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何故世界中の船がバングラデシュに流れ着くのだろうか・・・(その1)

 ダッカの南を流れるブリコンガ川。そのどろりとした流れは、ダッカ市民の生活排水や牛革加工工場などからの汚染水で黒々と濁っている。折からの乾季で流れが淀んでいるせいだろうか、川面から漂う卵の腐ったような臭気はダッカの水の玄関口であるショドルガット港の構内にも立ち込めている。そんなブリコンガの川面は今日も、間断なく行き来するノウカ(小船)で埋め尽くされている。

    ブリコンガ河を行き来するノウカ


 よく晴れた週末の午前中、僕は友人とともに、そんなノウカに揺られながら、“さわやかなブリコンガ・クルーズ”を楽しんでいた。向かう先は川向こうにあるShipdock Yard、つまり船舶修復、製造の現場だ。
    ダッカ船舶解体現場② 
          ~ダッカのShipdock Yardに並ぶ中古船の数々~

 バングラデシュの産業といえば、世界第二の輸出量を誇る縫製業を筆頭に皮革工業、そして製薬業が有名だが、実は、船舶解体・修復業でも世界に大きく貢献している。例えば、2008年に世界で解体された8,280隻の船舶のうち、実に半分以上、4,176隻がバングラデシュで解体されている。続くインドの2,458隻を倍近く引き離して堂々の一位(下記表参照)。つまり、7つの海を航海した世界の多くの船たちが最後に流れ着く先がバングラデシュなのだ。

 船舶解体・修復業のバングラデシュにおける拠点は、第二の都市であり、ベンガル湾に面した一大港湾都市チッタゴンだ。現在、バングラデシュで船舶解体・修復業に従事する人々は時期により変動するが、概ね8,000から2万2千と推計されており、その大半が、バングラデシュの農村部からの出稼ぎ労働者だという。チッタゴンの港に流れ着いた船たちは、修復すれば中古船として使いようがある船と、もはや務めを終えたと判断される廃船とに仕分けされた上、後者は徹底的に“ばらされる”。ばらされた様々な船の部品や鋼板は、その殆どがリサイクルされ、新たな船や産業機械としてバングラデシュ国内で活用される。バングラデシュ国内で活用される鉄鋼の半分以上が、解体された船舶から供給されているというから驚きだ。(以上出典:世界銀行レポート「Ship Breaking and Recycling Industry in Bangladesh and Pakistan」)

 そして、一件使いようのない屑鉄のように見える様々な部品たちや、中古船として再デビューを図る船たちが、チッタゴンからベンガル湾を北上し、ブリコンガ川をさかのぼり、やってくる先が、今回僕が訪問している、ダッカのDock Yardという訳だ。

   ダッカ船舶解体現場①
   ~ 世界の海の航海を追え、チッタゴンからダッカのShipdock Yardにたどり着いた巨大な中古船。修復され再デビューを果たすには約2ヶ月を要するという ~

 なお、船舶解体・修復業はかつて日本や台湾が主要な担い手国だった。例えば太平洋戦争直後は、世界中の軍艦が日本に集められ、特に瀬戸内海沿岸のドックで盛んに船舶解体業が行われていたという。その後、20世紀後半に入り、世界の船の墓場は、韓国、中国、インドと徐々に変遷をしていく。バングラデシュが世界最大の「船の墓場」となったのは、2000年代に入ってからだ。
   船舶解体・修復業担い手国の変遷
 何故、世界中の多くの船はバングラデシュに流れ着くのだろうか?。次回は、ダッカのShipdock Yardで船舶修復業に従事する労働者一人ひとりの状況とその暮らしに焦点を充てつつ、この問と向き合い、現代のバングラデシュが抱える様々な課題と可能性とを浮き彫りにしていきたいく(続く)。 
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バングラデシュの経済・産業が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2012/02/03 00:04
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