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バングラデシュが教えてくれた大切なこと⑧

 新しく生まれてきた君へ、

     列車の汽笛よりも高く その産声を響かせよう  
            車輪の振動よりも力強く、その手足で大地を振るわせよう   
  
  Kawran Bazar 7   
  
    怖れることはない、君は一人じゃない 
 
    きっと君は、その小さな足で、力強く大地を踏みしめ、矛盾と混乱と可能性に満ちたこの社会を、楽しみながら生きていけるはずだ    


 

    間断なく鳴り響くクラクションが支配する無秩序な交差点を突破したリキシャは、その車体をガタガタと揺らしながら人の海を泳いでいく。額から滴り落ちる汗をぬぐいながらリキシャを降りた僕は、鼻を突くような大量の川魚の生臭さと軒先に吊るされた巨大な牛肉の塊が発する血の臭い、そして人と鶏の叫び声が混ざり合う市場に入っていく。

  ふと、汽笛が聞こえた。

  人々は、魚や野菜を並べた目の前のザルを少しばかり移動させる。ほどなく汽車の巨大な車輪が、ザルの20センチほど前を通り過ぎていく。汽車の屋根で飛び跳ねる命知らずの子供らが、最高の笑顔で手を振ってくる。線路脇には共同住宅が密集するスラムが広がっている。

 ここはダッカの巨大な市場、カウラン・バザール(Kawran Bazar)

 1億5千万人が豊かさを求めて前進を続けるバングラデシュの熱気と矛盾が織り成す原色の風景の中、週末、僕は一杯5タカ(約5円)の茶をすすり、ベンガル語での会話を楽しみつつ、人々の仕事の様子や生活の息遣いを五感の全てで吸収する。そんな時間と空間が、自分の狭い思考や視野に、新しい地平線を齎してくれることに気付く。日々目にする余りに多くの情報に飲まれて、情報に反応する力が鈍くなった僕の右脳と心に、様々な漣を立ててくれることに気付く。

  Kawran Bazar 2

 線路は列車が通るためだけにあるものだと、いつ誰が決めたのだろう。数十分おきに長距離列車が横切るこの空間は、人々の仕事場であり、市場であり、食堂であり、寝床であり、また子供たちの遊び場だ。

 例えば、列車の車窓から、あるいは市場で取引をする人々の手から、次々と線路脇に投げ置かれる様々なものたちを、僕らは「ゴミ」と呼ぶだろう。しかし、創意工夫と好奇心に満ちたカウランバザールの子供たちにとっては、「新しいおもちゃを作る材料」だ。

 子供たちの手にかかれば、かつて商品を梱包していた発泡スチロールと、泥まみれの新聞紙は、バトミントンを楽しむための、手ごろなラケットとボールに早代わり。
  
 空のペットボトルと洗剤容器なんて見つけた日には、たちまち水鉄砲の出来上がり。

 ほこりにまみれた糸くずと、そこらのヤギの胃に入ろうとしている紙切れを見つければ、器用に凧をつくって、高々と空に掲げる。

 
   Kawran Bazar 5
 ~ペットボトル容器とスプレーの頭でつくった水鉄砲を、当たり構わず打ちまくる男の子。後ろで若干いらだっているお母さんの叱り声もどこ吹く風だ~

 いわゆる発展途上国のスラムは、悲しげなバックグランド・ミュージックと、子供たちの泣き声というお決まりのセットで、いわゆる先進国のお茶の間に映し出される。でも、少なくともダッカの多くのスラムは、そんな人工的なシーンからは感じられない、人々の力強さと笑顔と創意工夫に満ちた場所なのだ。 そして、そんな豊かさを、日本はむしろ失いつつあるものではないか。 そして今や課題先進国となった日本を前進をする上で、日本人一人ひとりが取り戻さなければならないものではないか。
 

   Kawran Bazar 6

 翻って今、この国は、「戦犯問題」を契機とする独立以来の最大の困難に直面している。人々が掲げるそれぞれの「正義」の間にある大きなギャップが、暴力と怒りの連鎖を生んでいる。 そして、この困難を、バングラデシュの人々は、自らの力で乗り越えていかなければならない。電力不足やインフレといった、目に見える数字で表せる課題よりももっと困難な、バングラデシュというひとつ国の中で国民を分かつ目に見えない壁を、乗り越え、連帯していかなければならない。

 そして、僕はこの国の人々には、そのための力があると信じている。

 内なる壁を乗り越え連帯していく力の源泉・・・それはベンガル語という共通言語だ。そして、それを使って相手の言葉に耳を傾け、自らの思いを発信する力だ。独立後40数年を経て蘇った戦犯問題という名の亡霊が人々の心を支配するなかで、選挙という起爆剤を控えこんだ2013年という時代において、この国の中に確かに根付いているそんな力を、国民一人ひとりが発揮し、壁を乗り越えていくことを願ってやまない。

  バングラデシュの人々やバングラデシュでの生活が教えてくれた大切なことは、以下にまとめています。

  「バングラデシュが教えてくれたこと⑦ ~母語の日を迎えて~
  「バングラデシュが教えてくれた大切なこと⑥  ~縫製工場での出会い~
  「バングラデシュが教えてくれた大切なこと⑤  ~ハオールの水に浸かりながら~
  「バングラデシュが教えてくれた大切なこと④  ~農村での出会い~
  「バングラデシュが教えてくれた大切なこと③  ~ダッカの道端での出会った体重測定屋~
  「バングラデシュが教えてくれた大切なこと②  ~直視するということ~」
  「バングラデシュが教えてくれた大切なこと①  ~川の流れを見つめながら~
 
 
バングラデシュが教えてくれた大切なコト | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/03/07 16:31

国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その5)

 国を引き裂く狂喜、狂気、そして凶器…

 バングラデシュが軋んでいる。国のあちこちで毎日のように火の手が上がり、飛び交う銃弾の中で多くの人命が失われている。「戦犯問題」という大きく開いたパンドラの箱は、バングラデシュ社会の深い部分に存在していた亀裂を無造作に表面化させ、国民国家としてのバングラデシュを引き裂いている。
   バングラデシュ戦犯問題を巡るこれまでの経緯については、以下の記事をご参照下さい。

  国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その1)
  国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その2)
  国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その3)
  国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?(その4)
   40年前の独立戦争時にパキスタン軍の蛮行に加担した罪で逮捕された野党ジャマティ・イスラム党のリーダーの一人、Abdul Kader Mollah(アブドゥル・カデール・モラ)に、「終身刑」が言い渡されたのが2月5日。この“軽すぎる刑”に激高した市民や学生達が、若手ブロガーらによるフェイス・ブックや携帯電話のショート・メッセージでの呼びかけに応じてダッカの中心部にあるシャハバグ広場に集まり、許しがたい罪を犯した「ラザカー(裏切り者)」全員への死刑判決を求める抗議活動を始めてから1ヶ月が過ぎようとしている。数万人の人々で埋め尽くされたシャハバグ・広場から発せられる要求は、8名の被告全員への死刑判決から、ジャマティ・イスラム党の解党、そしてジャマティ・イスラムとつながりのある金融機関の営業停止等にまでエスカレートしている。 
     Shahbagh Movement 10 
 ~独立戦争を戦い抜いた「フリーダム・ファイター」を模して木製の武器を担いでデモ行進をする市民。シャハバグの熱気は高まる一方だ~

 一方、リーダーを捕らえられ政治活動自体も停止に追い込まれようとしているジャマティ・イスラム党及びその学生団体であるジャマティ・シビールは、「戦犯問題を取り上げるInternational Criminal Tribunal(国際犯罪裁判)は、現与党アワミ・リーグが、次期選挙に向けて野党の政治基盤を弱体化させるという邪悪な動機でつくられたもの」として反発。囚われの身にあるリーダー達の即時釈放を要求する全国規模のホルタル(暴力的な抗議デモ)を断続的に実施し、治安維持のために大量動員された警官隊・機動隊、さらには国境警備隊と激しい衝突を繰り返している。ダッカ市内及び全国の主要都市で展開される衝突により斃れたジャマティ・シビールの多くの学生達は「殉教者」となり、グループの狂信的な結束を高めている。2月22日金曜日には、ダッカ市内のモスクに立てこもったジャマティ・イスラムの一団と治安維持部隊との間で激しい銃撃戦が展開され、4人が死亡、数百人が重軽傷を負った。

 ジャマティ・イスラムの怒りと攻撃の矛先は、シャハバグ広場に集う若者や市民にも向けられ始めている。ジャマティ・イスラム党とのつながりの強い新聞やラジオを使って「シャハバグ・ムーブメントはイスラムに対する冒涜だ。シャハバグ広場に集う連中や、呼びかけ人のブロガーたちは、全能の神アラーと預言者ムハンマドを否定する無神論者だ!」との誹謗中傷を展開している。シャハバグ・ムーブメントとの呼びかけ人の一人だったブロガー・ラジブが暗殺された事件は既に触れたが、ラジブのブログが、その後何者かによってハッキングされ、ムハンマドを侮辱する記事が掲載されたのだ。さらにバングラデシュ最大の新聞社「Daily Star」のウェブサイトもサイバー攻撃を受け、「当局がジャマティ・イスラムに対して非人道的な弾圧を加えている」との記事が掲載される事件も起こった

 全国の様々な都市や農村で、そしてサイバー空間において、衝突や誹謗中傷合戦がエスカレートする中で、昨日(2月28日)、国中の目が一点に注がれた。ジャマティ・イスラム党の副代表であり、1996年から2008年まで国会議員も務めた人物、Delwar Hossain Sayeedi(デワル・ホサイン・サイーディ )への最終裁判が行われたのだ。 独立戦争時に犯したとされる殺人、強姦、放火、ヒンドゥー教徒のイスラム教への強制改宗等の罪で法廷に立たされたサイーディは、その卓越した演説力、説法力で知られており、ジャマティ・イスラムの支持者はもちろん、バングラデシュ国外のムスリムからも広く信奉を集める人物でもある。 

  デワル・ホサイン・サイーディ
 ~聖なる経典コーランを胸に抱え、国際犯罪法廷へと護送されるジャマティ・イスラム党の副代表、デワル・ホサイン・サイーディ(写真出展:Financial Express)~

 シャハバグ広場の市民や学生は「戦犯サイーディ」への死刑を求めるデモ行進をダッカ市内各所で展開する一方、「偉大な政治リーダー、宗教指導者サイーディ」への無罪判決を求めるジャマティ・イスラムのサポーターは、2月で5回目となる全国規模のホルタルを宣言して裁判の帰趨を強くけん制する。双方が固唾を呑んで見守る国際犯罪法廷。ダッカ市内には大量の治安維持部隊が投入され、極限まで高まった緊張感と静けさが不気味にバングラデシュを包み込んでいた。

 午後1時半。そんな静寂を一つの判決が永遠に破った。

 「人道に対する罪でデワル・ホサイン・サイーディを絞首刑に処す」


 歓喜に湧くシャハバグ広場。40年の長い歳月を経てついに齎された正義に、シャハバグの市民と学生は手を取り合って狂喜乱舞する。しかし同時に、そしてそれは、恐怖と狂気の時間の始まりでもあった。 

  shahbagh movement 12 
  ~2月28日午後、戦犯への死刑判決のニュースに沸く、シャハバグ広場(写真出展:Financial Express)

 ジャマティ・シビールの若者達が蜂起したのだ。怒りに身を任せたジャマティ・イスラムの支持者は全国各地で警官隊・機動隊と激しく衝突。レンガ、火炎瓶、そして銃弾が飛び交う中で、警官4人を含む約50人が死亡。数百名が重軽傷を負った。死傷者には争いとは無関係な通行人や農家も含まれる。重症を追って病院に担ぎ込まれた警官や学生たちが死亡したとのニュースが続々と入っており、死亡者は増加している。さらに、ノアカリ、シレット、ガイバンダ、そしてチッタゴン等の地方都市の農村で、激昂したジャマティ・イスラムの武装グループが、ヒンドゥー寺院やヒンドゥー教徒の家々を鉄パイプで破壊し、灯油をかけて火をつけて回ったのだ。命からがら逃げ延びた被害者は報道陣にこう語っている。

 「自分は独立戦争のときに7歳の少年だった。こんな恐怖を味わったのはそのとき以来だ。いや、それ以上かもしれない・・・」

 衝突は今日、普段は平穏な礼拝日である金曜日も続いている。ジャマティ・イスラムのデモ隊は、与党アワミ・リーグの地方オフィスや警察署を襲撃、その仕返しにアワミ・リーグの支持者がジャマティ・イスラムの事務所を襲撃・破壊する報復の連鎖が続き、二人が死亡、約100名が重軽傷を負った。 これまでアンテナが低かった海外や日本のメディアも、ここに至って、ようやく本件を報道し始めたようだ。 バングラデシュは過去40年、たびたびクーデターや政争を経験してきた。前回選挙時の2007年には、混乱を収拾するために国家非常事態宣言が出されたこともある。しかし、デモ隊と警官隊との衝突により1ヶ月で約100人もの人々が命を落とすという事態は前代未聞だ。


 clash   
 ~ダッカ市内及び国内の各所で衝突するジャマティ・イスラムの支持者と警官隊・機動隊。多くの報道陣も衝突に巻き込まれ、あるいは標的にされて重傷を負っている。(写真出展:Financial Express, Daily Star)~ 
 「国民国家は何によって結びつき、何によって引き裂かれるのか?」

 もうこのタイトルでの記事を更新したくはなかった。僕の心配が杞憂に終わることを祈っていた。でも、残念ながら「戦犯問題」は新たな局面に入り、バングラデシュを支配する緊張感は加速度的に高まっている。これから暴力と怒りの連鎖はさらに拡大していくだろう。死刑判決を受けたサイーディの弁護士は判決を不服として再審を求める動議を提出した。そして、ジャマティ・イスラム党は週明け日曜日・月曜日にもホルタル実施を宣告。さらに野党第一党BNP(Bangladesh Nationalist Party)も、「与党アワミリーグによる度重なる汚職、失政、これらから人々の注意をそらす目的で推進する不公平・不透明な戦犯裁判、さらに治安維持部隊による大量殺戮への徹底抗議」を名目に火曜日に全国規模のホルタルを実施を宣言している。何より厳しいのは、この戦犯問題に落とし所が見出せないことだ。来年1月の選挙に向けて、状況は悪化こそすれ改善される要素は残念ながら何一つ見出すことは出来ない。

 バングラデシュはいったいどうなるのか。

 独立以来、度重なる天災や飢饉、そして政治不安を乗り越えてこの国を前進させてきた原動力はなんだったのか?ある人は、世界第二の輸出額を誇るまでに成長した縫製業を、あるいはGDPの10%にも上る海外出稼ぎ労働者からの送金を、また別な人は、全国津々浦々にまで根を張って様々な社会サービスを届けるNGOの力を挙げるだろう。しかし、それらはいずれも、バングラデシュ(ベンガル人の国)という国民国家の基盤たる、ベンガル語による密なコミュニケーションを媒介とした国民同士の強いつながりと信頼感によって成り立ってきたものだ。いま、そんな国民国家としての基盤が揺らぎ、引き裂かれている。そして、基盤を引き裂いているのは、皮肉にも、ベンガル人を国民として結束させた独立戦争が紡ぐ物語なのだ。     

  Shahbagh Movement 11 
  ~独立戦争時、肥沃なベンガルの緑の台地に流された多くの血を表現したバングラデシュの国旗。独立して40年を経た今、再び大地が血に染まっている。今度はベンガル人同士の争いで。~

 バングラデシュ人は独立戦争の物語から独立しなければならない。さもなければ、平和で豊かなバングラデシュが、テロリズムと内戦の渦に飲まれていってしまう。そんな祈るような思いと、仕事が殆ど進まないことによる苛立ちとを抱きながら、「自宅待機」が繰り返される日々が続いていく。そして季節は3月、暑い初夏を迎えた。
  
バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/03/01 23:45
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