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バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その5)

 これまで4回にわたり今年2月以降激変したバングラデシュ情勢とその背景について、「票」、「正義」そして「アイデンティティ」をめぐる分断に焦点を当て議論をしてきた。では、今後、事態はどのように展開するのだろうか?収束に向けた展望は開けるのだろうか?そして、状況を打開にするには何が必要だろうか?

 最も妥当な答えは、バングラデシュ人お得意の「インシャー・アラー(全てはアッラーの神の思し召しの通り(成るようになる、といったニュアンス)」なのだろう。バングラデシュのような不確実性満載の国において、状況を先読みするのは正に神をも恐れぬ所業だ。そうと知りつつ、以下、当地でのバングラデシュ人との議論、新聞やテレビなどで見聞きする情勢、そして現地で感じる肌感覚でもって、今後の展開について、精一杯の憶測を書いてみたい。

    悪化するバングラデシュの政情・治安の現状と、その背景にある「票」、「正義」、そして「アイデンティティ」を巡る分断については、以下の記事を参照ください。

  まず、本シリーズの冒頭で書いた、結論めいたことを改めて強調したい。バングラデシュは今、独立以来最大の試練に直面しており、事態は年末の選挙、及びそれを超えて、さらに悪化する可能性が高い。しかし、この国がアフリカや中東、そして南アジアの一部の国々のような全面的な内戦やテロリズムの跋扈という事態に陥ることはない

① なぜ、「独立以来最大の試練」なのか?

 これまで繰り返し書いてきたとおり、頻発する暴動と政情不安の背景には、年末に予定されている選挙に向けたアワミ・リーグとBNP(バングラデシュ民族主義者党)という2大政党間の「票」をめぐる争いだけでなく、「戦犯裁判」というパンドラの箱から飛び出した「正義」「アイデンティティ」という、バングラデシュ社会の深部、バングラデシュ人の心の奥深くに走る亀裂がある。

    後者が厄介なのは、冷静な議論を通じた「落とし所」が、その性質上見出せない問題であるからだけでなく、農村部や地方都市における衝突やヒンドゥー教徒などのマイノリティへの一方的な攻撃という形で、これまでバングラデシュが様々な試練を乗り越えるに当たって発揮した耐久力(Resilience)の源泉である、国民としての一体感や、コミュニティに息づく社会資本を傷つけているためだ。 そして、こうした問題が国全体を覆う規模で表面化したのは、42年前の独立戦争以来、今回が初めてのことだからだ。


② なぜ、「今後、年末の選挙、及びそれを超えてさらに悪化する」のか? 

 今後、バングラデシュの情勢は、6月末から7月中旬までの断食月とそれに続くイード休暇、及び10月上旬の犠牲祭といったムスリムの祭事期間中、一時凪ぐことがあっても、基本的なトーンとしては選挙に向けてさらに悪化していくだろう。バングラデシュ社会に暴力という名の嵐をもたらす最大の要因が、「戦犯裁判」であることは既に繰り返し述べたが、問題は、現在「戦犯」として11名の人物が裁かれている(ジャマティ・イスラム党の幹部9名と、BNPの幹部2名)ところ、刑罰が確定しているのは、パキスタンに亡命しているために欠席裁判で死刑判決が確定した1名のみである、ということだ。従って、今後判決が出るたびに、大規模な暴力や長期間のホルタル(暴力的なデモ)が発生する可能性が高い。そして、戦犯裁判を巡る騒動は少なくとも年末の選挙までは続くだろう。幹部が裁かれているジャマティ・イスラム党やBNPの立場からすれば、ホルタルを連発して裁判の実施を遅らせ、選挙で勝利さえすれば、戦犯裁判自体を「不当・不公正」としてご破算にできるのだから。
  
 ここでさらに問題なのは、年末の選挙は実施されないか、されたとしても、無効・再実施となる可能性が極めて高いことだ。

 1991年の民主化以降、民主的手続きに沿って権力を移行する上で重要な役割を果たしてきた「(現政権与党ではなく)中立的な選挙管理内閣の下で選挙を実施する」という憲法の条項を、現政権与党アワミ・リーグが廃止してしまったことは前回までの記事で触れた。こうした状況では、野党側は決して選挙に参加することはなく、悪くすると、力ずくで選挙の実施を妨害するだろう。仮に何とか選挙が実施できたとしても、野党不在の状況で実施された選挙結果をもって、新政権の正統性を根拠付けることは至極困難であり、野党側は選挙の再実施を求めて、あらゆる手段を講じるだろう。たとえば、「中立的な主体による選挙が再実施されるまでの無期限ホルタル実施」や、従来のホルタルでは“聖域”であった「空港や港湾の閉鎖」といった手段をとることも十分に考えられる。  

   Bangladesh Politics 

    この点、前回の選挙の経験は、今後の見通しを考えるうえで、甚だ不吉な材料を与えるものだ。

 というのは、前回の選挙は2006年末に実施される予定だったところ、「選挙は中立的な選挙管理内閣のもとで実施する」との憲法の条項が生きていたにもかかわらず、結成された選挙管理内閣の顔ぶれが「中立的でない」という理由で、当時野党だったアワミ・リーグが選挙をボイコット。その後に続いた政治騒乱を収めるために軍の介入によって戒厳令がしかれ、ようやく選挙が実施できたのは2年後の2008年末だったのだ

 こうした前回選挙の経験を振り返ってみると、「現在のバングラデシュの政情・社会不安は年末の選挙でもって収束する」という見方は、あまりに楽観的なものであるといわざるを得ない。バングラデシュがホルタル等の政情不安を気にすることなくビジネスや開発プロジェクトに専念できる状況を取り戻すには、選挙後少なくとも半年から1年、あるいはそれ以上の時間がかかるかもしれない。


③ なぜ、それでもなお「全面的な内戦や大規模テロの頻発といった事態には陥らない」と言えるのか?
 
 この問いには、 「経済の力」、「軍の力」そして「コトバの力」という三つに着目して議論したい。

☆ 「経済の力」
 バングラデシュは、多くの日本人がもつ「最貧国」というステレオタイプとは裏腹に、強力な国内地場産業を持つことは既にこのブログを通じて幾度も伝えてきた。輸出の8割を占める縫製業を筆頭に、食品加工・製薬・プラスチック製品といった輸出産業、家具、家電、オートバイ、そしてセメント等の建築資材といった国内向け製造業、さらに金融・物流・不動産・各種小売店といった国内サービス業が繁茂している。

 こうしたバングラデシュの地場産業は、巨大財閥が担っているケースが多く、彼らはその資金力を武器に強い政治力を持っている。また一部の財閥は、与野党の要人の家族・親類などがその経営を担っている。こうした政治力を持つ財閥や経済界は、同時に、頻発するホルタルによって最も大きな経済損失を蒙るグループであり、日常的に海外のバイヤーや投資家とも向き合っていることから、国の状況を比較的客観的に見ることができる立場にある。

 
彼らは既にその政治力を梃子にして、現与党のアワミリーグ、野党第一党のBNPとの間の対話を働きかけている。今のところ、こうした努力は実を結んではいないが、財閥や各種経済団体が二大政党に対してかけるプレッシャーは、事態が制御不可能な破滅的状況へと転げ落ちるのを防ぐブレーキとしての役割を、今後も果たしていくだろう。


☆  「軍の力」:
 
今は表に出てきていないが、今後年末にかけて軍幹部の発言、動きや、軍に関する与野党首脳の発言には特段の注意が必要と思われる。  

 バングラデシュの軍はその高い士気と統率力、プロジェクト実施能力で知られる。例えば、ソマリアやスーダンなどの紛争地域で活躍する国連平和維持軍に、男性兵士約1万人、女性兵士約240名を送り込むなど、世界最大の人的貢献をしている(出展:2012 Ranking of Military and Police Contributions to UN Operations)。また、バングラデシュの軍は、サイクロン等の国内激震災害時にも緊急支援や復興に大きな役割を果たしているほか、独自の公共インフラ建設部隊を擁しており、たとえば、現在、ダッカの空港から市内に伸びるフライ・オーバー(高架路)を急ピッチで建設しているのはバングラデシュ軍のチームだ。歴史を振り返ってみても、前回の選挙時を含め、既存の政党が統治能力を低下させた際に、リリーフ投手のように登板して場を収め、その後に続く民主的な政党政治へとバトンタッチをしてきた。来る選挙についても、混乱が長引けば、前回同様、軍の介入によって事態の収束が図られる可能性もあるだろう。 

             bangladsh military

 もちろん、国によっては軍の介入が独裁政治につながるパターンも稀ではない。バングラデシュも1982年から1991年までの9年間、エルシャド将軍が軍の力を背景に独裁をしいていた。しかし、その後バングラデシュは度重なる政治混乱を経ながらも20年以上にわたり民主的な体制を維持、経済・社会の成長と共に相当数の中間層が育ち、新聞・テレビやソーシャル・メディアなどの公的言論の媒体も分厚い。さらに、独裁に移行すれば、現在国の開発予算の半分近くを占める海外からのODAがストップしかねないことも踏まえると、仮に軍の登板があったとしても、それは混乱を収拾し、次なる民主的な体制に移行するまでの一時的な措置にとどまるのではないだろうか


☆ 「コトバの力」:
 結局のところ、
現在バングラデシュが直面している一連の混乱を生み出しているのは、バングラデシュの人々だ。これはつまり、その解決が、バングラデシュ人自身の手に委ねられているということに他ならない。そして、解決のための鍵は、金でも技術力でも外国の介入でもなく、バングラデシュ人同士の継続的な対話以外に無い。この点、バングラデシュ人は、その考え方、宗教観、政治的利害の違いにもかかわらず、ベンガル語という「言葉」を共有している。この事実は、たとえ長期間の混乱を経験したとしても、バングラデシュは内戦やテロリズムの跋扈といった事態には陥らないという予想に、最も大きな根拠を与えるものだと、僕は考えている。

 今のところ、与野党のリーダー同士の対話は実現が実現する兆しはないものの、テレビでは「朝まで生テレビ」のような、政治をテーマとする討論番組が組まれ、ジャーナリストの見事な司会と突っ込みの下で、BNP、アワミ・リーグ、ヒファジャット・イスラム、シャハバグ・ムーブメント、そしてジャマティ・イスラム等、現在の騒乱の当事者の一員や支持者が、口角泡を飛ばしながら激論を交わしている(バングラデシュ人はとにかく議論(おしゃべり)が大好きなのだ)。 さまざまなレベルや機会を捉えたこうした対話の積み重ねが、事態を収束に向かわせる上で、遠回りなようで一番効果的な道であるのは間違えない。

 最後に、日本人ができることについて考えてみたい。

 大前提として、日本は、バングラデシュに対して過去40年、莫大な投資をしている。電力、道路、橋といった基礎インフラをつくってきた円借款(2011年3月時点で累計7,193億円)の原資は日本人の預貯金だし、JICAの技術協力、無償資金協力、そして世銀やアジア開発銀行が実施するプロジェクトの元手の多くは、日本人の税金だ。さらに、青年海外協力隊員として、技術者として、ビジネス・パーソンとして、草の根NGOの職員として、あるいは医師や研究者として、大勢の日本人が、その寿命とパッションをバングラデシュに投じてきた。
 
 つまり、バングラデシュが傾くとは、日本と日本人がこれまで国境を越えて長年にわたって成してきた投資の価値が毀損することを意味し、一方で、バングラデシュが安定的に発展していけば、日本もそれにともない大きな「配当」を期待できるのだ。

 ここで言う「配当」とは、よりいっそう信頼できる能力の高いビジネスのパートナーとして、日本企業のバリュー・チェーンの一翼をバングラデシュの企業やその従業員が担っていくことや、日本人が生み出したモノやサービスを、購買力を増したバングラデシュの人々が各々の生活をより豊かで心地よいものにするために今まで以上に購入するといった経済的な意味だけでなく、気候変動への対応や食料生産性の向上といった21世紀の地球が抱える課題について、共に試行錯誤し解決策を実行していくパートナーシップを結べることかもしれないし、日本が国連や世銀といった多国間交渉の場でよりいっそうの責任を果たしていくうえでの追い風が増えることかもしれない。あるいは、もっと身近に、バングラデシュ人と日本人が、お互い、思い出深い人生を彩り豊かに送っていく上で欠かせない友人として、ともにトルカリを食べながら語りあえたり、歌を歌ったり、スポーツで汗を流せることかもしれない。

 こう考えると、バングラデシュという国、バングラデシュ人に対して、直接の係わり合いを通じて個人的な愛着を感じている日本人にとってはもちろんのこと、バングラデシュと直接の関係が無かった人々にとっても、バングラデシュの失敗は自らの損失だし、バングラデシュの成功は、自分の利益だと言えるのではないだろうか。   
   
 日本とこうした関係にあるバングラデシュが不安定化している局面で大切なことは、「自分は、引き続きバングラデシュと伴にいる」というメッセージを発信し、そして行動で示すことだと思う。

   もちろん、政情不安の局面では大きなイベントの企画や新規投資案件の検討・実施は見合わせざるを得ないかもしれない。自分が手がけてきたイベントや入念に準備してきた出張がホルタルで中止になって、「こんな国で仕事なんかやっていられるか!」と思うこともあるかもしれない(何度もありました・・・)。

 でも、今、目の前で取り組んでいるプロジェクトや仕事を続けるだけでも、例えば現地の雇用維持・創出や問題解決に少なからぬ貢献を出来ているはずだ。あるいは、遠く離れた場所にいても、バングラデシュの状況についてアンテナを張り、思いをめぐらすこと、そしてたとえ小さな機会でも接点があればそれをつかもうという意思持つことで、状況の悪化を食い止める、あるいは状況を改善する力になれることもある。例えば、破壊されたノアカリ県のヒンドゥーのコミュニティや、竜巻の被害を受けたブラモンバリア県の村の生活再建のために、日本の多くの友人たちが僕に預けてくれた志が、現地でもたらしているインパクトは計り知れない。

 人は、自分が困難な状況に陥ったとき、普段「トモダチ」だと称する人たちが、如何なる行動をとるのか、見て、覚えているものだ。物事が順調な時は調子のいいことを言っていて、ちょっと情勢が危うくなったらすぐ引いてしまう人々もいれば、普段は物静かでも、いざという時に、伴にいてくれる人もいる。そのどちらに、どのくらい感謝と信頼の念が沸くか、3.11の巨大津波とその後の原発事故といった危機を経た日本人なら誰でも、自ずと答えは一つであることを知っている。
 
 確かに、現在ベンガルの大地には深い、いくつもの亀裂が走っている。しかし、その断絶にかける橋、つまり「共通の言語」を駆使して、バングラデシュ人はきっと試練を乗り越えるだろう。日本は、日本人は、長年のパートナーとして、そんなバングラデシュの人々と伴にありたい。これから永きに渡り、お互いがより豊かで持続的な「配当」を手にするためにも。(本シリーズ:終わり)

  Eco-Run Bangladesh 3
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バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(3) | トラックバック:(0) | 2013/04/29 01:20
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こんばんは。ダッカ在住14年です。FBのお友達から教えてもらって、池田さんのブログを今日はじめて読みました。詳しさに脱帽です。FB上で紹介させていただきました。事後承諾で申し訳ございません。これからも記事を楽しみにしています。
コメントありがとうございます
アイシャさんへ
 コメント、シェア、有難うございます。ダッカ在住14年の大先輩から激励の言葉を頂き嬉しく思っています。これからもよろしくお願いいたします。
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こちらこそよろしくお願いいたします!縫製工場の記事もこれからシェアさせていただきます。

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