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Crossover21 バングラデシュ・スタディ・トリップ 報告⑤ ~この街のゴミは誰の手で、どこに向かうのだろうか?(4)~

 マトワイルで目にした風景の衝撃と、ワゴン車に入り込んだ大量のハエを伴いながら、Crossoverのメンバーは、「ダッカ市廃棄物管理能力強化プロジェクト」のプロジェクト・チーム・メンバーが待つ、ダッカ市役所へと向かった。折からのにわか雨で、凸凹だらけのダッカの路上のあちこちに、巨大な水溜りが出来上がっている。泥しぶきを上げながら緩々と進む車に揺られること1時間少々、一向を乗せたワゴン車は、石造りの立派な市庁舎の前にたどり着いた。
       DCC Waste Management Division
~ ダッカ廃棄物管理局のたて看板。組織改変を経て、今はWaste Manegement Departmentへとアップグレードされている~

 エレベータを使って13階にあるWaste Management Departmentへと上がる。時刻は3時を少し回ったところだ。冷房の効いた立派なミーティングルームへと通してもらうと、そこには、引率してくれている協力隊の仲間が、親切にも用意してくれていたランチ・ボックスが待っていた!

 皆、腹がへっている。早速ふたを開けてみると上手そうなチキン・ビリヤーニ!(チャーハンに似たインド・バングラデシュの定番料理の一つ)。早速頂こうと思うが、スプーンが無い…

 周囲のスタッフに尋ねるが、無いものは無い。という訳で、皆、ベンガル人の食事作法を真似て、左手は膝元に置き、右手だけを使って、ビリヤーニを食べにかかる。しかし、ボロボロと手のひらからこぼれ出て苦戦するメンバー多数。これもスタディの一環だ。


 さて、今回僕らが焦点を当てているプロジェクトは、ダッカ市内で発生する家庭ごみの収集・運搬・廃棄を担当するダッカ市廃棄物管理局のオペレーション能力や組織力、そして“住民巻き込み力”を強化するために、日本が知恵を貸す技術協力プロジェクトであることは既に述べた。その上で強調したいのは、本プロジェクトは、ダッカ市とダッカ市民の手による「クリーン・ダッカ」の持続的実現という大目標に向けた複数のプロジェクトの、主要だが、一つのプロジェクトに過ぎない、ということだ。全体像は、JICAのプロジェクト担当者がまとめた記事にある、下記のフローチャートに上手くまとめられている。
  clean dhaka japan oda
 まず、プロジェクトを実施前の「下調べ」を2000年から実施している。その上で、2003年から2006年までの第一段階の技術協力プロジェクトとして、ダッカ市が担うクリーン・ダッカに向けたマスター・プラン策定を支援しているのだ。今回のトリップで、Crossoverのメンバーが目にし、このブログで紹介してきた幾つかのプロジェクトは、上記マスター・プランをダッカ市が実行に移すための第二段階の支援に当たる訳だ。

 具体的には、ハード(モノやカネ)の提供となる
 ① 新しいゴミ収集車100台の無償提供(約12億円)
 ② マトワイル最終処分場のアップグレード(過去の円借款の棒引き分約1,600億円の一部をダッカ市が活用)
 ③ マトワイル最終処分場で医療廃棄物処理を担うNPO"Prism Bangladesh"への資金提供(草の根無償資金:約1,900万円)
 
そして、提供したハードを上手く使いこなすために必要な、知恵や知識、そして心構えを共有するための、
 ④ 市役所の組織力やオペレーションの強化、及び住民参加の促進に向けた技術協力(期間:2007年~2013年、4.5億円)
 ⑤ 青年海外協力隊の派遣を通じた現場の支援及び環境教育の実施(Priceless!!
といった形で、ゴミ処理行政の改善という多様な側面を持つ課題に対して、ハードとソフトを組み合せ重層的にアプローチしているのだ。また、上記5つのプロジェクトが、ダッカ市が策定したマスター・プランの実施の支援との位置付けられている点にも注目したい。なぜなら、これにより、プロジェクトを通じて提供されるモノ、人、カネの全てが、日本側からの一方的な「プレゼント」ではなく、ベンガル人や市役所が、自らの課題と取り組むために必要となるインプットとして位置付けられていることが内外に示されるからだ。

    DCC Waste Management Division-II
  ~ ダッカ市の地図を示しながら、プロジェクトの全体像を説明してくれる青年海外協力隊員のRyoくん~


 本プロジェクトを市役所の廃棄物処理局でリードするショリフさんのテンポの良いプレゼンテーションで、意見交換が始まった。それにしても、ショリフさんのプレゼンはスゴイ。これまで世銀の仕事やプライベートを通じて、ベンガル人のプレゼンテーションをたびたび聞いてきたが、往々にして、テキストでびっしり埋め尽くされたパワーポイントを使って、「言葉の定義」や「背景」の説明に延々と時間を費やし、メッセージや結論がチットモ伝わらない、というものが多かったところ、彼のプレゼンテーションは、コンパクトでディープ・インパクト。英語の表現や発音も極めて的確。おかげで通訳をするにも苦労が少ない。今日一日目にしてきた様々な現場のシーンが、彼が示す全体のフレームワークの中で、整理されていくのを感じる。

  Dhaka Waste Management Divison III
 ~談笑するプロジェクト・チームとクロスオーバーのメンバー。左から二番目、白のワイシャツにメガネをかけた男性が、リーダーのショリフさんだ。~

 概要説明に続くディスカッションで焦点のひとつとなったのが、プロジェクトの効果の持続可能性だ。技術協力プロジェクトは2013年までとされているところ、日本の専門家や協力隊が去った後、果たして、ベンガル人だけの手で、効率的で環境・安全にも配慮した、家庭ごみの収集・運搬・廃棄が継続的に実現されるのだろうか?10年以上にわたり、決して少なくない血税と人員が投入されてきたことを考えれば、是非ともベンガル人の口から、考えを聞きたいところだ。

 ショリフさんは、一息ついて、クリアに語り始めた。

 「成果の持続は、プロジェクトの成功を評価する上での最重要項目と考えます。この点、現場を担うクリーナーや清掃管理官向けのマニュアル作成やワークショップの継続的な実施などに取り組んでいますが、未だ道半ばにあるというのが、正直なところです。現時点でも、ベンガル人だけの手でやることはやれるのでしょうが、やはり、効率性や質等の面で、改善の余地が大いにある。成功を手にする上で重要な前提条件は3つあると考えます。
 第一に、廃棄物局の全てのポジションに人が配置されること。現在は、職員がついていない空席ポストも多いのです。
 第二に、中央省庁や民間セクター、そしてNGO等との連携を強化すること。
 第三に、配分される予算を、プロジェクトの個別項目間の相乗効果を意識しながら活用することです。幸い、廃棄物局向けの予算自体は伸びていますので。」

 ショリフさんの回答は続く。
 「現時点では、この国で、家庭ゴミの収集・運搬・廃棄のシステムがあるのは、ダッカ市だけなのです。各家庭が庭先などで適当にゴミを処分しているのが地方の現状ですが、人口や所得の増加等を背景に、多くの町で、今後ゴミ処理システムの導入が必要となる、との認識が高まっています。しかし、現状を分析し、解決策を考え、それを市民も巻き込んで実行に移していくための、ノウハウを持っている人がいない。これは、大きな機会です。というのも、日本の支援の下でノウハウを学んだ我々ダッカ市の職員が、作成したマニュアルなどを活用して、全国で指導をしていくことができるのですから。」

 日本の技術協力や協力隊の派遣を通じて、移転された知識・知恵・そして心構えが、ベンガル人自らの手で、国中に広がっていくとすれば、これまでの投資は確かに成功だと、言えるのではないだろうか。自分たちが抱える問題を正面から認め、改善のための方策を明確に説明でき、さらに課題を機会と捉えて野心的なゴールを設定するショリフさんの切れ味鋭い前向きさは、とても心強い。

 ちなみに、JICAが作成・公表している本技術協力の「事業事前評価表」の成果管理フレームワークには、プロジェクトの成功とそれを計るための指標が、以下のように定義されている。


協力終了時の達成目標(プロジェクト目標)と指標・目標値
[目標]ダッカ市の廃棄物管理サービスが向上する。
[指標]1) 廃棄物収集量が1日あたり1400トンからプロジェクト終了時までに2053トンに上がる。
協力終了後に達成が期待される目標(上位目標)と指標・目標値
[目標]ダッカ市の廃棄物管理サービスが持続的に実施され、同市の衛生環境が改善する。
[指標]1) 廃棄物収集量が1日あたり1400トンから2015年以内に3054トンに上がる。

   
 プロジェクトが終了し、日本の支援がなくなった後もなお、継続的に、ゴミの収集量が向上していくことがプロジェクトの成功である旨が、測定可能な定量的指標とともに明記されていることが分かる。
 
 もちろん、2015年の段階で、上記指標が満たされたからといって、スタッフの能力が向上したと捉えるのは早計だ。廃棄される家庭ごみの量自体が増えただけかもしれないし、ゴミ収集車などのハードが充実したからかもしれない。一般に、組織力や人材の強化等、目に見えない価値の実現を目的とする技術協力の成果が、果たして実際に出ているかのかをチェックするための指標設定は、悩ましい課題だ。例えば、上で紹介した「事前評価表」には、「ダッカ市廃棄物管理局のマネジメント能力が強化される」という目標の達成状況を計測するための指標として、
 - 「プロジェクトによって開催された会議、セミナー、ワークショップの回数」、
 - 「プロジェクトによって作成、ウェブサイトに掲示されたニューズレターの本数」
といった、言わばアウトプットの指標が挙げられている。しかし、ワークショップや会議の開催回数は、「参加者の能力の向上」という成果が出ていることを説得力を持って裏付ける指標と言えるだろうか。例えば、参加者の出席率が低ければ、研修を何回開催しても、能力の向上にはつながらないだろう。

 そこで、もう一歩踏み込んで、たとえば、ショリフさんの指摘にあるような、「研修を受けた職員のうち、プロジェクト終了時に、将来の講師役として研修を実施できるようになった職員の数」といったアウトカム指標を盛り込むのも一案かもしれない。

 時間を大幅に延長したディスカッション。その締めとなったのは、今まで寡黙に議論を見守っていたプロジェクト・チームの一人であるパラブさんの印象的なメッセージだった。

 「何故、ベンガル人は家の中は綺麗にするのに、一歩敷居をまたいで外に出ると、平気でゴミを捨てるのか。自分の車の中には決してゴミを捨てることのないベンガル人紳士が、市バスに乗った瞬間に、座席の下にゴミをおいて帰るのは、一体何故なのか?それは、公の空間へのオーナーシップが足りないからです。「ダッカは、自分の街なのだ」、という感覚を一人ひとりが持てば、家の中同様、ゴミを捨てて去ったりはしないはずでしょう。ゴミの問題だけではない。この国は、あるいはこの星が、自分たちのものなのだ、というオーナーシップを持つことで、社会の問題は解決していくはずです。困難だが、希望はある。それは教育です。私が子供のころは、学校でゴミや環境の問題を教わることはまず無かった。しかし、今では、協力隊をはじめとする日本の支援の力もあり、ダッカの多くの学校で環境教育が行われています。子供が変われば、大人の行動が変わり、そして、社会も変わる。そして変化は確実に起こっているのです。


 パラブさんの話を聞きながら思い出した。「共有地の悲劇~Tragedy of Commons~」という有名なフレーズを。共有地とは、皆が使っている、アクセス・フリーの場所。例えば、公園や市街地などがそれに当たるだろう。もともと、共有地である牧草地において、複数の牧畜農家が自分のことだけを考えて、牛の数をドンドンと増やす結果、共有財産である牧草地の草が枯れ果ててしまう、という悲劇が起こることを例に、全ての利用者(潜在的な利用者も含む)が共有地から、持続的に価値を享受できるような、ルールや取り決めを作る事の重要性を説いたものだ。

 「共有地の悲劇」をダッカ市のゴミ問題に当てはめて考えると、どうだろう。誰でもアクセスできる、ダッカという共有地。そこで、増え続ける人。そして「誰もがやっているし」、「自分ひとりなら良いだろう」という発想で、路上に投げ捨てられ、放置されるゴミ。経済活動が活発化する中、こうした発想が齎す悲劇のスケールは大きくなる。そして、共有地から生まれる利益は享受するが、そのコストは負担しないという行動が続く先に待っている、巨大な悲劇の主人公となるのは、ほかならぬダッカ市民だ。

 他方で、慣れ親しんだ日常習慣や価値観の変容は難しい。政府による規制も、根っこの価値観や習慣に変化がなければ、効果は薄い。今回のスタディ・トリップで、Crossoverのメンバーは、その難しさを何度も目にし、耳にした。だからこそ、ステークホルダーを巻き込んだ継続的な対話とルール作りが不可欠なのだろう。

 その際、おそらく効果的なのが、「変化」を見せることではないか。ゴミの問題は、あるとき突然発生する危機というよりも、生活習慣病のように、徐々に人々の生活を蝕むものであるがゆえに、問題の深刻さに人々は気付きにくい。

 例えば、未だ人口が少なく、ゴミ問題が深刻でなかった頃のダッカ市内の写真、日本が支援に乗り出す前、2000年の頃の町や処分場の様子、そして現在の様子を、出来る限り具体的に、ステークホルダーと共有すること、あるいは、それぞれの口から語ってもらうことが、人々の意識を敏感にする上で効果的かもしれない。また、そうした取組みを支援する日本の納税者にその意義や効果を説明する際にも、こうしたPast-Present-Futureの比較を分かりやすく示す写真やエピソードは欠かせないだろう。 
 


 「ゴミ」という身近なテーマを追いかける中で見えてきたバングラデシュ社会の現状や課題、そして可能性、それらと正面から向き合うベンガル人との印象的な出会い、あるいは、日本のODAのあり方への示唆…、僕も含め、Crossover Study Tripのメンバーに多くの気付きと学びを与えてくれた一日だった。「クリーン・ダッカ」に向けてこれからも挑戦を続ける、ショヒブさんやパラブさんをはじめとするプロジェクト・チームのメンバー、そして、現場で汗をかく清掃管理官やクリーナーの皆さんに、心からのエールを送りたい。そして、多忙な中、超濃密な学びの機会を創ってくれた、青年海外協力隊のRyo君、Okuちゃん、Kogaさん、本当にありがとう!!

 それにしても、これ、まだ初日だって、信じられますか?この後、直接ダッカの港に移動して、夜行船に乗っかって村へと向かうって!?信じられます?

 という訳で、まだまだ続くよ、Crossoverのバングラデシュ・スタディ・トリップ。
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バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/09/25 10:15
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