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破壊されたコミュニティの再生に向けて、自分は何が出来るだろうか?(その6)

 戦犯裁判に激昂した過激派によって破壊されたノアカリ県のヒンドゥー教徒のコミュニティ、竜巻の被害で大勢の人々が家族や資産を失ったブラモンバリア県の村に、バングラデシュ国内外の友人や先輩方から個人的に預かった総額160万5,550円相当の志を直接届け始めてから3ヶ月が経った。 
  ■ それぞれのコミュニティへの個人的支援に至った経緯と、これまでの活動内容については、下記記事をご覧下さい。

   『破壊されたコミュニティの再生に向けて、自分は何が出来るだろうか?(その1)
   『破壊されたコミュニティの再生に向けて、自分は何が出来るだろうか?(その4)


 この間、頻発する暴動と悪化する治安、そして5月上旬に入った2週間の海外出張の合間を縫って、ノアカリの集落には3月23日、4月12日、5月18日の計3日、ブラモンバリアの村には3月29日、4月26日・27日、5月17日の計4日、それぞれ支援に入った。大切な家族、長年かけてつくりあげてきた生活の基盤、そして平穏な日々を失い、困窮と悲しみの下にある人々のもとへと繰り返し向かう力を、僕に貸しくれた皆さんに、改めて感謝を伝えたい。以下では、皆さんの志がもたらした確かな変化と、村の人々や現地のパートナーと向き合う中で得た学びについて、共有したいと思う。
 
  Bangadesh Map_N_B
 ~ 2月28日に過激派の襲撃を受けたノアカリ県のアランディノゴル村にあるヒンドゥー・コミュニティへはローカル・バスでダッカから6,7時間、3月22日に竜巻に襲われたブラモンバリア県のジャイルリトラ村へはダッカから汽車、あるいはローカル・バスで4時間程度を要する ~

1. ノアカリ県ラジゴンジ・ユニオン、アランディノゴル村にて
 
 長距離バスやオートリキシャの往来が激しいラジゴンジ中心街を折れて、青々とした田園を横切る村道をオートリキシャで10分ほど進むと、右手に見慣れたドカン(雑貨屋)と小さな橋が見えてくる。橋を渡るとすぐ右手に見える掘っ立て小屋は破壊されたヒンドゥー寺院、左手には警官隊が24時間体制で待機しているテントが張られている。

  Noakhali 2-6

 今年3月以降、ヒンドゥー教徒などマイノリティへの攻撃が全国各地で多発している中、バングラデシュ政府は食料などの緊急支援物資の被害者への提供に加え、村人や寺院などがこれ以上攻撃されないよう警官隊を常駐させているのだ。

 このコミュニティを初めて訪れた3月上旬には、徹底的に破壊された家々や寺院の跡が痛々しく、集落は焼け焦げた匂いで満ちていた。あれから2ヶ月半。今や集落の全ての家庭が、政府が配給したトタンでつくられた小屋で風雨をしのげている。しかし、小屋の中にはまだ殆どモノはない。

  Noakhali 2-7

 この集落の大学生に対して、焼かれてしまった教科書やノートを買うお金として5,000タカ(約5,000円)ずつを手渡してたことは、以前の記事で触れた。4月中旬に彼らと再会したとき、新品の分厚い教科書を見せてくれたビカッシュ君は、「家の修理も大体目処がついたので、今は学校に通えています」と笑顔で語ってくれた。「バングラデシュの未来をつくるのは、君たち大学生だからね」と声をかけながら交わした握手の力強さは、僕の手にしっかりと残っている。
 
  Noakhali2-5

 この集落を訪問する都度、手渡した1万タカなり2万タカがどのように使われたのか、各家庭を回って確認してきた。よく耳にするのは、ドアや柱といった家の資材、ベットや椅子などの家具、あるいは医薬品の購入に当てたというはなし。コミュニティの人々は酷い人災に見舞われたが、不幸中の幸いだったのは、けが人や死者が出なかったこと。つまり、住環境さえ整えば、それぞれの学校や職場に復帰でき、自らの力で何とか生き抜いていくことはできるだろう。

 問題は、彼らの日当や給与レベルでは、家族の「衣」と「食」を賄うだけで精一杯であるため、まとまった家財道具を取り揃える余裕が生まれないことだ。何しろ、親の代から受け継いできた資産の全てを失った人が殆どなのだから。こうした状況を少しでも変えるために、現地のパートナーであるNGO、Ghandhi Asram Trustのスタッフの皆さんの力も借りて、被害を受けたコミュニティの40家族に対して提供したのが「Happy Box」と名づけたダンボール箱だ。

  Noakhali2-3

 「Happy Box」には、5人家族向けのグラス、お皿、トイレを流すための桶、洗濯やシャワーに使う大き目のバケツ、水がめ、お米を蒸すための釜、カレーを調理する際に使う調理用スプーン、そして蚊帳といった、バングラデシュの一般家庭には必ず備わっている生活必需品が詰っている。NGOのスタッフが卸売業者から大量に仕入れ、各家庭ごとにパケットにして段ボール箱に詰めてくれたのだ。4月中旬に村を訪問した折には、「Happy Box」を荷台に山積みにしたトラックで乗り込み、各家庭に直接届けて回った。ちなみに、一箱分に要した金額は4,280タカだ。

  Noakhali2-4

 また、今後雨季が本格化するなかで集落の衛生環境の悪化が懸念されるところ、コミュニティの公衆衛生を改善するために、各家庭に一つ新品のトイレを設置するとともに、5月半ばに訪問した際には、石鹸を200個買い込んで集落に持ち込み、各家庭に配布した。トイレの整備にはまとまった資金が必要なため後回しにされがちだが、現状のような“垂れ流し”の状況が続けば、病気の蔓延につながりかねない。また資金に余裕のある一部の家だけが据え付けたとしても、狭い土地に100人以上が住んでいるコミュニティの衛生環境は改善しない。そして、病はせっかく軌道に乗った復興に水を差す。  

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 ~ ぼろ布で覆われているだけのトイレ。タンクと便器とをつなぐパイプも破壊されてしまったため、汚物は周囲に垂れ流されている状態だった ~

 というわけで、皆さんからお預かりしたお金を用いて、現地の業者と契約、現地で日々活動しているGandhi Asraf Trustのスタッフによるモニタリングのもとで衛生的な簡易トイレ設置を35個設置することにしたというわけだ。設置に要する資金はトイレ一つにつき1万4,800タカ。耐用年数は5年。5月末現在で35個中20件が完成した。

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 ~新設されたトイレ。トタンでしっかりプライバシーが確保されたほか、便器や汚物タンクも新品に取り替えられた~

 トイレとあわせて支援しているのが、破壊された二件のヒンドゥー寺院の修復。村の人々の信仰の拠り所を取り戻せるよう、それぞれの管理者に5万タカを手渡した。ご神体の修復は6月上旬には終了する見込みだ。


 過激派の襲撃を受けたヒンドゥー教徒の集落については、当初、新聞・テレビで大きく取り上げられたが、その後も高まる政情不安やサバールのビル倒壊事件などもあり、今では殆ど光は当たっていない。しかし、少なくともラジゴンジ・ユニオンのアランディのゴール村に関しては、頂いた支援とGhandhi Asram Trustの協力のおかげで、着実に生活の再建が進んでいる。一方で、コミュニティの間で失われた信頼の再構築に関しては、殆ど進んでいない状況だ。
 
 当初、Ghandhi Asram Trustは、ラジゴンジ・ユニオンのムスリム、ヒンドゥー双方の宗教リーダー、学校の先生、被害を受けた家族の代表、その近隣のムスリム集落の代表などを集めて、「マイノリティへの攻撃が二度と起こらないようにするために何が必要か」、「そのために、一人ひとりが出来ることは何か?」といったテーマについて、落ち着いた環境でじっくりと対話をするためのフォーラムを継続的に実施する予定だった。ちなみに、フォーラム実施の場所は、破壊されたヒンドゥー寺院の前にある広場だ。

 しかし、戦犯問題や年末の選挙の実施方法などをめぐり、与野党、さらにはチッタゴンに拠点をおく宗教団体Hefajafti Isam(ヒファジャット・イスラム)による衝突がその頻度とスケールを増していく中今のところ、対話の機会は一度しかもてていない。今のバングラデシュは、宗教や立場の違いを超えて、人々がセンシティブな問題について落ち着いて話し合えるような状況には、残念ながら、ない。一方で、攻撃を受けた集落と、その近隣のムスリム・コミュニティとは徒歩1分くらいしか離れていないこと、地元の人間の協力がなければターゲットを絞った攻撃は出来なかったことを考えれば、継続的な対話の機会が確保されなければ、お互いの関係はギクシャクしたままとなり、被害者側としては、心を落ち着かせて生活をすることは難しいだろう。Ghandhi Asram Trustのディレクター、ナバ・クマール氏は、フォーラムのメンバーへの個別の働きかけを続けながら、国全体の状況も見つつ、フォーラム再開の機会をうかがっている。

 先日、村での活動を終えたあと、実働部隊として二人三脚で支援を提供してくれたアシムさん、そして責任者のナバ・クマール氏に伴われて、ノアカリ県Begumganj Upozila(郡)の北端にあるGandhi Asram Trustの本部を訪問した。1947年、インド・パキスタンの分離独立に伴ってノアカリ県、チャンドプール県の村々で発生したヒンドゥー教徒とムスリム教徒との間の暴力を憂い、この地を訪問して宗教や価値観の違いに対する寛容さ、非暴力の徹底といった理想を説いて回ったマハトマ・ガンジーに感銘を受けたノアカリの人々が、ガンジーの理想を守り、そして広めていくために私財を投げ打って立ち上げたNGOがGandhi Asramであることは、以前にも紹介した。 

  美しい木々に囲まれ、澄んだ池のほとりに佇むGandhi Asramの施設では、マハトマ・ガンジーのトレードマークでもある糸紡ぎ車を回しながらテーブル・クロスなどを編んでいる女性-その多くは未亡人や障がいを持つ女性たち-の姿とともに、ガンジーが人類に残した数々の至言がそこかしこに掲げられている。 

 「Use hands, not for destruction, but for construction」(手を動かそう、破壊のためでなく、建設のために) 
 「Say "No" to violence, Vioence Solves No Problem」(暴力にNo!、暴力は如何なる問題も解決しない)
「Politics without principle/ Worship without Sacrifice/ Commerce without morality,  cause violence」 (暴力をもたらすもの、原理原則なき政治、犠牲心なき信仰、道徳心なき商売・・・)
  

 あまりにも現代のコンテキストに一致したメッセージを前に、思わず足をとめる。今のバングラデシュ、そして世界の状況を、マハトマ・ガンジーは心から憂いていることだろう。
 
 思えば、僕がノアカリに足を運んだのは、言われなき突然の暴力によって多くを失った人々が生活を取り戻す足がかりを提供するためだけでなく、彼らが怒りと悲しみに身を任せて、次なる暴力の担い手とならないよう、僕自身が彼らの痛みに共感し、彼らのことを案じている人々がこの社会には大勢存在することを具体的な支援とともに伝え、そして、多様性への寛容さを共有しおうという想いからだった。

 村では、多くの涙を目にし、悲痛な訴えを聞いた。限りある支援金や石鹸をめぐって口論をする人々の姿も見た。でも、彼らは、確かにとても困ってはいたが、僕よりもずっと強い人たちのように思えた。怒りに身を任せるどころか、起こったことを受け入れ、その上で、家族を守るために手足を動かし、前に進もうとする、そんな人たちに見えた。僕が同じ状況にあったら、果たして同じような強さを持ち続けられるだろうか、そんな問いと向き合わざるを得なかった。そして、そんな自問自答は、 ブラモンバリアの竜巻の被災地でも僕の心に渦巻いていた。(続く)
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/05/28 01:17
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