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サバールの悲劇 ~人災は何故繰り返されるのか?~(その2)

 1,127人もの死者と多数の負傷者を出したサバールの悲劇から1ヵ月半。国内外で議論を沸騰させているこの事件は、バングラデシュにとって最大の雇用と外貨と源泉である縫製業のイメージを決定的に悪化させ、バングラデシュの経済・社会を揺るがしている。事件発生以来、最大の縫製工場集積地であるAshulia(アシュリア)を中心に、倒壊したビルRana Plazaのオーナーや縫製工場の経営陣への厳罰と、労働条件の改善を求める労働者らによる、工場の打ちこわしや幹線道路の占拠等が続いており、多くの工場が操業中止に追い込まれている。   

   SAVAR TARAGEDY-1  
~史上最悪の産業事故となったダッカ郊外サバールで倒壊したRana Plazaビルの現場(写真出展:Demotix by Reham Asad)。

  ■ 4月24日に発生した事件の事実関係に関する詳細等については、下記記事をご覧下さい。
  「サバールの悲劇 ~人災は何故繰り返されるのか?(その1)」

 議論が百出し、混乱が深まる一方で、バングラデシュ政府、及び業界団体であるBangladesh Garment/Knitware Manufacturers and Exporters Association(BGMEA, BKMEA)は、矢継ぎ早に再発防止策を打ち出している。まず、労使と政府代表で構成される「最低賃金委員会(Minimum Wage Board)」が2010年に月収2,400タカから3,000タカ(約3,000円)に引き上げた最低賃金を上方修正する方向で議論を開始した。また、政府は、従業員100名以下の縫製工場については適用除外となっていた労働組合結成権や、火災予防や建物の安全確保に向けた雇用者側の義務の具体化を図る労働法(Bangladesh Labor Act 2006)の改正案を閣議決定、本法案は6月からスタートした今国会に提出される見込みだ。

(注)バングラデシュの現行労働法では、組合結成権や団体交渉権は全ての労働者に認められているものの、183条3項でこれを適用除外とする産業が個別に列挙されています。これには、従業員100名以下の縫製工場だけでなく、皮革産業、ジュート産業など、労働集約的なバングラデシュの基幹産業が多く含まれるほか、政府の判断で、組合結成を認めない産業をいつでも新規に追加できることになっています。

 これに加え、南北ダッカ市及びその周辺地域の建築許可付与と建築基準(Building Code)の執行権限を持つRAJUK(Rajdhani Unnayan Katripakka:首都開発公社)は、バングラデシュ工科大学(BUET)、及び業界団体の協力を得ながら、5月末までに110の縫製工場に検査に入り、建物に欠陥の見られる18の工場に閉鎖を命じた5月26日付 Financial Express)。この検査の一環として、業界団体は、加盟業者に対し、5月末日までに工場の設計図・構造図の提出を求め、未提出業者に対しては、輸出に当たっての原産地証明やミシン等の輸入に必要な証明書の発行停止に踏み切る構えだ(6月2日付 Financial Express)。さらに、6月1日には、関係中央省庁による全国2,500の縫製工場に対する直接の検査の皮切りとして、ジュート・縫製業担当大臣(Textiles and Jute Minister)自らダッカ市内のBanani地区、Gulshan-1地区にある4つの縫製工場を訪問、4社とも安全基準を満たしていないとして、是正勧告措置を発出した(6月2日付 Financial Express)。

 なんといっても、縫製業はバングラデシュ経済の生命線だ。
 
 対欧米を中心とする輸出額は目下年間約200億ドル(約2兆円)とバングラデシュの全輸出額の78%に達する。GDPへの寄与度は16%、首都ダッカや南東部の港湾都市チッタゴンを中心に展開する約5,500の工場において360万人の雇用を生み出しており、その8割は女性だ。縫製業は、ムスリムが多数を占める国にあって、女性の社会進出と経済的な独立を後押しする大いなる力にもなっている。たとえば、女性への進学率向上などの社会指標改善の背景にも、縫製業の躍進があるのだ。マッキンゼーは、2020年までに、バングラデシュの縫製業は600万人の直接雇用を生み、その売上げ規模は3倍に増加するとの試算を出している(出展: Mckinsey& Company「Bangladesh's ready-made garments landscape: The challenge of growth」)。2020年までの中所得国入りを目指すバングラデシュにとって、縫製業は国の将来の鍵を握る、かけがえのない産業なのだ。政府や業界団体が次々と対応策を打ち出すのは、こうした縫製業の重要性が背景にあるといえるだろう。 
 
 LIFE LINE RMG INDUSTRY
 ~バングラデシュの経済に占める縫製業の圧倒的プレゼンスを示すデータ集。一方で、2000年~2013年までの間に1,500人もの労働者が火災やビルの倒壊事故の犠牲となっている(出展:6月3日付け Daily Star紙)

 にもかかわらず、バングラデシュ政府を中心とした一連の対策が、悲劇の再発を防ぐに十分で、且つ持続的なものなのか、問われると、疑問を持たざるを得ない。前回の記事で述べたとおり、バングラデシュには「法律」や「基準」は既にそれなり整っているところ、繰り返される悲劇の背景には、政府による建築基準や火災予防に関する規制の執行力の弱さがあり、それは一朝一夕に改善する性質のものではないからだ。

 たとえば、首都圏の建築基準の遵守状況をモニターするRAJUK(首都開発公社)の職員数は約1,200人程度だが、その主たる業務は、都市計画の策定やそれに基づく・ニュータウンや立体交差の建築の推進であり、職員の大半はそちらの「メインストリーム」の仕事に従事している。その結果、既に出来上がった建物の建築基準をチェックする「地味な」仕事を担当する検査官の数は、4つに分けた首都圏の管区それぞれで、管理職を含めわずか18人(つまり合計72人!)出展:RAJUK Webisite)。建設ラッシュに沸く人口1,500万人のメガ・シティ、ダッカに存在する無数の建物を、わずか72人で対応しようというのだから、「建築基準法」や「労働法」が改正されたところで、それが「絵に描いた餅」であるのは明らかだ。

 そもそも、RAJUKはその名(首都開発公社)が表すとおり、都市化を推進する特殊法人だ。しかし、建設許可書の発行や、建築基準の遵守状況の確認は、その性質上、いわば、都市化の暴走を止める性質を帯びる。つまり、都市化の推進というアジェンダにおいて、アクセルとブレーキの機能を両方有しているRAJUKの機構の有り様は、利益相反に他ならない。バングラデシュ政府の高官は、二言目には「RAJUKは予算が足りない、人員が足りない」と主張するが、このような組織では、仮に予算や人員が充当されたとしても、ブレーキの強化に使われるかは甚だ疑問だ。
 
 これに加え、関連省庁・特殊法人・自治体間の権限の錯綜・重複の問題がある。たとえば、首都圏の建築基準や労働基準の遵守状況のモニタリングの一部は、南北ダッカ市も担っている。また、関連の法律や規制を策定する労働省やジュート・縫製業担当省、防災管理省などの中央省庁も複数存在し、どの役所がどんな権限で、どこまでの責任を負うのか、はっきりしない。上記のとおり、RAJUKが業界団体と手を組んで検査を実施する一方で、中央省庁側も有識者を招いた「検査パネル」を立ち上げ、大臣自ら陣頭指揮を執って検査を実施するなど、既に重複が発生している。これでは、対応する業者側の負担が増える一方で、悪質業者に対する工場の営業停止や危険なビルの取り壊しも含む検査後のフォローアップはいったい誰がやるのか、責任と権限の所在が不明確であるため、検査の実効性には疑問符がつかざるを得ない。

  SAVAR TARAGEDY-2
 ~ サバールの縫製工場で働く女性たち。バングラデシュの経済・社会の生命線である縫製業の担い手であり、日本を含む海外に安価で質の高い洋服を提供している彼女たちが、安心して働けるような環境を作るにはどうしたらよいだろうか?(写真出展:Reuters/Andrew Biraj)

 悲惨な事件が起こった今は、内外のメディアや欧米のバイヤー、そして市民社会が、バングラデシュの工場の杜撰な管理実態に対して厳しい目を注いでいるから、政府も業界も必死になって検査や法改正に取り組んでいる。でも、複数の組織間で縦横にこんがらがった権限、ミッションのはっきりしない監督庁、少ない予算と人員といった問題が改善しなければ、目下の取組みはすぐに息切れしてしまうだろう。そして、嵐が過ぎれば、もとの木阿弥。行政も、業界団体も、バングラデシュのサプライヤーも、国外のバイヤーも、今までどおり、納期、価格、輸出額、GDPといった目の前の数字に振り回されて、従業員の安全確保は後回しにされていく。こうしたことが続いてきたから、この国では「過去最悪の事故」における死傷者の数字が、数年おきに更新されてきたのだ。

 SAVAR TARAGEDY-3
 ~ Rana Plaza倒壊事故で奇跡的に一命を取り留めたものの、右手を失った女性。彼女はこれからの人生、どのように生きていくのだろうか?彼女の声が、市場取引や民主主義の政策決定過程に反映されることはあるのだろうか?(写真出展:5月2日付 NewYork Times紙)~
 
 「サバールの悲劇」の本質的な原因が、関連規制を執行する行政の足腰の弱さにあるのは確かだ。だが、悩ましいのは、これを持続的に改善するには息の長い取り組みが必要であり、また、それを持続させるためのインセンティブが、今の世の中の仕組みを前提にすると、たいそう沸きづらいということだ。

 たとえば、劣悪な労働環境とそれに伴い発生する事故の割を食うことになる個々の労働者の声は小さく、資金力もなく、組織化されておらず、したがって、現状の民主主義の仕組みの中で、彼らの利害が継続的に政策形成プロセスにインプットされることは少ない。この点、上記Rajuk(都市開発公社)の“利益相反”に照らして考えると、行け行けドンドンで都市開発を進めるためのVoiceは、建設業者、不動産屋、富裕層、外国人投資家など、パワフルな面々からいくらでも上がってくるだろうが、安全検査を粛々と進めるために政府に対して予算や人員を継続的に要求する声はいったいどこから上がってくるだろうか?また、事故や事件がもたらすコストは「万が一」であるがゆえに、日々の経済取引が突きつける「納期」「価格」「給与」「売り上げ」「経費」、あるいはその集合体であるところの「輸出額」、「外貨準備」、「GDP」という具体的な数字の前には力を失ってしまうのではないか。

 では、「サバールの悲劇」のような人災をこれ以上繰り返さないようにするには、いったい、どうしたらよいのか?次回は、このの難題への答えを見出すべく立ち上がった、バングラデシュの縫製業にかかわる、政府、(海外の)バイヤー、(バングラデシュの)サプライヤー、業界団体、労働者、ILO(国際労働機関)等の国際機関といった様々な利害関係者(ステークホルダー)間における“新たな社会契約”について紹介していきたい。(続く) 
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バングラデシュの経済・産業が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/06/05 01:51
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