スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

渋滞はどこから始まっているのだろうか?

 お盆を迎えた日本は毎年恒例の帰省ラッシュの只中にあるのだろうか。果てしなく続く中央自動車道の車列の中で、「列の先頭で止まっているのは、一体どんな車なのだろうか。運転手に『あなたのお陰で後ろが詰まって長蛇の列だよ!』と一声掛ければ一斉に動き出すのではないか…」などと考えていた小学生時代の夏休み。渋滞の始まりが、料金所、事故の発生、車線数の減少といった事柄であり、運転手に声を掛けてもどうにもならないことを知ったのは何時の頃だっただろうか。

 そんなその小学生の疑問を、30歳を超えた自分が再び悶々とダッカという街の中で繰り返している。「このありえない渋滞は一体どこから始まっているのか!」同じような疑問を多くのダッカ市民も抱いているのだろう。時として15分~20分も一ミリも前進しない車内で広げる新聞の紙面や、ちっとも後ろに流れていかない車窓から見える風景には、その答えを物語る幾つかのエピソードが展開されている。

  渋滞はどこから始まっているのか・・・


+++++++++++++++++++++++++++++++++++
☆ 「2003年から2010年までの8年間で、ダッカ市内で登録されている乗用車は約8万8千台から約17万台に、バスは約2,600台から約9,300台と2-3倍に増加した(出典;Bangladesh Road Transport Authority)。しかし、ダッカ市内及びその周辺の道路インフラはほとんど改善されていない。」
 - 例えば、道路のメンテナンスがなされていないため、街中の道路及び郊外とダッカを結ぶ幹線道路のあちこちに穴やひび割れができており、車のスムーズな移動の大きな妨げになっている。雨季には市内の路上がそこかしこで冠水する。
 - 交差点をまたぐFlyover(立体交差)はダッカ市内で三箇所しかなく、信号も機能していない。手旗信号で車をさばく警官がいない多くの交差点は四方八方からさまざまな種類の車が無秩序に押し寄せ、Chaosのレベルは上がれど、車が交差点を通過する時間が短くなることは決してない。

☆ 「渋滞で貴重な時間を奪われた多くの運転手が、いらだつ気分の中で少しでも早く目的地に着こうと、無謀な運転を繰り返し、それが事故につながる。」
 - 例えば、地方からダッカに入る幹線道路では、二重追い越しどころか三重追い越しが横行。巨大なトラックやバスが、対向車線をはみ出して(と言うよりも対向車線を殆ど占領しながら)爆走してくるのだから、遊園地のアトラクションよりもスリルあり。
 - ダッカ市内では「車線」というものは存在しない。あらゆる車が車線の中間をウロウロ、隙を見て、少しでも前に進む車列へと加わろうと争いあう。もちろん、ウィンカーを出すということはない。
 - リキシャやCNG(オート三輪)、オートバイが対向車線を堂々と逆走してくる。

☆ 「車検の制度が機能しておらず、また車両修理工場の技術レベルも低いため、車やバス、CNGの道のど真ん中で故障してスタックしている。」
 - バングラデシュ在住の日本が取りまとめた情報誌「ハロー・ダッカ」には以下のような不吉な注意書きが記されている。「修理工場は全般的に技術レベルが低く、加えて悪質な業者が多いのが実情。新しい部品やタイヤを古いものに換えてしまう、ガソリンを抜く、修理業者がドライバーにお金を渡し、車両オーナーへの請求を水増しする等は日常茶飯事。」
++++++++++++++++++++++++++++++++++
       ダッカ市内を爆走するオンボロバス
(フロントガラスには大きなヒビが入り塗装は禿げ放題、まるで産廃処理場で拾ってきたようなバスがダッカの「ジャングル・ロード」の主役だ)

 ダッカの生活暦が長い世銀の同僚や日本人に聞くと、皆、口をそろえて、交通状態は年々、と言うよりも日々悪化していると言う。相次ぐ外国企業の進出やダッカ市民の所得の向上等により車の所有比率が上がっている他、毎年20万人~30万人規模で農村からダッカへの人々が移り住んで来ることによりバスやリキシャなどの交通量も激増している一方で、道路の拡張やメンテナンス、それを実施するための都市計画などのインフラ整備が全く追いついていないのだ。ちなみに、ダッカの人口は1990年の653万人から2010年には1,516万人とこの20年で約3倍に増加。2020年には2,200万から2,500万人に増加し、世界最大の人口を擁する都市となることが見込まれている(出典:World Bank)。

 こうした路上で現状において支配的な法とは、「声と図体が大いものが先を行く権利がある」というジャングルのルールに他ならない。間断なく鳴り響くクラクションはこのルールに皆が忠実に従っていることの何よりの証左。また、殆どの車が車体の前と後ろに鉄柱のバンパーを装備して、接触事故に備えている。このバンパー、車同士の接触事故なら本体に傷がつかずよいのかもしれないが、歩行者にとっては危険極まりなく、超徐行運転の車とのちょっとした接触でも命の保障はない。このようなバンパーの装着は当然違法だが、殆ど全ての車が装着しているため、それがルールとなる(バンパー装着済みの車と走でない車が接触すれば、大損するのは「法」を遵守している車であることは明らかだから)。
 
         
                バンパーで装備を固めるダッカの乗用車
  (車体の前方と後方をバンパーで固め接触事故に備えるダッカの車たち。歩行者との接触は考えないのだろうか…)

 ジャングル・ロードで支配的な法は、この国を支配しているあるドグマを体現しているように思えてならない。それは、「少しでも速く、安く、目的地にたどり着き、賃金をもらい、そして経済的に豊かになる」というドグマではないだろうか。遵法意識も公共財のメンテナンスも、人々の安全や安心も、騒音や大気汚染への懸念も、アニマル・スピリットの前には劣後するのだ。そして、「アニマル・スピリットばかりが支配的なジャングルは、持続的に発展していくことはない」ということに、ひょっとしたら誰もが気付いているかもしれないが、そこに有形・無形の公共財を提供するべき政府のcapacityが弱いことも周知の事実であることから、今日もダッカのジャングル・ロードは喧騒が支配し続ける。

 「郷に入りては郷に従え」とは言うけれど、実に秩序立っている東京の環状八号線でさえ運転に苦労する僕には、このジャングル・ロードで生き残るスキルもガッツも持ち合わせていない。そんな僕を毎日無事故でオフィスに送り届けてくれる運転手さん(いつも白い丸帽子をかぶり、豊かなひげを生やしたシラージさんという敬虔なムスリム)に感謝しつつ、アラーの神に今日も無事故で一日を終えられるよう祈りをささげる他ないのである。
スポンサーサイト
バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2011/08/12 20:20
コメント:

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。