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Crossover21 バングラデシュ・スタディ・トリップ 報告② ~この街のゴミは誰の手で、どこに向かうのだろうか?(1)~

 8月26日朝6:30。スタディ・トリップ参加者が宿泊する自宅近くのホテルへと向かう。早朝のダッカは清々しい。道は綺麗に清掃され、未だ交通量の少ない道を、リキシャがベルを心地よく響かせながら、軽快に走っていく。

 いよいよ本格始動するCrossover21・バングラデシュ・スタディ・トリップ。10名の参加者が二台のワゴン車に分乗して向かった先は、日本が技術協力及び青年海外協力隊派遣事業で支援をしているダッカ市の「廃棄物管理能力強化プロジェクト」の現場だ。


 首都ダッカへの一極集中が、経済活動の効率化や雇用の拡大、情報集積等、バングラデシュの経済成長の推進力となってきた一方で、土地価格の急騰、火災や震災への脆弱性の増加、そしてスラム住民の強制退去の頻発などの問題を齎していることは、このブログでもたびたび紹介してきた。今回、Crossover・Study tripの一行が焦点を当てる「ゴミ問題」も多くの国々が高度成長・都市化を経験する中で直面してきた課題であり、バングラデシュもその例外ではない。例外どころか、諸外国の中でも最もその問題が先鋭化している、といっても良いだろう。

 何しろ、ダッカは狭い。東京23区の半分程度の土地(360km2)に、23区の人口(約900万人)の1.5倍を上回る約1,500万人が密集しているのだ。しかも、その数は増え続けている。過去20年で約3倍増という尋常でない速度で。こうした中、ゴミの効率的な収集・運搬と環境面の負荷を可能な限りコントロールした上での最終処分は、既にパンク状態にあるダッカ市の公衆衛生や市民のQuality of Lifeの向上にとって、決定的に重要な意味を持つ。

 JICAがダッカ市の廃棄物収集・処理行政の支援に向けた事前調査に乗り出した2000年には、既に問題は深刻化していた。当時、市内には、収集が一切行われない場所も多く、長年にわたって蓄積した生活ゴミが、湖や河の岸辺に積みあがり、付近一帯が耐え難い異臭に包まれていたと言う。また、収集したゴミを最終処分する埋立地も、単なる「ゴミ山」であり、そこからは、有毒ガスや汚水が発生し、深刻な環境汚染が拡大しつつあったのだ。
 
 ゴミを集め、運び、そしてまとめて処分する。文章にすると実にあっけない話だ。ただ、これを継続的に実施・改善していくのは並大抵のことではないだろう。

 第一に様々なポイントをシステムとしてつなぎ、面的に機能させなければならない。具体的には、定期的なゴミ収集・運搬とそれをチェックする仕組みの構築、それらに従事する作業員のモチベーション管理、安全面・環境面への負荷を抑える機材やシステムの導入、廃棄するゴミの種類や廃棄場所に関する規制の策定とその実施など、全てを一体として機能させなければ成功は見込めない。ゴミ箱を街中に大量に設置し、ごみ収集車を供与すれば済む、という単純な話ではない。

 第二に、ゴミが家庭から最終処分場にたどり着く間には実に多くのステークホルダーが関与することになる。行政以外の主体、例えば民間の一次回収業者や各家庭、NGOや大学等にもアプローチをし、それぞれを上手く巻き込まなければ成らない

 第三に、ゴミ問題は究極的には、「綺麗な状態とは何か?/ポイ捨ては何故良くないか?」という人々の感覚や、「街を綺麗にするのは誰の責任か?」という価値観の部分にまで光を当てていかなければ、継続的な改善は実現されない。何事も、人々が共有する「当たり前」を変えることほど、困難な話は無い。こればかりは、金を幾ら積んでも解決するような事柄ではなく、教育分野にまで踏み込む必要があるかもしれない。

 今回、Crossover・Study Tripのメンバーは、このように困難且つ重要な課題に果敢に取り組んでいるダッカ市役所の担当職員、そして彼らの努力を、ベンガル語を駆使しながら二人三脚で後押しする青年海外協力隊の現役隊員3人と共に、ダッカ市の「廃棄物管理能力強化プロジェクト」の成果と現状、そして課題をつぶさに学ぶ機会を得たのだった。


 朝7時過ぎにホテルを発った二台のマイクロ・バスが最初に向かったのは、カウラン・バザールと呼ばれる市場。ここはダッカ市のほぼ中心に位置する巨大な卸売り市場であり、朝方は魚や野菜、そして鳥の取引で活況を呈する。主要新聞社やテレビ局等が入るモダンなビル群や、日本の支援で建設されたバングラデシュ初の五つ星ホテル「パンパシフィック・ショナルガオン・ホテル」も徒歩圏内にある、東京に喩えれば、いわば築地のような場所だ。

   カウランバザール
 ~ カウラン・バザールにあるバナナの卸売り市場の様子。男達の威勢の良い掛け声が響く ~  

 僕らが到着した時間帯は、丁度朝の取引が終わったばかりの時分。各々の持ち場へと散っていった人々に代わって現れたのは、切り捨てられた農作物の枝葉、そこらで“さばかれた”鳥の羽や足のかけら、その他、訳の分からんモノたちで、本来の足の踏み場が殆ど見えなくなった道路だった。それらを、かき集め、トラックの荷台へと乗せている人々がいる。緑色のジャケットを身にまとい、黙々と作業をする彼らこそ、ダッカのゴミ収集の最前線で働く清掃員、通称“クリーナー”だ。冒頭述べたとおり、ダッカの市街が、少なくとも朝だけは綺麗なのは、明け方から仕事しているクリーナーの貢献によるところが多い。もっとも、日中、人々が無造作にゴミをそこら中にポイ捨てするものだから、町中の道路は、翌朝にはクリーナーにとって、実に“働き甲斐のある”姿に戻ってしまうのだが。

  dhaka waste management workers
 ~ クリーナーの努力の結果、足の踏み場が見えなかったカウラン・バザールの目抜き通りは、この通り、綺麗さっぱりに~

 クリーナーの仕事は、卸売市場の前や道路脇のゴミ清掃だけではない。道路下を流れる溝に詰まったヘドロを掻き出すのも大切な仕事。誰かがこれをやらなければ、ちょっとした雨で、溝から水があふれ出て、道路が冠水してしまうだろう。

   dhaka waste management 2
     
 時には溝の中に入り、ヘドロに両足を浸しての作業となるクリーナーの仕事は危険が伴う。長靴や軍手が支給されなければ、ガラスの破片などで大怪我をするかもしれない。クリーナーが、安全で健康的に、そして誇りを持って作業に従事する体制を確保することは、クリーン・シティを実現する上で欠かせない要素だろう。JICAが支援するダッカ市のプロジェクトでは、クリーナーに安全具を支給。あわせて、安全で衛生的な作業の講習やワーク・ショップを通じて、怪我や事故を未然に防ぐ活動を実施している

 当たり前の話に聞こえるかもしれない。しかし、このブログでも過去紹介した通り、例えば、ダッカの工事現場では、安全靴やヘルメットをかぶっている作業員をお目にかかるのは稀だ。それどころか、サンダル、素手という全くの普段着姿で重い建築資材と格闘している姿が目立つ。当然、事故も多い。しかし、安全具を支給するためのコストを負担するインセンティブは業者側には薄い。また、作業員も、「暑いから」「面倒だから」「皆着けていないし…」という理由で、安全具の支給を声に出して求めたりはしない。安全具を支給するための金があるのなら、給料を増やして欲しい、というのが本音かもしれない。

 クリーナーへの安全具の支給と定着という、当たり前で簡単に見える取組みも、こうしたバングラデシュの現状を踏まえてみると、なかなかハードルが高い事柄であることに気付かされる。ちなみに、クリーナーの一月の給料は約6,000タカ(約6,000円)程度。これは現在のバングラデシュの法定最低賃金(3,000タカ)の2倍にあたる。これに加え、後ほど、トリップの一員が訪問する集合住宅の一部屋が無料で提供される。ダッカの家賃がスラムでも一部屋2,000タカ程度であること、学校の先生の給与が8,000タカ程度であることを考えると、クリーナーの待遇は、悪いとは言えない。


 クリーナーの仕事振りを学んだ次に向かった先は、「Ward清掃事務所(Ward Solid Waste Management Office)」だった。

ward smw office
~ Ward清掃事務所の入り口。JICAのロゴとダッカ市役所の徽章が並ぶ ~

ダッカ市の廃棄物処理は、Ward-Base Approachと呼ばれる方法が採られている。具体的には、ダッカ市役所の廃棄物処理局が一括管理をするのではなく、ダッカ市内をより細かいWard(区)に分けた上で、そのWard域内の廃棄物処理の管理拠点となる「清掃事務所」を建設、そこを統括するConservancy Inspector(CI:清掃管理官)に、クリーナーのマネジメントや地域住民との対話、そして収集したゴミの最終処分場への運搬管理等の責任を委譲する分権型のアプローチだ。

 この方法を採ることで、現場により近いところでのマネジメント・コミュニケーション・意思決定が可能となると共に、Ward毎の競争やベスト・プラクティスの共有を促し、全体の意識やオペレーションのレベルの底上げを図ろうという訳だ。

   dhaka waste management 3
 ~ Crossoverのメンバーに現場での苦労を語るCI(清掃管理官)のショヒドゥルさん ~
 
日本で実施された研修プログラムにも参加した経験のある、この道20年以上の清掃管理官ショヒドゥルさんは、過去と比べて大いに改善したダッカの家庭ごみ収集・処分の現状やクリーナーのスキルやモラルの向上等の成果を語りつつ、最近頭を悩ましている問題についても共有してくれた。

 「街のあちこちに、企業が宣伝のための看板を立てているでしょう。あれは、無許可なものが多い。放置すると無秩序に次々と立てられた挙句、強風で倒れたりして危険なのです。また、最近の建築ラッシュの結果、建築資材や廃材を道に放置する輩が増えている。こうしたモノを整理・撤去するのは本来建設業者の責任なのだが、法令が順守されていない。でも、誰も面倒をみずに路上に放置され続ければ、事故につながるかもしれません。ということで、やむなく我々廃棄物管理局が撤去せざるを得ないケースもある。しかし、大型の物が多いため、クリーナーの怪我や収集車の故障にもつながる。規制は存在するのに守れない。困ったものです…」

 「各家庭やマンションで出たゴミを、道路脇に設置されたごみ収集のコンテナまで運ぶのは、Primary Collection Service Providerと呼ばれる民間業者なのですが、彼らとの連携強化や、ゴミが出される量自体を減らすためのコミュニティへの働きかけも道半ばです。」

 Ward間の切磋琢磨や知識の共有といった、Ward Base Approachの意図を、現場の清掃管理官は、どの程度意識しているのだろうか。

 「私を含め、今、この場に居る3人の清掃管理官はそれぞれのWardのリーダーです。市役所へのボトム・アップの報告だけでなく、同じ立場の者同士が随時顔を合わせ、それぞれが取り組んでいるテーマについて情報を共有するコミュニケーションにも心がけています。ただ、自分の目の前にある課題、例えば、クリーナーのマネジメントや、住民の参画意識を引き出して廃棄物管理問題に向き合ってもらうことは、皆さんが想像している以上に、難しい仕事なのです。」
 
 経済活動が活発化する中でゴミの量は増え、質も多様化する。こうした中、市民や企業のゴミ問題に関する主体的意識が高まらなければ、しわ寄せは、現場のクリーナーや清掃管理官の肩に圧し掛かるばかりだ。そして、彼らのリソースは限られている。また、規制の確実な実施は、Ward Officeの手におえる話ではない。市民、企業、Wardの現場、Dhaka市役所、さらには法律を所管する中央省庁との間での、対話による情報共有の重要性が身に染みる。多様なステークホルダーを巻き込んでのゴミ収集の強化が、クリーン・シティ実現に向けて不可欠な要素である理由は、そこにあるのだろう(続く)。
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バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/09/16 11:09
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