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Crossover21 バングラデシュ・スタディ・トリップ 報告⑦~農村の若者たちが教育機会を手にするには何が必要か?(その2)~

バングラデシュの若き起業家マヒンの先導でCrossover Bangladesh Study Tripの一行は鉄筋コンクリート1階建ての小さな建物に入った。チャンドプールの港から車で20分程度移動した先にあるこの建物は、E-Education Projectの4つの学校のうちの一つなのだ。貧しい農村出身というディスアドバンテージをものともせず努力と気合でダッカ大学への道を切り開いたベンガル人の若者と、志と身一つでバングラデシュに飛び込んだ日本人の大学生の協働が創り上げたソーシャル・イノベーションの結晶が、ここで展開している

 小さな教室では、40人ほどの高校生がイヤホンをしながらラップトップと真剣に向き合っている。パソコンの画面には、ダッカの有名予備校で教鞭をとる一流講師が、困難な受験を突破するための英語のテクニックを伝授するべく、黒板に英文を書きながら熱弁をふるっている姿が映し出されていた。パソコンが足りないのだろうか、一台のパソコンを3人の学生が共有している

e-education

 マヒンの姿を認め、皆いっせいに起立をした。E-Educationの共同創業者であり、また、自らの努力でダッカ大学合格を勝ち取った大先輩、マヒンに、学生たちは一様に熱い視線を注ぐ。マヒンは学生たちに僕らを紹介しつつ、彼らを励まして回る。大学を卒業した後の将来の夢を尋ねるCrossoverのメンバーに、ある女子学生は「医師として人を助けたい」、別な男子学生は「起業をしてこの国を豊かにしたい」と、それぞれの想いを語る。「ちなみに僕の夢はね、物凄くかわいい奥さんをもらうこと。そして沢山子供が出来て、良いお父さんになることだよ!」屈託の無い笑みを浮かべながら、ちょっと恥ずかしそうに、そんなことを語るマヒンに、小さな教室は大きな笑いに包まれる。

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 場所をスタッフ控え室に移した僕らは、マヒンとそのスタッフの大学生を囲んで、E-Educationのこれまでの歩みと現状、課題と今後の展望に耳を傾けたのだった。


 バングラデシュの都市部と農村部との間に存在する巨大な教育機会の格差を少しでも解消するために、ダッカの大手予備校のカリスマ講師の授業をビデオに収録、それをDVDにコピーした上でラップトップと共に農村に持ち込み、経済的に余裕の無い家庭の高校生に提供するというE-Education Programは、2010年にマヒンの生まれ故郷チャンドプール県のハムチャ村で始まった。

 初年度は、寄付で集めた中古のラップトップ・パソコンをつかって43名の高校生(バングラデシュの学制ではClass10からClass12の学生)に無償でビデオ講座を提供。その結果、1名のダッカ大学合格者を含む13名の大学合格者という快挙が齎されたことは前回の記事で紹介した。しかし、こうした快挙の影で若き起業家の頭を悩ませたのが、事業の継続性をどのように確保するか、という問だった。心躍るようなイノベーションにより、耳を疑いたくなる結果を齎したE-Educationに受講希望者が殺到するのは目に見えていた。しかし、ラップトップや教室などを確保するためのまとまった資金は手元に全く無い。ダッカとチャンドプール、東京を行き来するための費用は自分たちのポケットマネー。高まる需要に応えるどころか、現状を維持することすら困難であることは明らかだった。

 そこで、共同創業者のアツがアプローチをかけたのが、日本の某有名企業だった。その企業は、折りしもバングラデシュで教育関連のSocial Businessに乗り出そうとしていたのだ。そして、日本人とベンガル人の意気盛んな若手起業家が起こした奇跡に強い興味と共感を抱いた同社の社長は、会社の経営判断としてE-Educationに対してまとまった金額の出資をすることを決めたのだった。心強いパートナーの登場。E-Educationの前途は一気に開けたかに見えた。しかし彼らは同時に発生した別な困難と向き合うこととなる。それは、その企業が主要出資者として提示した二つの条件。一つは、その企業の社名を前面に出すこと、二つ目は、ビジネスとして継続的に利益が出るような受講料の設定だった。そして、先方が最初に提示した金額は、4ヶ月のプログラムで4,000タカ(約4000円)。

 先に教室で出会った現在のE-Educationの受講生に父親の職業を訪ねたところ、リキシャ引きや農家、あるいは村の小さな雑貨屋といった回答が目立った。農村部でこうした職業についている人々の月収は、季節や場所、規模によって違いはあるが、概ね7,000~10,000タカ程度といって良いだろう。こうした家庭が、子供達の塾代に4ヶ月で4,000タカという金額を支払うと期待することは、まず出来ない。特に女子に関しては、高校に行かせることすら経済的・社会的に家庭の中で優先順位が低いバングラデシュの農村部において、高価な塾代まで支払って大学受験の勉強をさせようという親は皆無といって良いだろう。

 「多額の出資金をもらっているとはいえ、とても受け入れられる内容ではない。E-Educationは営利目的の事業では無く、教育機会に乏しい農村部の貧困家庭の学生たちの可能性を拓くためにはじめたのもなのだ。」マヒンとアツは先方の説得にかかった。交渉の末、受講料は最終的に2,000タカに落ち着いたのだった。しかし、2000タカという金額は、本当に「落ち着いた」と言える水準なのだろうか?

 彼らの悪い予感は当たった。初年度の成功にもかかわらず、集まった学生は一年目を下回る27 名。しかも、二人が本当に手を伸ばしたい、マヒンの弟や妹のような経済的に余裕の無い家庭の学生たちの姿は無かった。

悩んだ末に彼らが出した結論は、パートナーシップの解消と出資金の返還だった。初志を貫徹したE-Educationのメンバー。一方で、事業の持続可能性は崖っぷちに立たされることになった。ダッカ大学の授業もこなしつつ、塾講師のアルバイトで必死になって稼いだポケットマネーを使って金策に走り回る日々。その資金も底をつきかけていた。

 「あの時は、もうE-Educationを続けることは出来ないのではないか、と思ったよ。お母さんもからも『事業のことより、あなたの将来のことをしっかり考えなさい』といわれ、大分心配をかけてしまっていた」。マヒンはこう振り返る。

しかし、万策尽きたかに見えた若き起業家に、別なエンジェルが現れたのだった(続く)。
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バングラデシュのソーシャル・ビジネスが織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/10/07 19:46
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