大な研究開発コストと長い時間がかかる。従って、そうしたコストを回収できるよう、開発された新薬には特許権が付され、その有効期間中は新薬を開発した製薬会社に独占的な販売権が与えられる。そして、このルールは国内だけでなく、WTOに加盟した国同士の貿易にも適用されることになっている。(「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS: Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)。

 膨大なコストのかかる新薬開発を奨励するための特許権だが、人道的な問題もはらんでいる。例えば、新たな抗HIV薬が開発されても、適用された特許権のために価格が高止まりし、それを最も必要としている低所得国の貧困層の下には届かない。特許の有効期間が切れれば、ジェネリック薬(後発医薬品)が出回り価格は大幅に低下するものの、それを待っていれば、その間助かるかもしれなかった多くの命が、治癒の術があるにもかかわらず、失われていくことになる。また、特許の有効期間中にその新薬への耐久力を持つ新種が発生してしまうかもしれない。

 特許権の適用除外があれば、低所得国でも、開発された新薬のノウハウと自国の安価な労働力を使って、より安い価格でスピーディーに貧困層に新薬を届けることができる。

 こうした問題意識から、2001年のWTOドーハ閣僚宣言(TRIPS協定と公衆衛生に関する宣言および、その後に続く事務レベルの集中討議で、経済的動機付けと人道的な配慮のバランスを取るべく、
低所得国に限って、2006年までの間、(特許期間中に)特許料を支払うことなく、新薬を製造・販売することができる(この特例はその後2016年まで延長)
医薬品の生産能力が不十分または無い(主として低所得)国に対しては、特許料を支払うことなく新薬を輸出できる、
との合意
が得られたのだ。そして、バングラデシュは上記①の例外規定の対象である低所得国として、未だ特許の効いている新薬を、特許料を支払うことなく国内で製造・販売し、さらに、②の規定により、国外(医薬品の生産能力が不十分/無い国)に輸出できている
のだ。

 一方、1995年のWTO-TRIPS協定発行前には、開発されたばかりの新薬を特許料を支払うことなくコピーして大量製造・輸出してきたブラジル、タイ、インド等の新興国・途上国は割を食うことになる。というのは、②の規定により、特許料を支払うことなく医療品を生産できない国に対して新薬を輸出をすることはできるものの、上記①の特例を受けられないことから、製造の段階で、その薬を開発した先進国の製薬会社に対して特許料を支払わなければならないためだ。

 本来、低所得国の新薬へのアクセス改善のために合意されたWTOの特例規定が、新興国・途上国間の競争条件の差別化をもたらした訳だが、バングラデシュは低所得国でありながら、2001年の段階で既に、十分な医薬品生産能力を国内で有していた、という稀有な立場を利用して、製薬業を輸出産業へと変革することに成功したのだ。   

        Bangladesh Drug Industry 
   ~バングラデシュの製薬会社工場内の様子。Square Pharmaceuticals、Beximico各社のウェブサイトより筆者作成~

 しかし、実際、こんなことができているのは、上記WTOの特例を受けているWTO加盟の低所得国31カ国のうち、バングラデシュだけ。残りの30カ国は、国外への輸出はもちろん、国内向けの製造・販売すらおぼつかない状況だ。何故バングラデシュだけが、こんな芸当をできるのだろうか? 実際、 1971年の独立当時、バングラデシュには有力な製薬会社は皆無だった。他の低所得国同様、欧米の多国籍製薬企業が、貧困層には届かない価格で薬を販売している状況が続いていたのだ。

 転機は1982年に訪れる。その年に制定された「Drugs Control Ordinance(薬剤規正法)」は、バングラデシュ国内での薬の製造、販売、輸入、薬価の制定、薬剤師の登録等に関するルールを定めた法律であるが、その中に以下のような厳しい外資規制が盛り込まれたのだ

「バングラデシュ国内に自社の製造施設を持たない外資製薬会社は、たとえバングラデシュ企業と委託製造・販売契約を結んでいるとしても、バングラデシュ国内で販売・営業をしてはならない」
「既にバングラデシュにおいて同様の薬品が製造されている場合には、バングラデシュ国内で外国ブランドを製造してはならない」

 これにより、1970年には国内市場シェアの70%を握っていた欧米の製薬会社は次々と撤退を強いられることになる。さらにバングラデシュ政府は国内の製薬会社向けに手厚い補助金を支給。製薬会社はそうした補助金を使って最新設備の外国からの輸入や外国の技術者の受け入れ等で成長基盤を整えていったのだ。当時幼稚産業だった国内製薬業界を保護するためにとられたこうした外資規制や補助金政策により、Square Pharma等の地場製薬会社が、グローバルな競争にさらされることなく徐々に力をつけていくことができたのだ。
 
 バングラデシュ製薬業の成功の背景を考えるとき、こうした貿易・産業政策が果たした競争環境の整備の影響は無視できない。しかし、実際に産業を興し、成長させていくのはグランドでプレーをするプレーヤー、すなわち個別の企業だ。その意味で、業界をリードしてきたバングラデシュ製薬業界の経営者の鋭敏な経営判断、それを実行に移す組織力、精緻で複雑なラインに従事する作業員の力などの総合力があってこその成功と言えるだろう。

 今後も予想される、富裕層の増大、人々の所得水準の向上・・・平均寿命が68歳にまで伸び、従来の感染症から糖尿病に端を発する心疾患などの生活習慣病への対応が重視されていく中で、バングラデシュの医薬品の需要は量・種類ともに拡大していくだろう。そもそも、バングラデシュの人口が現在の約1億5千万人から2020年には2億人を突破することは国連の推計で確実視されている。 こう見ると、バングラデシュの医薬品市場は引き続き着実に拡大していように思われる。

    もちろん課題も多い。

 上記紹介した特許期間中の新薬製造・販売権を低所得国のみに付与する特例は2016年で失効する予定であり、その後も輸出競争力を維持するには、各社が今から研究開発のためのラボラトリー等の設備投資に取り組まなければならない。バングラデシュの製薬業が強いと言っても、製薬業の付加価値の要であり、従って最大のコストを要するAPI(Active Pharmaceutical Ingredients:医薬品有効成分)やその原料については、国内で7%程度しか供給できておらず、大半は輸入で賄っているのだ(出展:FInancial Express: Bangladesh Pharmaceutical Industry won't be ready to implement TRIPS by 2016)。これは、バングラデシュのリーディング・インダストリーである縫製業が、その原料である綿花や工程で不可欠のミシンの殆どを輸入に頼っている構図と似ている。縫製業であれ、製薬業であれ、バングラデシュの製造業が真に国内で付加価値を生み出していける産業となるには、富の源泉を国内で製造していく力を身につけなければならない。

 こうした課題と対処するため、現在、バングラデシュ政府はダッカ南西部37キロにあるMunshiganj県Gazaria郡に製薬業の研究開発拠点を集積するための特別工業地区、API- Industrial Parkを建設しており、今年中に完成する予定だ。また、昨年11月に二プロがバングラデシュのJMI Pharma Ltd.(現 ニプロ JMI ファーマ Ltd.)を子会社とし、バングラデシュにおける医薬品事業に進出したように、外資との提携による技術基盤の向上も、バングラデシュ製薬業の競争力強化に資するだろう。

 また、安全な医薬品へのアクセスを今後さらに高めていくためには、政府の関連規制の改革や執行力強化も喫緊の課題だ。どんなに辺鄙な村でも医薬品が手に入ると入っても、それが安全なものかは分からない。前回の記事で紹介したとおり、日本であれば医師の処方箋がなければ販売できない強い医薬品や副作用のあるものについても、「何ちゃって薬剤師」の手によって、躊躇いなく販売されてしまう。また、この記事で紹介してきた大手の製薬会社以外にも、地方の名の知れない製薬会社が地方で粗悪品を製造・販売しているという指摘もある。国内の消費者の安全確保はもちろん、先進国も含めた輸出をさらに増やしていくためにも、各国の厳しい安全規制を満たすだけの品質確保は欠かせない。

 さらに、ここ数ヶ月、薬の値段の高騰が問題になっている。バングラデシュでは政府が指定した117のEssential Drugs以外は、製薬会社が自由に薬の年段を設定できることになっているところ、過去数ヶ月で1,200種類の市販薬の価格が1.2倍から2倍に上昇した。こうした薬には、糖尿病や呼吸器疾患、潰瘍、そして高血圧などの慢性疾患への常備薬も多く含まれているため、消費者の負担は馬鹿にならない(出展:Financial Express: Scaling dow cost of pharmaceutical products)。  医薬品規制監督当局による法改正や執行力強化が急務である所以だ。


 以前2回にわたり「バングラデシュは本当に最貧国なのだろうか?」と題する記事で、バングラデシュはその人口の多さゆえに一人頭に引きなおすと年間平気所得700ドルと低所得国(最貧国)に分類されてしまうが、その実態は明らかに最貧国との枕詞とともに語るにはあまりにも不似合であること、「新・新興国」と呼ぶにふさわしい動力で過去10年、そしてこれからも発展していく可能性に満ちていることを紹介した。今回特集した製薬業の事例は、正にこうしたバングラデシュの力、レベルの高さを如実に物語るものといえるだろう。

 今後、政府、製薬会社それぞれが、上記で挙げたような課題をクリアし、製薬業が今後も持続的に成長していくことができれば、労働集約的な縫製業一辺倒から多様化・高度化の必要性が叫ばれて久しいバングラデシュの産業にとっての大きな力となる。そんなバングラデシュの製薬業界にとって、 日本医薬品・医療機器関連企業は有効なパートナー足りうるのではないだろうか。そして、日本企業にとっても、バングラデシュは大きな可能性を持つ国といえるだろう。(終わり)
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バングラデシュの経済・産業が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/12/17 02:50
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