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この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その1)

 シラージ・バイは僕のドライバーであり、ベンガル語の先生であり、また大切な友人だ。(バイはベンガル語の男性向け敬称、“~さん”の意)

  シラージ・バイとのツーショット
       ~モハンマド・プールのシラージ・バイの自宅でのツーショット~

 シラージ・バイは腕利きのドライバーだ。運転手暦は約15年になる。日々、大型バス、トラック、乗用車、リキシャ、CNG(天然ガスで動くオート・リキシャ)オートバイ、ティンプ(トラックの荷台を改造した小型の乗合いバス)、ヤギ、ウシ、ヒト、野良犬、荷車、自転車などなど、圧倒的な種類の乗り物や生き物達が無秩序に犇くダッカの危険極まりないジャングル・ロードを、あるいは徒歩よりも車の速度が落ちる大渋滞の中を、見事な運転技術と忍耐力とで、安全且つスピーディに僕を目的地に届けてくれる。

 シラージ・バイは勤勉で敬虔なムスリムだ。毎朝5時前には目を覚まし、自宅前のモスクで欠かさず朝の礼拝に勤しむ。僕が残業で、あるいは友人との夕食で遅くなっても、オフィスやレストラン近くの駐車場で待っていてくれ、電話一つですぐに駆けつけてくれる。

 シラージ・バイは正直者だ。日々の勤務記録は、分単位、走行距離はコンマ以下までしっかりと記録し、勤め先であるDesh Rental Car Companyに提出する。毎月一度、僕のオフィスに料金を回収に来るDesh Rental Carのマネージャー、モハン氏は、「8年間、彼の働き振りを見てるが、あんな風に正直・誠実な男を私は見たことありません。仮に誰もチェックしなくても、彼は決してごまかしたりしないでしょう」と舌を巻いている。

 シラージ・バイが運転するブルーの日産スカイラインは、僕のベンガル語の教室でもある。僕はバングラデシュにやって来た直後から、毎週一度ベンガル語の先生にオフィスに来てもらいレッスンを受けているが、残念ながらそれだけでは定着もしなければ上達しない。何しろ日常生活や世銀の業務でベンガル語を使う機会は殆どないのだから。それでも、日常会話には余り不自由しない程度にまでベンガル語が上達したのは、シラージ・バイが笑顔で、僕のつたないベンガル語会話に付き合ってくれるからだ。週一回の授業で新しく覚えた単語や表現をまとめたノートを繰りながら、お互いの家族や仕事のこと、バングラデシュの政治や経済のこと、日本の様子などを、ベンガル語で会話をしていると、苛立たしい渋滞も不思議と気にならない。普段はクールなシラージ・バイだが、ベンガル語での話が盛り上がると、時に両手を叩いて大笑いをし(ハンドルから手を離さないで欲しい…)、時に早口・大声で持論を展開するなど(もっとユックリ話して欲しいとのお願いは、盛り上がるとたちまち忘れられてしまうようだ…)、表情豊かでひょうきんな人でもある。

 シラージ・バイは家族想いだ。お見合い結婚した奥さんのルビーナさんと、一人娘のソニアを自分よりも大切に思っている。今年13歳になるソニアの教育には殊更熱心で、数学と英語の家庭教師を付け、何とかいい職についてもらいたいと願っている。家庭教師代は一月英語と数学それぞれ1,000タカ(約1,000円)と一月10,000タカ(+毎日100タカの昼食代)という彼のつつましい給料を考えるとかなりの出費だが、決して妥協せず、娘の将来のために教育への投資を続ける。それを支えるのは、シラージ・バイの日々の勤労と、ルビーナさんの献身的な家事だ。
勉強中の一人娘、ソニア
     ~自宅の机の向かって勉強をするソニア。得意科目は英語と数学だ~

  今年3月、ソニアの13歳の誕生日を祝いに、チョコレート・ケーキとプレゼントの腕時計を持って、ダッカのムハンマド・プール地区にある彼の家に遊びに行った時には、家族、親戚、近所の友人たちが皆揃って歓迎してくれ、おいしいビリヤーニをたらふくご馳走になった。シラージバイの一家は、愛情と笑顔あふれる、バングラデシュのごく普通の家庭だ。ごく普通の家庭の小さな幸せを守るために、彼は今日も、一生懸命働き、そして祈りを捧げる。


 
 そんなシラージ・バイが病に倒れた。最近頻繁に咳をしているな、風邪でも引いているのだろうか、と思っていたところ、レンタカー会社のモハン・マネージャーから「シラージの体調がとても悪いので、今日から代理の運転手になる」という不吉な連絡を受けたのが5月末だった。そして、代理の運転手から「体調がさらに悪化したのでモハカリの呼吸器専門病院に入院した」という連絡を受けたのは6月上旬。心配の余りシラージ・バイの携帯に連絡をしたところ、苦しそうに咳き込んで殆ど話にならない。なにやらただ事ではなさそうだ。

 仕事帰りに入院先の病院に彼を見舞いに行った。ルビーナさんと賢そうなめがねをかけたソニアが病院の入り口で出迎えてくれる。ルビーナさんは身長150センチ位と小柄で、二人が並ぶとまるで姉妹のようだ。ソニアは日に日に悪化する父の容態を案じながら、得意教科の英語で病状を説明してくれた。

 「大丈夫、学校には毎日行っているから。勉強サボったら、お父さんから大目玉だからね」
 ソニアの笑顔が、不安で曇った僕の心を少し晴らしてくれる…

 シラージ・バイは個室病棟のベッドに横たわっていた。腕には点滴のチューブがつながれている。病院全体が停電中で天井のファンは止まっており、むっとした湿気が病室を支配している。小さく灯るろうそくの明かりが、古びた壁にソニアとルビーナさん、そして僕の影法師をユラユラと映し出していた。

 医師の診断書とレントゲン写真を僕に手渡すシラージ・バイ。医師の説明では、肺の中に水が溜まっているとともに、喉に二つ腫瘍が認められるとのことで、手術が必要だという。しかし、彼は自分の体よりも家族の生活を案じていた。

 「入院費用が毎日200タカ、薬代に約1,500タカで、毎日自分がここにいるだけで2,000タカが飛んでいく。手術には最低10万タカは必要だそうだ…」
 「娘の教育の費用だけは出してあげたい。家庭教師もあきらめない。娘の教育が犠牲になるくらいだったら、自分が死んだほうがましだ。」

 力ない口調で、しかし強い目をしながらシラージ・バイは呟く。

 「ジョディ アプニ マラジャベ、ソニアール レカポラ ジョンノ タカ パワジャべナ(あなたが死んじゃったらソニアの教育費なんて無くなっちゃうよ)アプナケ タラタリ バロ ホテホベ(早く良くならないと!)」

 拙いベンガル語で励ますものの事は深刻だ。8畳程度のワンルームと、炊事用・シャワー用の井戸、キッチン、トイレを8家族で共用する彼の部屋の家賃は一月5,500タカ。娘の家庭教師代に2,000タカ、学校の試験や文房具等の費用もかかる。もちろん食費や光熱費も。月々の可処分所得が3,000タカ弱の家庭に、日々2,000タカの入院費と最低10万タカの入院費用が圧し掛かるのだ。そして、もちろんこの国には、彼のような庶民がアクセスできるような公的健康保険制度は存在しない

 入院中のシラージ・バイ
     ~ダッカ・モハカリ地区にある呼吸器系専門病院に入院中のシラージ・バイ~

 お金が払えないばかりに、病院から追い出されたのではたまったものではない。すぐに、ある程度まとまった金額の支援を申し出たものの、本当に良くなるのか、いつまで入院生活が続くのか、これから一体幾ら必要になるのか、正直、僕の心も不安で覆われていた。

 病院の入り口まで見送りに来てくれたルビーナさんとソニアに手を振りながら、僕を乗せた車は喧騒に包まれたダッカの街路に飲み込まれていった。車窓から差し込む高級ブティックやレストラン、立派な高層ビルやホテルのけばけばしい光が眩しい。この国には富の蓄積がある。嗚呼、なのに何故、勤勉・実直・正直で家族思いの彼が、こんな目にあわなければならないのか。憤りと自己嫌悪、苛立ちと不安がない交ぜになったモヤモヤとした気持ちが僕の胸に立ち込めていた… (続く)

(※)シラージ・バイのご家庭や病状のプライバシーに関する記述を日本語のブログに掲載することについては、写真と併せ、全てご本人からの同意を頂いています。
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/07/02 16:47
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