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バングラデシュは本当に“最貧国”なのだろうか?(その2)

 国の豊かさや人々の幸福感を計る物差しは単一ではあり得ない。数字で表し難いものも多くあろう。しかし、人と人とのコミュニケーションの量は、家族であれ、会社であれ、あるいは国であれ、ある人間集団の豊かさや幸福感を考えるうえで、欠くことのできない要素では無いだろうか

 人々がその経験から感じている通り、コミュニケーションは情報共有や、相互理解を生み、協働の基礎となる信頼感や一体感を創り出す。あるいは、人間集団が直面する様々な危機を乗り越えるResilience(耐久力)を高めていく。

 この点、世界でいわゆる「最貧国」と分類される国々の多くに見られる共通項の一つが、内戦や紛争等によって、国民同士の信頼感が失われていることだ。宗教や部族の違い等に端を発する紛争により国民同士のわけ隔てない、密なコミュニケーションが困難となってしまったこうした国々では、ビジネス展開は困難であり、開発プロジェクトの成果も出にくい。

 この視点で見ると、バングラデシュは、「最貧国」に分類されながら、驚く程コミュニケーションが豊かな国だ。コミュニケーションの豊かさを図る指標が世の中に存在するのかは知らないが、少なくとも世界で5本の指には入るのではないだろうか。何しろ、世界一の人口過密国。どこに行っても人ばかり…兎に角人と人との距離が近い。

  人口過密国バングラデシュ2

  物質的なアミューズメントも限られ、イスラム国家ゆえにお酒も手に入り難い状況の中、人々の娯楽は専らお茶をすすりながらの「おしゃべり」だ。

 こうした物理的な状況に加え、コミュニケーションの密度を高めるうえで大きく貢献しているのがベンガル語だ。バングラデシュは、東部山岳地方の少数民族を除けば、人口のほぼ全てがベンガル語を母語とするベンガル人。パキスタンからの独立のきっかけとなり、動力となったのも、パキスタンによるウルドゥー語公用語化の動きへの強い反発と、母語ベンガル語を守ろうという意思だった。

 同一言語での密なコミュニケーションは宗教の違いも乗り越える。バングラデシュは国民の9割近くがムスリムであるが、キリスト教徒やヒンドゥー教徒も社会で認知され、受け入れられ、尊重されている。

 例えばこんなエピソード。

 ラッシャヒという地方都市の近くにあるプティヤは、立派なヒンドゥー寺院群で知られる観光名所。ここを訪問した僕に、寺院の中や一つ一つの背景にある宗教的意味をブロークン・イングリッシュで説明してくれたガイドは、ムスリムだった。

 「いや、まぁ仕事だから。でも、そこいらのヒンドゥー教徒より、ヒンドゥーの教えについて詳しい自信はあるけどね。」

 はにかんだ笑顔が印象的なヒゲ面のオヤジは、訪問客である僕を自宅に招き入れ、「今食べたばかりだから」と必死で遠慮する僕に、大量の昼ごはんを振舞ってくれた。
 
 あるいは、昨年10月、ヒンドゥーの一大イベントである「ドゥルガ・プジャ」の祭りで目にした光景は、バングラデシュ人が、宗教の違いを尊重する姿勢を余りにも雄弁に物語っていた。この巨大な祭りの期間中、ダッカも含め、町のあちこちに、ヒンドゥーの神々が祭られる立派な祭壇が作られる。

そして最終日には、その神々の像を聖なるガンジス川に流すべく、ヒンドゥー教徒が大挙して、ド派手に装飾したトラックに神々を載せ、大音量のスピーカーで音楽を鳴らしながら、町中を狂喜乱舞しながら練り歩くのだ。当然、街中の交通網は完全に麻痺。まるで、国全体がヒンドゥー教国になったかのような大騒ぎだ。

  人口過密国バングラデシュ
 ~街中を練り歩くヒンドゥーの神々を載せたトラック。大音量と狂喜乱舞は明け方4:00くらいまで続いた~

 ところが、この国のムスリムと来たら、例えばこんな感じだ。
 「今日は、ヒンドゥーの同僚のアイツが、あそこで踊り狂ってくるから、俺が代わりに店番だよ」

 茶屋で店番をしながらヒンドゥーのパレードを所在無げに見つめる親父は涼しい顔。挙句の果てに、ドサクサにまみれて一緒に踊り狂っているムスリムも目立つ。

 モスクが立ち並ぶバングラデシュの街で展開される巨大なヒンドゥーのお祭り、そんな祭りを、それぞれのやり方で楽しむバングラデシュ人の様子を見ていると、宗教の違いを理由に殺し合いが発生している世界が、途方もなく遠くに感じるものだ。

 密なコミュニケーションは社会のセーフティ・ネットとしての役割も果たす。多くのベンガル人の住まいである、昔の日本の長屋のような集合住宅はとても狭く、プライバシーは皆無といって良い。しかし、家族や親戚、そして隣人同士の密なコミュニケーションにはうってつけの場所だ。物の値段から新しい店のこと、政治の話まで情報は口コミですぐに広がる。常に光っている人の目や、瞬く間に広がる噂話は、犯罪の抑止にも効果を果たす。家族が怪我や病気で働けなくなった場合には、手を差し伸べる親戚や家族がすぐ傍にいる。


 
 そんなバングラデシュに飛び込んだ日本人にとって、ベンガル人のあまりに濃密なコミュニケーションは、うっとうしく感じる時もある。 

 何故、通りすがりの見知らぬ人間に、国籍・仕事・住所から始まり、給料額や、結婚の有無や、相手との馴れ初めや、結婚しないこと理由や、あるいは携帯電話の番号を聞いてくるのか。ちょっと理解できないこともある(というか、殆ど常にそう思う)。

timp
 ~トラックの荷台を使った小型バス「ティンプ」でベンガル人と密着しながら村を移動中の筆者。こうした空間では、ほぼ選択の余地無く、ベンガル人との濃密な会話を楽しむことができる~

 しかし、バングラデシュ人のこうした濃密なコミュニケーションが、国を発展させていく上での力となり、また国家を決定的な過ちから守る盾となっているように思う。そして「最貧国」ならぬ「新・新興国」バングラデシュが直面している課題のひとつは、経済成長と都市化の進展の中で、かつて社会のセーフティ・ネットとしての役割や様々な紛争予防の機能を果たしてきたコミュニケーションが薄れ、共同体から零れ落ちる人が増えてきていることだろう。

 人と人との密なコミュニケーションが培ってきた社会資本を守りつつ、如何にして成長の糧を社会の隅々にまで行き渡らせるか、そして、そうした成長を持続的なものにしていくか、日本を含め、多くの先進国が経験してきた、そして今尚試行錯誤を続けている難題に、今、バングラデシュも向き合っているのだ(終わり)。
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バングラデシュの経済・産業が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/04/14 14:40
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