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子供たちが戻ってきた小さな教室は、どのように創られたのだろうか?(その3)

 バングラデシュ政府(初等大衆教育省)、教育サービスを長年手がけてきた多数の草の根NGO、母親をはじめとするコミュニティのメンバーの三者が、世界銀行の資金と知恵を背景に連携し、貧しさ故に初等教育からドロップ・アウトせざるを得なかった子供たちにAnanda SchoolというSecond Chanceを提供するROSC(Reaching Out-of-School)プロジェクト(Anandaはベンガル語で喜びの意味)。

ダッカの北100キロのMymensingh県Trishal郡のAnanda Schoolを訪れるに当たり、僕の頭には、「どうしてAnanda Schoolの運営主体であるCMC(Center Management Committee)に、母親たちを巻き込むことができたのか」、という疑問が強く頭にこびりついていた。なぜなら、「教育は子供の将来にとって決定的に重要であり、我が子を思う母であれば、学校の運営に携わるのは当たり前」、という発想が通用するならば、そもそも、その子供は小学校からdrop-outしていないはずだからだ。子供たちは、他ならぬ親の判断で、学校に通うよりも、仕事の手伝いや幼い弟妹の子守をし家計を助けている。ROSC-Projectが、75%以上の出席率を保つ子供を対象に、一定の教育手当てを提供しているのも、子供たちをAnanda Schoolに通わせる上で発生する機会費用を抑えるためであることは既に触れたが、同じ機会費用は、本来であれば家事・育児にあてる時間を、Ananda Schoolの運営に充てなければならない母親たちにも当然発生する。しかし、CMCのメンバーとなる母親には、お金は支給されない。これではCMCのなり手はいないのではないか?いても、すぐ止めてしまうのではないか?

 フィールド・ビジットの一週間前に、プロジェクトのブリーフィングをしてくれた、初等大衆教育省のAtaulプロジェクト・マネージャーにこの疑問をぶつけてみたが、返ってきた答えは「いや、それは母親たちには社会的な責任感があるから大丈夫なのです」というもの。

 しかし、極貧状態にある農村の家庭に、社会的責任を期待するのは酷なのではないか、実態としては、母親たちはあまり、CNCの運営に関わることが出来ていないのではないか…僕の邪推が晴れることはなかった。



 そんな疑問を胸に、僕は、Trishal郡のAnanda School横で、一人の母親と向き合っていた。彼女の名前はロシュンアラ。今年5年生になる息子が5年前にAnanda Schoolに通いだした頃からCMCのメンバーとしてAnanda Schoolの運営に積極的に関わっているという。彼女に、何故CMCのメンバーとなったのか単刀直入に尋ねてみた。

     Anada Schoolの運営に携わる母親との対話
 (Ananda Schoolの運営に携わる母親、ロシュンアラさん(写真左、オレンジ色のサリーのを着た女性))

 「CMCのメンバーはAnanda Schoolで学ぶ子供の母親(25人~35人)のうち5人が、投票で選ばれるのですが、私は他の母親たちから推薦をされました。私はもともとBRAC(マイクロファイナンスや各種社会サービスを農村で展開するバングラデシュ最大のNGO)」の健康管理員の仕事をしており、この村の家々を訪問して回っていましたので、多くの人に知られていたからでしょう。正直、上手く出来るかはわかりませんでしたが、大勢の子供たちが通う学校の運営に携わるのは、一つの社会的な責任だと思いました。」

 なんと、母親本人の口から、社会的責任、という言葉が語られた!思わず僕はさらにこう問いかけた。

 「仕事や家事、幼い子供の世話もあって、大変でしょう。学校の運営に時間を割くのは負担ではありませんか?お金ももらえないのでしょう?旦那さんは、あなたがCMCの仕事をしていることについて、どのように考えているのですか?」

 不躾な質問に、ロシュンアラさんは笑顔で答えてくれた。
 「名誉なことですから、夫も誇りに思ってくれています。それに、私の家は、すぐそこなのです。なので、時間のある時に、他の母親や先生と集まって話をしたりするのに、それ程の負担は感じません。」

 バングラデシュのCommunityの力を見た気がした。手の届かない政府のサービス、気まぐれな気候、そして貧困、厳しい現状にあってなお、母たちは、自分よりも大きなもののために、時間を投じている。同行してくれていた世銀の現地コンサルタント、ムシャラフさんが、帰り際にこんな事をつぶやいた。

 「恐らく、このプロジェクトの最大の成果の一つは、コミュニティの人々がCMCの運営に関わることで、教育サービスの「Receipient」から、「buyer」へと自己変革を遂げたことなのだろう。」

 確かに、Ananda Schoolが出来る以前、子供たちや親たちにとって、学校の先生、教科書、施設といった教育サービスは、既にそこにあるものであり、彼らは与えられたサービスを選択の余地無く受け取るRecipientであったと言える。そうしたサービスに不満や不備があれば、彼らが取る選択肢は、改善のために主体的に動くのではなく、単にサービスをReceiveするのを止める、つまり、学校に行かない(行かせない)という事だったのだろう。
 
 しかし今は違う。彼ら自身が、政府を経由して支給される補助金を使って、子供たちのために教科書や制服を買い揃え、先生を選ぶ。不満や問題点があれば、自ら考え、対話を通じて解決策を探っていく。それに必要なリソースは自らの手元にある。今や母親たちはAnanda Schoolの所有者として、厳しい目で教育リソースを吟味して購入していくbuyerであり、Ownershipを持って学校を運営していく主人公なのだ。そう、Ananda Schoolは彼らのものだ

 Ananda Schoolの建物は、トタンと板だけの実に質素な「掘っ立て小屋」だが、中には、色々な絵や飾りが飾られ、子供たちがAnanda(喜び)とともに、学ぶ空間が出来ているが、これらの多くは、母親や子供たちが作ったものだと言う。二ヵ月後に小学校修了試験を控える子供たちは、先生の後を追って、真剣なまなざしでベンガル語の朗読をしている。

 授業終了後、折角だから、と教室にお邪魔した僕を好奇心に満ちた大きな瞳が見つめる。「将来の夢は?」と尋ねると、女の子は口々に「先生になりたい!」。若い女性の先生は女の子たちにとって憧れの的なのだろうか。では男子はどうだろう?「お医者になりたい。」「僕はUnion Parishadのメンバー!(政治家)」。皆、夢はでっかい。Ananda Schoolは、でっかい彼らの夢を、手が届くかもしれない具体的な目標へと変えていくのだ。小学校からdrop-outしたままでは蕾のまま開くことの無かった、彼らの夢や可能性を育てていくのだ。

    Ananda Schoolの生徒たちと
 (Ananda Schoolの25人の生徒たちと。皆小学5年生。11月末に小学校修了試験に挑戦する)



 ROSC Projectは、現在世銀と政府との間で、規模を拡大したセカンド・フェーズに入るべく、検討が進められている。美談は多いが難題も多い。草の根NGOと微妙な距離感を保つ必要性は既に触れたが、教員の研修をより充実したものにするにはどうすればよいか、教育手当ての不正受給を根絶するために昨年から導入した、生徒一人ひとりに名前と顔写真入りのIDを発行する措置を、より広い範囲で導入するために必要なcapacityをどうするのか、試行錯誤は続く。

 しかし、このプロジェクトの運営主体が、地域のこと、子供たちのことを一番良く知っている、コミュニティの構成員で成り立つCMCであるという、ROSCプロジェクトのコアはこれからも変わらないだろう。世界銀行やバングラデシュ政府には、コミュニティに根付く社会的責任意識を、形あるものに変え、持続させていくための効果的な制度作りが求められる。何がworkし、何がworkしないのか、これまでの経験を虚心坦懐に振り返り明日へと活かす改革マインドが、プロジェクトに関わるあらゆるステークホルダーに求められる。

 日も暮れかけたダッカへの岐路、幹線道路の凸凹道を揺られながら、プロジェクト・マネージャーのAtaul Haque氏が静かに、しかし強い目線で語ってくれたことを僕は思い出していた。

 「何のために働いているのか。それが重要だ。それを忘れなければ、困難は乗り越えていける。私はこのプロジェクトにマネージャーとして関わっていることを誇りに思う。」

 「プロジェクトに関わることへの誇り」…そういえば、粗末なサリーに身を包んだ母親もそんなことを言っていたな。とても強くて、素敵な目をしながら。 (ROSC-シリーズ;終わり)


      Ananda Schoolの先生たちと
     (Mymensingh県Trishal郡のAnanda Schoolの教壇に立つ女性教員たちと) 
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バングラデシュと世銀の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2011/10/13 17:21
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