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牛革と引き換えにどれ程を失うのだろうか? ~ハザーリバーグという街の物語~

 「池田さん、ダッカに赴任するならハザリバーグ(Hazaribagh)という場所に是非一度行ってみてください。一度でいいから。まぁ、一度行ったら二度と行きたくないようなところなので、一度しかいけないでしょうけれど…

 バングラデシュの赴任を目前に控えた昨年7月のある日、マザーハウスで活躍する友人にこう言われなければ、きっとその名前すら知ることはなかったであろう街。ハザリバーグ。ダッカの南西部、ブリコンガ河から町の中心にかけて広がるこの地区は、知る人ぞ知る、ダッカの隠れた名所(迷所)だ。気付けば僕は、この5ヶ月で3回もハザリバーグに足を運んでいた。

 マザーハウスは、バングラデシュを初めとする「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ことをミッションに、山口絵理子さんという若き女性起業家が単身バングラデシュに飛び込み、苦労の末2006年に立ち上げたアパレル商品の製造・販売企業だ。主力商品であるバックや、財布、小物などには、バングラデシュの主要作物ジュートやレザーがふんだんに使われている。僕もバングラデシュに赴任する直前に入谷の本店にお邪魔してバックを購入。以来そのバックは、僕のフィールド・ビジットの欠かせない相棒になっている。

 ちなみに、牛革加工は縫製業に次いで、多くの雇用と所得を生んでいるバングラデシュの主要産業であり、また主要外貨獲得手段でもある。そして、ハザリバーグは古くバングラデシュ独立前、東パキスタンの時代から牛革加工工場が密集する言わば産業クラスターとして発展してきた地域なのだ。そして冒頭に登場したマザーハウスの友人は、ダッカ勤務時代、マザーハウスの商品に使われる牛革の仕入れ先として、ハザリバーグにしばしば足を運んでいたのだった。

 そのハザリバーグを初めて訪問したのは昨年の8月末。以来11月、そしてつい先週も、日本からゲストが来る度に、自分はこの地区を訪れている。何故なら、ダッカの環境汚染はどこも酷し言えど取り返しのつかないレベルの環境汚染をハザリバーグほど雄弁に語る場所は、他に見つからないからだ。



     ハザリバーグの風景
 
 車を降りると立ち込める、生まれてこの方嗅いだことのない異様な臭い。牛革の生臭さと得体の知れない化学物質が混ざったその異臭に、鼻が突きぬかれ脳をえぐられるような感覚を覚える。よどんだ空気の中を30分も歩くと頭痛とともにめまいがしてくる。ふと目を下にやると、どぶ川を流れる水の色は、鮮やかなエメラルド・グリーンだ。その液体が、ダッカを流れる一大河川、ブリコンガ河に直接流れ込んでいる。

 そんな街のそこかしこに、巨大な工場が所狭しと並んでいる。中を覗くと、入り口付近に今朝バラしたばかりの牛革が積み上がり大量のハエがたかっている。

      ハザリバーグの牛革加工工場の様子①
   ~ハザリバーグの牛革加工工場の入り口に積み上がる“新鮮な”牛革の山 ~

 ハザリバーグの工場では、生の牛革が洗浄され、化学薬品に浸されてなめされた後、乾燥され、塗装され、そしてコーティングをされて最終製品になる一連の工程を、“気軽に”見学することが出来る。異臭に耐えることさえ出来れば、の話だが。
 
     ハザリバーグの牛革加工工場の様子③
  ~牛革の乾燥工程。無数の牛革がカーテンのように天井から吊るされている様子は圧巻だ。~

 一連の工程は巨大な体育館のような工場の中で行われていることもあれば、「青空工場」として、工程一つ一つが屋外でなされている場合もある。一つ一つの設備は巨大且つ高価なため、複数の会社が合同で使用している例が多いようだ。ふと、突然工場が静寂に包まれる。先程までせわしなく回転していた巨大な「牛革洗濯機」もその動きを止めている。休眠状態の機械を前に、工場管理者の男性が肩をすくめる。「電気は全く当てにならない。ジェネレーターが動き出すまで休憩だ…」ここでも、電力不足は生産性に大きな影を落としているようだ。

 しかし、電力や生産性よりも気になるのが、ここで働く人々の健康への影響だ。洗浄した牛革を鮮やかな色の化学薬品に浸してはひっくり返し、次の工程へと手渡しする労働者たち。よく見ると彼らは全くの“丸腰”ではないか!そう、マスクもゴーグルも、そして手袋すらしていない。その柔らかい素手を、毒々しい化学薬品の海に浸しては、牛革をせわしなく取り出している。彼らの手は、目は、そして肺はどうなってしまうのだろう?ここには環境や健康、安全という概念は存在すらしないのだろうか…

    ハザリバーグの牛革加工工場の様子②
 ~ 化学薬品のプールに素手を浸す女性労働者。彼女の体を保護するのは薄いサリーとビニルのエプロンだけだ…~

 現在ハザリバーグでは約20万人が労働者として働いている。多くの労働者はマンガンや硫黄、クロム等の有毒物質に長期間、直接、自らの体を暴露させているため、医者にかかっても手の施しようのない皮膚病やアレルギー、呼吸疾患を患う。劣悪な環境を前に、従業員の健康管理に一義的な責任を負うべき工場主の多くは、必要最低限の時間しか工場によりつかないという。一方で、日々の糧を得る必要に迫られている労働者に、逃げ場はない。

 National Graphicsが主催する2011年のPhoto Contestの人(Pepole)部門の最優秀作品には、ハザリバーグの想像を絶する環境の中で働く一人の男性の姿が衝撃的に映し出されている。写真に付されたキャプションは、ハザリバーグの現状を端的に表している。

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 A leather tanning worker is jumping out from a chemical processing tank after cleaning it at Hazaribagh. Hazaribagh district is a very popular place in Dhaka for its leather processing factories (many of them operating in open air) and it is one of the most polluted areas in the megacity. The sewage and pollutants derived from the process are dumped directly into the river Buriganga.
(ハザリバーグにて、化学加工タンクを洗浄後、別なタンクに飛び移ろうとする一人の牛革加工労働者。
 ハザリバーグは牛革加工工場で良く知られるダッカの一地域。多くの工場は屋外で操業をしている。そこはメガ・シティで最も汚染された地域でもある。牛革加工プロセスで発生する汚水や汚染部室は直接ブリコンガ河へと流れ込む…)
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 ダッカ大学の友人の通訳の下、ハザリバーグで40年近く牛革加工工場を経営している初老の男性に話を伺ったところ、バングラデシュには環境汚染を規制するための法律はあるものの、政府にそれを執行する力が無いというバイヤーからの価格抑制圧力にさらされながら、利益最大化を目指す工場経営者達にとって、実効力を伴わないルールを守るインセンティブはゼロだ。

 バングラデシュ政府は最近「ハザリバーグの環境汚染はダッカ市全体に極めて危険な影響を及ぼすレベルに達している」と結論付け、ハザリバーグの牛革加工工場をダッカ北部の工業地帯サバールへと移転する計画を発表した。強制移転の対象となる工場主には、政府から対象となる土地は払い下げられるものの、設備の移転や工場新設の費用補助は一切でない。「これでは工場を移転したくても移すことは出来ない…」と経営者はつぶやく。

 工場で働く中堅の管理員イブラヒムさんの率直な発言は、ハザリバーグの工場経営者の本音を端的に表していると言えそうだ。
工場移転計画?ハハ、その手の話は、僕がガキの頃から何度も聞かされてきたさ。できっこないじゃないか。僕らはここで生産を続けるよ。
 
 “社会科見学”にやってきた日本人と、陽気な工場主との間の会話が空しく工場の騒音にかき消されていく…
 そんな中、労働者は黙々と化学物質にまみれた手で牛革と格闘している。目の前のどぶ川をユルユルと流れるエメラルド・グリーンの液体は、ブリコンガ河へとつながる、その不吉な流れを止めることは無い。そして河の下流で取れた魚は、僕も含めたダッカ市民の口に今日も運ばれている…

 バングラデシュは牛革と引き換えにどれ程を失うのだろうか?
 水俣病、イタイイタイ病等の公害病を通じて高い代償を払ってきた日本は、あるいは先進国に出来ることは何だろうか。問題は途方も無く複雑で大きく、そして遠いように見える。でも、ひょっとしたら解決の糸口はすぐそこにあるかもしれない。例えば、今自分の目の前にあるモノたちが、一体どこからどのようにやってきたのか、それに思いを馳せることが、ひょっとしたら先進国の消費者として巨大なパワーを持つ僕たちの行動を変え、それが回りまわって、この小さな世界のアチコチにあるハザリバーグを変える一歩になるかもしれない
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バングラデシュの経済・産業が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2012/01/16 00:33
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