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その女性は如何にして“自己”を見出したのか?(その2)

近所の主婦や女子学生を中心に500人以上を従業員として雇い、バングラデシュ女性にお馴染みの衣装、サロワール・カミュースやテーブルクロス、そして洒落た小物など布製品を製造・販売する工房を経営するナシマさん。

  ナシマさんが受賞した数々のトロフィー
    ~ナシマさんの工房に並ぶ、女性起業家として受賞したトロフィーの数々~

 自ら定めたゴールに向かって試行錯誤を繰り返しながら、前進し続ける彼女だが、10年前は、自らの思いを表現することを恐れ、伝統的な村や家族の慣習の中に自らを閉じ込めながら、妻そして母としての役割を淡々とこなす、典型的なバングラデシュの農村の女性の一人だったのだ。

 しかし、彼女はそんな自分の現状を打開しようと、夫には話さずに、バングラデシュ政府の青年開発局が提供する職業訓練校で6ヶ月間、染色技術を身に着けるコースを受ける決意を固めた。そして、その学校でナシマさんを講師として迎えたのが、今回僕がラッシャヒでお世話になった、元青年海外協力隊員のI坂さんと言う訳だ。

 I坂さんの話では、ナシマさんは当初、「いつもブルカ(イスラムの女性が外出するときにまとう黒い衣服)を身にまとったおとなしい生徒」だったそうだ。そしてある日、講師のI坂さんは、ナシマさんから、「職業訓練校に通っていることが夫に知れてしまった。夫は反対している。もう、私は、ここにこれ以上通うことは出来ない」と言う相談を受けた。

 涙を流しながら自分の窮状を訴える彼女に対して、講師のI坂さんはこんなメッセージを伝えたという。「そもそも、あなたはどうして、ここに通おうと心に決めたの?その思いを旦那さんにしっかり伝ええようとしたことはある?自分の思いを伝えることもしないで、夫の反対を前に泣いているだけなら、もう来なくても良いのです。この学校に通いたいと思っている女性は他に大勢いるのだから。それに、夫に反対されたくらいで泣いていたのでは、これから先、自分の店を持って経営をしていくことなど到底出来ませんよ。」

 厳しいメッセージだ。しかし、ナシマさんは講師であるI坂さんからのメッセージを正面から受け止め、自分が何故、夫に内緒で職業訓練校に通い始めたのか、その想いをポツポツと語り始めたと言う。当時、ナシマさんの家計は、軍の仕事を退職した夫の退職金だけで賄われていた。退職金はある程度まとまった額であるものの、夫が次の職に就く目処はついていない。これから先、自分は受けることが出来なかった高等教育を娘2人に是非とも受けさせたいとの願いは、このままでは実現が覚束ない。娘の教育のためにも、家計収入を夫に頼りきるのではなく、自分もできるだけのことはしたい

 I坂さんに語ったこんな思いを、ナシマは夫に勇気を出して打ち明け、夫からの理解を勝ち取ったのだ。その後も、夫の母親(姑)や、夫の兄の妻など、家族や親戚からの白い目は続いたが、ナシマは6ヶ月の染色コースを無事修了し、学んだスキルを実践に移すべく染物や刺繍の事業を立ち上げたのだ。



 お茶とお菓子を運んでく来てくれた旦那さんに、当時を振り返っての思いを尋ねてみたところ、バングラデシュの田舎で、女性が勉強や仕事のために外出することについて、男性としての思いを率直に語ってくれた。 

  ともに昔を振り返るナシマさんと旦那さん
      ~ともに歩んできた10年を振り返るナシマさんと旦那さん~

 「自分に黙って職業訓練校に通っていると知った時には正直良い気分はしませんでした。妻が毎日外出するのを親戚や近所の人々に知られれば、夫である自分の稼ぎが十分でないから、妻がどこかで仕事をしているのだろう、と思われるに違いないと感じたからです。また、家事や育児に加えて学校にも通い仕事もすれば妻の体に過度な負担がかかる。女性一人でリキシャに乗って出かければ、危ない目にあうかもしれない。色々心配でした。」

 「でも、当時自分には職が無かったし、自分の退職金だけでは、娘2人にしっかり教育を受けさせるためのお金の確保は覚束ないだろう、という妻の指摘は確かにその通りだと思ったのです。」

 「その後、彼女の仕事は徐々に起動に乗り、定期的に収入が家に入るようになった。私の母や親戚が妻を見る目もそれをきっかけに大きく変わりましたね。何より、妻が仕事を始めてから2年程たった時でしょうか、退職金を元手に投資していた株の相場が大きく崩れて、私は殆どの資産を失ってしまったのです。彼女が仕事をしていなければ、私たち一家は、今頃線路脇に住んでいたでしょう。」

 家計の唯一の収入源である退職金を株式投資に充ててしまっていたとは、何ともハイ・リスクな話だが、たとえ夫が働いていたとしても、突然の失業、病気、あるいは事故など、彼らのような中間層が貧困層に転落する落とし穴はそこら中にある。何しろ、失業手当や社会保障などのSocial Protection(Safety Net)は殆ど整備されていないのがバングラデシュの現状なのだから。

 そして、株式投資の失敗からさらに3年後、ナシマ一家は、より一層深刻な問題に直面する。なんと次女が脳腫瘍を患い入院してしまったのだ。しかも、ラッシャヒの病院の技術レベルでは手術は不可能で、インドの大病院にまで手術を受けにいかなければ命に関わる、と言う状況。当然ながら入院や手術には高額の費用がかかる。幸い、当時、ナシマさんの仕事が起動に乗りつつあり、また夫も再就職をしたため、手術を次女に受けさせることが出来、彼女は全快した。ナシマが働いていなければ、一家は線路沿い生活を強いられたばかりか、次女は将来の可能性を開花させる前に10代前半で亡くなっていたかもしれない


 このように、ナシマの事業は、自分の家族に、様々なリスクを乗り越えていけるだけの安定した経済基盤と、娘2人に高等教育を受けさせるだけの所得の増加をもたらした。それだけではない。彼女の10年間の挑戦と試行錯誤は、経済的な意義を超えた、彼女の内面に大いなる変化をもたらしたのだ。それは、一言で言えば、彼女の「プライド」と「アイデンティティ」を発見と確立していく物語である

 事業が起動に乗って暫くしてから、ナシマさんはI坂さんに次のように打ち明けたそうだ。

 「娘2人に高等教育を受けさせるために自分も家計を支えたい、というのは、実は夫を説得するために考えた理由であり、私が職業訓練校で通う決心をした本当の理由ではなかったのです。私は見ての通り色黒。夫は「気にするな」と言ってくれていたけれど、多くの人は、「ヤッパリ女性の肌は白いほうが素敵だ」って思うもの。しかも、私の子供は2人とも女の子。男の子を生めない嫁は誰からも評価されない。色も黒くて、男の子を生むことが出来なかった私は、女性としていつも肩身が狭い思いをしてきた。私は、物作りの技術を身につけて、自分の中にあるコンプレックスを解消し、他人から認められたかったのです。」

 夫に叱られるのを覚悟で職業訓練校に通う、と言う彼女の決断は、彼女が自己を見出し、その拠り所となる自信を確立するための大いなる大一歩だったのだ。これがどれだけ大きなブレーク・スルーなのかを理解するは、バングラデシュの農村部における女性を取り巻く様々な頚木の存在を認識しなければならない。

 職業訓練校で講師を務めていたI坂さんの話では、生徒である女性たちは、しばしば、「あなたは何がしたいの?」「あたなは、どう考えるの?」との質問を前に、答えに窮してしまうという。何故なら、結婚する前は、両親の意思が自分の意思、結婚してからは夫の意思が自分の意思、ということで、生まれてこのかた、「あなたの考えは?」と問われたことが無いばかりか、それを考えることすら、抑制される環境に生きてきた女性が殆どだからだ。こうした状況が端的に現れるのが結婚だろう。バングラデシュの農村部の女性は、若い人では14歳から、概ね16~18歳程度で結婚をし家庭に入るが、その際、彼女らの意思が確認されることは殆ど無いと言う。ある時父親から、「おい、来週は結婚式だぞ」と告げられる。誰の結婚式かと思えば、自分の結婚式!ということでびっくり。では、「相手は誰?」と言う当然の疑問の答えは、結婚式当日になって初めて明らかになるのだ。ちなみに、男性側は一般的なお見合い同様、候補となる女性の写真や家柄について事前に親から情報をもらい、気に入った人をお嫁さんにする(女性本人の同意はなし)という。

 ちなみに、青年海外協力隊の機関紙にバングラデシュ人へのインタビューを元に「バングラデシュ人の恋愛観・結婚観」をまとめた興味深い特集が掲載されていたが、その中の「結婚相手に求めるものは?」とのアンケート結果は、上記結婚を巡る現実を端的に示している。
 
 男性陣の回答は、一位「性格」、二位「容姿」、三位「宗教」とまぁ頷ける結果が並んでいるが、女性側の回答を見ると「なし(両親に従う)」が一位となっている!!結婚と言う人生の一大事においてすらこの調子なのだから、他の事柄について、女性の意思が尊重されるどころか、意思を確認されることすら皆無である、という説明は決して誇張ではないだろう。ナシマが職業訓練校に通う、と自ら決断し、その意思を夫に伝え、姑や小姑の白い目にもめげずに半年間のコースを修了した、という事が、どれだけ大きな意味を持つかは、こうしたバングラデシュの農村部の社会状況を踏まえなければ、決して理解は出来ないのだ。(続く)
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バングラデシュ人と日本人の協働が織り成す物語 | コメント:(2) | トラックバック:(0) | 2011/10/22 02:30
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