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この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その8)

③ コミュニティの「本気」をどうやって引き出し、持続させるのか?
 貧困にあえぐ人々や社会的に抑圧された女性たちが、自らプロジェクトのデザインを決め、実施を担う役割を担うことで、ニーズに即した支援が、それを必要とする人々の手元に届くようになる。さらに、そうしたプロセスへの参加を通じて、これまで支援の対象でしかなかった人々が、自らの問題を解決する主体へと変革を遂げることができる。

  CDD Photo
~ 様々なフィールドでCommunity Driven Developmentの成功に向けて知恵を出し汗をかく人々~

 Community Driven Development(CDD)のアプローチはこんな可能性を持っている。しかし、その可能性が現実となるには、対象となる人々がその気になり、やる気になり、本気にならなければならない。いくら「参加型のプロジェクト」を唄って様々なコミュニティ・グループをつくっても、村の人々が付き合いで参加している限り、そのグループは長続きせず、プロジェクトは所期の効果を発揮し得ない。

 CDDのアプローチを展開する上での最大のリスクが、いわゆる「Elite Capture」だ。これは、地主や政治的有力者といった村のエリートが、グループの議論を先導してしまい、女性や障がい者、土地なしの農家等は、名目上そのグループに参加はしていても、実質的な意思決定から疎外されてしまうという現象をさす。また、本来参加者のやる気を引き出す役割に徹すべきNGOが、議論の方向性や意思決定に過剰に介入してしまうという現象も発生しやすい。

 これでは、CDDといっても名ばかりだ。そして今回紹介しているSocial Investment Program Projectも、当初、その罠にはまってしまった。支援の対象者選びにゆがみが生じた問題について前回触れたが、これはNGOが村のエリートに仕事を委ねてしまっていたことから発生した。また、住民同士で村に必要な小規模インフラについて議論をし、行動計画をつくるための「Village Development Committee」が、有力者を中心とする少数の家族に牛耳られた結果、貧困層や女性たちのニーズではなく、有力者のニーズを反映したインフラが、有力者のニーズを踏まえた場所につくられる問題も起こってしまった。

 プロジェクトのデザインにも問題があった。そもそも、コミュニティ主導の仕組み作りをするための資金が、プロジェクト全体の2%にも満たない金額しか割り当てられていなかった。Village Development Committeeの敷居も女性たちには高すぎた。また、「プロジェクトの順調な進捗=プロジェクトに割り当てられた資金が順調に“吐ける”こと」という認識の下で、プロジェクトのマネジメントをする政府傘下のSocial Development Foundation(SDF)、そして彼らをサポートする世銀のチームも、村の小規模インフラが順調に出来上がることに重きを起きすぎていた。

 CDDのアプローチを成功させる上で一番必要なもの、それは「時間」だろう。時間をかけてコミュニティの生態系を理解し、対象となる人々が、自分たちの言葉で、プロジェクトの目的や趣旨、そしてそれぞれの役割について語れるよう、対話を通じてじっくりと理解を共有し、その上で、まずはパイロット・ベースで試行錯誤をし、教訓を得ていくことが欠かせない。この結果、プロジェクト開始当初から1,2年は、目に見えるアウトプットは出しにくい。しかし、その間にInstitutionという名の目に見えない基盤がコミュニティにつくられることになる。Institutionとは日本語に訳しにくい言葉だが、ある人間集団が価値を創造していく上で必要となる、目的、ルール、責任と権利のありように関する経験を通じた得た習慣・知識、とでも言えるだろうか。

 バングラデシュ政府と世銀のプロジェクト担当者は、こうした気付きと経験を踏まえ、プロジェクトのターゲットとである低所得家庭の女性たちに、「運転席に座るのは自分たちなのだ」と本気で思ってもらえるよう、プロジェクトのデザインに以下の3つの変更を加えた。

① プロジェクトの住民参加の仕組みづくりに必要な予算を当初の5倍に増額して、さらなる時間と人手を現場に投入する
② 上述のVillage Development Committeeが何もかも決めるやり方を変え、機能に応じた複数のサブ・グループをその傘下に立ち上げ、女性たちが意思決定に参加できるエントリー・ポイントを女性たちに近づけ、増やすとともに、相互にチェックできるような仕組みを整える
③ NGOに現場のマネジメントを全面委託する方式を改め、政府の担当者がデザイン通りにプロジェクトが進んでいるかを確認し、必要に応じて促進する役割を担う

 こうしたソリューションは、教科書やマニュアルに書いてあったものではない。全て、現場での試行錯誤の結果得られた生きた知恵を活かしたものだ。こうしたプロセスを経て進化してきたSocial Investment Program Projectは現在パイロット・フェーズを終え、対象県をさらに広げるとともに、住民自身が資金を出し合ってお金を管理し、メンバー同士で貸付をするマイクロ・クレジットの仕組みも盛り込みつつ、展開している。隣国インドからも、今プロジェクトの成果と教訓を共有すべく、実務家が視察に訪れている。

 Community Driven Developmentのアプローチは、現在、世界銀行がバングラデシュで展開している教育や保健、インフラ整備等、他の多くのプロジェクトでも採用されている。これまで保護の対象とだけ捉えられていた人々を、問題解決の主体としての力を付けるこのアプローチは、日本のこれからのセーフティ・ネットを考える上で、重要な視点を提示しているのではないだろうか。

 また、これまでの開発プロジェクトが都市化の促進等を通じて、コミュニティに存在していたSocial Capitalをすり減らす副作用を持っていたところ、CDDを活用したアプローチは、それを積極的に活かし、経済や社会の成長によって得られた糧を、より多くの人々が共有できるための仕掛けだといえるかもしれない。  


 病に倒れた運転手のシラージ・バイと彼を支える家族や友人、村のセーフティネット作りに自ら乗り出す大学教授や村人たち、試行錯誤を続けながら未知のアプローチに挑戦し、住民主導のセーフティ・ネット・プログラムのデザインに知恵を絞る政府や国際機関の職員、そしてプログラムの運転席に座ってハンドルを握りしめ、自らの人生を変えていく女性たち、そうした女性たちのそばに寄り添って彼女たちを力づけるNGOの職員や青年海外協力隊…

 様々な人々との出会いや出来事をもとに8回にわたり綴ってきたこのチャプターのタイトルは「この国のセーフティネットは誰が担うのか?」だった。その答えを今、考えてみる。

 この国のセーフティ・ネットを織り成している担い手、それは、自らの人生にオーナーシップを持ち、隣人の生活に関心をもち、そしてコミュニティや国のありようを所与ではなく変えていく対象と捉える、全ての人たちなのだろう。そんな人々が増えていけば、その国は、様々なショックに強く、そして他者に優しい国になっていくのだろう。そして、それはバングラデシュも日本も変わらないのではないか?

 バングラデシュの農村で人々の協働を目にしながら、ふと、数千キロ離れた日本に思いをはせている自分がいた。(本シリーズ終わり)
バングラデシュと世銀の協働が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/02/12 21:15

この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その7)

 バングラデシュ政府がはじめて本格的にCommunity Driven Developmentのアプローチを活用して最貧層へのソーシャル・セーフティネット及びコミュニティの小規模インフラの提供を実施したSocial Investment Program Project(通称Nuton Jibon(ベンガル語で新しい人生の意味))。僕が出会ったシャミーマ・ラトナさんは、2003年から2011年までの間、経済・社会指標で見て当時最も貧困が厳しかったバングラデシュ北部のジャマルプール県、ガイバンダ県の村々で実施されたこのプロジェクトによって人生を変えた一人だった。そして、このプロジェクトは、こうした成功物語だけでなく、効果的にCommunity Driven Developmentを実施していく上での、数多くの教訓も残した。

① 能力あるNGOをどのように選ぶのか?
 
 海外ドナーやバングラデシュ政府が実施してきた様々なセーフティ・ネットプログラムや雇用対策にアクセスできていない農村部の最貧層や脆弱層に届くプログラムを、コミュニティ主導で実施していくには、その地域で活動を続けてきたNGOとの協働が欠かせない。政府や世界銀行などの国際機関と比較すれば、NGOは草の根のコンテキストをよく理解し、また状況に応じて臨機応変に対応しやすい。最近、日本でも自治体からの委託を受けて様々な公共サービスを実施するNPOが増えている。

 他方で、NGOなら何でも良いと言うわけではない。規模が小さすぎる、立上げ後間もない等の理由でプロジェクト実施に必要な能力に乏しいNGOも多くいるだろう。また、資金管理がずさんだったり、特定の政党や政治家、さらには反社会的勢力と結びついている等の問題を抱えてるNGOもいるかもしれない。

  Community Meeting
~NGOが主催するコミュニティ・ミーティングに集まった女性たち。バングラデシュでは登録NGOは約4万といわれる。信頼に足る能力のあるNGOをパートナーとできるかが、プロジェクトの成功の最大のポイントの一つだ~

 通常、行政がNGOに委託をする場合には、プロジェクトの内容を記した「Call for Proposal」をウェブサイトや新聞等に掲載して提案を募り、寄せられた中から最も優れている(と思われる)提案をしたNGOを選抜する形式がとられる。その際、その国の法律に基づいて政府への登録をしているNGOか、定期的に財務報告を公表・提出しているか、当該分野や地域で十分な活動実績はあるか等のチェックはもちろんされる。しかし、それだけで十分な目利きが果たせるとは限らない。

 この点、本プロジェクトは契約締結前のスクリーニングに加え、「パフォーマンス・ベース(実績ベース)の支払契約」を採用することで、能力がある(と思われた)パートナーNGOが、実際にその期待に沿って仕事をするインセンティブを盛り込んでいる

 例えば、シャミーマさんが利用した、村の最貧層の女性たちに職業訓練の機会を提供した上で、その卒業生に、習得した技術を事業に転換していくためのSeed Capital(タネ銭)を付与するプログラムについて見ると、以下のような成果指標と目標値が設定されている。

 ◎ 成果指標1:職業訓練を受けた女性の数 
        ⇒ ターゲット:80%の女性が職業訓練プログラムを修了
 ◎ 成果指標2:職業訓練後、所得を生む仕事に就く、あるいは仕事を始めることのできた女性の数 
        ⇒ ターゲット:50%の女性が自ら収入を生み出す仕事を始める/仕事に就く
 
 このプロジェクトの実施部隊として選ばれたNGOには、上記ターゲットが達成できた時に初めて、プロジェクト実施に必要な資金が提供される。要は出来高払いだ。この手法は、以前このブログで紹介をした、辺境の村々にソーラー・パネルを設置するプロジェクトを販売・敷設するプロジェクトでも採用されている。パートナーシップを有効に機能させるには、ポジティブな緊張感を継続させるこうした仕組みをプロジェクト・デザインに盛り込むことが必要なのだろう。

② 対象となる人々をどのように選ぶのか

 立派なプロジェクトを机上で創り込んでも、それがターゲットとする人々のもとに届かなければ意味は無い。でも、それはとても難しい。制度を作る行政は、最貧層や脆弱層がどこに居るか知らない。そして、「制度を利用したければ、人は役所にまで来るだろう」という前提で、オフィスに座っている。利用者側も、彼らをターゲットとする制度が出来上がっているという情報に接する機会は少ない。結果、支援プログラムは、何時までたってもそれを必要としている層に届かない。どうしたらこのギャップを埋められるだろう。

    Bangladesh Village
 ~緑深いバングラデシュの村道を歩く男性。村の道は入り組んでいて、雨季には車やバイクで近づくことすら困難となる~

 この点、本プロジェクトは、まず対象者を絞り込むための詳細なインデックス(指標)をつくりあげた。例えば①資産の有無、②仕事の有無、③読み書きができるか否か、④性別、⑤既存の支援プログラムを受けているか、等、複数のチェック項目を点数表のような形で設定し、YES・NOで採点した結果、点数が7点以下の人を対象とするルールを作ったのだ。さらに、このインデックスに合致する対象者の特定をNGOに委ねることでこの問題を乗り越えようと試みた。

 しかし、経験したのは失敗だった。

 プロジェクト開始から3年が経過した段階で実施された中間評価では、支援プログラムの受益者に、本来は対象外の比較的裕福な家庭の女性や、あるいは男性までも含まれていることが判明。一方で、プログラムを利用している最貧層の数が想定よりも少ない、という事実も明らかになった。詳細に作りこんだプロジェクトだったが、的をはずしてしまっていた。NPOが村の有力者から情報を取って対象者を決めていたことが主たる原因だった。

 失敗を踏まえて導入されたのが「Participatory Identification of Poor(PIP:参加型の貧困層特定)」という手法だ。密なコミュニケーションによって人と人との結びつきが強いバングラデシュの農村部において、どの家庭がどの程度困窮しているか、最もよく知っているのは村に住む人々だ。PIPは村の女性たちに対象者の選定を委ねることで、プロジェクトがターゲットとする最貧層・脆弱層を見極めていくことに成功した。専門家が作りこんだ精緻な指標よりも、村人の口コミが勝っていたという訳だ。住民自らが公共サービスの受益者の特定に動くPIPの手法は、地域の絆の再構築やコミュニティや各家庭が抱える問題をその地域の人々が認識するきっかけにもなるだろう。(続く)
バングラデシュと世銀の協働が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/02/06 17:40

この国のセーフティ・ネットは誰が担うのか?(その6)

シャミーマ・ラトナさんは、バングラデシュ北部のジャマルプール県のある村で生まれ、4人の姉妹、両親、そして祖父母に囲まれて育った。9人家族の生活は父の労働によってのみ支えられていたため、家計は常に苦しく、5人の娘に十分な教育を与える余裕はなかった。シャミーマさんは中学校を優秀な成績で卒業したものの、高校進学は叶わず、17歳で嫁ぐこととなる。

 オートバイの修理工場に勤める夫との間に生まれた一人娘に、自分は諦めねばならなかった高等教育を受けさせたい…そんな思いを募らせる一方で、夫の給料のみでは生活は苦しく、三人家族が三度の食事をしっかりとることすら覚束ない日も稀ではなかった。

 シャミーマさんは、経済的な苦しさだけでなく、村や家庭内で自分の意見が殆ど顧みられないことによる精神的な欠乏感にも苛まれていた。学歴もなく、所得を生み出す力も無い女性は、常に従属的な存在だった。

 ある日、そんなシャミーマさんの耳にある噂が飛び込んできた。政府の新規プロジェクトの対象地域にジャマルプール県が選ばれた。プロジェクトを通じて、村に必要な小規模インフラの整備-例えば、川にかける小さな橋の建設、村道の舗装、砒素に汚染されない深井戸の設置など-そして所得の低い家庭の女性に対する支援が提供されるらしい。ついては、プロジェクトの説明会が近々開かれる。村の女性たちも招かれている…

 そして、説明会に参加したシャミーマさんをはじめとする村の女性は、政府のパートナーとして選ばれたというNGOの職員から、耳を疑いたくなるような説明を聞くことになる。


 「プロジェクトを通じて具体的に実施・提供される事柄は何も決まっていません。内容を決めるのは、村の皆さんです。それが橋なのか、井戸なのか、道なのか、この村で何が一番必要かを一番良く知っているのは皆さん自身なのだから。」
 「プロジェクトの実施内容、場所や優先順位などは、『行動計画(Community Action Plan)』としてまとめます。行動計画は『村落開発委員会(Village Development Commitee)』の委員とプロジェクトの実施をお手伝いする私たちのNGOの職員が協働で取りまとめます。村落開発委員会の委員は、皆さんの中から、皆さんで選んでほしいと思っています。特に資格等の要件はありませんが、11名の委員のうち3割は特に貧しい家庭の女性に担ってもらいたいと思います。」
 「プロジェクト実施や維持管理についても、村の皆さんにグループを作ってもらって担って頂きます。」
「このプロジェクトのメニューには、小規模なインフラの整備だけでなく、村で最も経済的に厳しい状況にある家庭に対する直接支援プログラム(Social Assitance Service)も含まれています。対象となるのは、今政府が実施している様々なセーフティ・ネットプログラムや外国の援助機関が実施しているプログラムのいずれも受けることができていない家庭となります。私たちのNGOの職員はこの村に常駐してお手伝いをしますが、村のことを知っている訳ではないので、対象者を選ぶのも村の皆さんにお願いします。」
 「もちろん、今からいきなり始めて下さい、とは言いません。政府と私たちNGOが作った運営マニュアルがあるので、それに沿って、委員会の運営の仕方、議論の進め方、お金の管理のしかたなどを、じっくり皆で学ぶところから始めましょう。私たちはそばでお手伝いをしますので。」


 このNGOは、時には政府の職員を連れて幾度も同じような説明会を村で実施した。正直シャミーマさんは彼の説明をあまり理解できてはいなかったが、プロジェクトが動き出した後、自分が直接支援プログラムの受給資格があることを伝えられ、二つの支援を申し出た。

 一つは、針と糸、そして布を買うための小額資金の給付、もう一つは、裁縫の技術を身に付けるためのトレーニングの受講だった。シャミーマさんに裁縫の技術を教えてくれたのは、かつてダッカの縫製工場で働いていたが、雇い主の都合で一方的に解雇され村に戻ってきていた女性だった。その彼女も、プロジェクトのお金で講師として雇われていた。

 一年後、シャミーマさんは自らの手で作ったノクシカタ(バングラデシュの伝統的な刺繍)のテーブル・クロスやタオルを携えて、ジャマルプール市内に向かい、青空の下に自らの商品を敷き詰めた。夕方、彼女の手にはテーブル・クロスにかわって、数百タカの現金があった。彼女が生まれて初めて、自ら手にした現金だった。
   SIPP2
 ~ シャミーマさんが仲間とともに作ったノクシカタのテーブル・クロス。鮮やかな紅の背景に細やかな模様が縫いこまれている~ "photo credit; David Waldf"


 僕がシャミーマさんとその村で出会ったのは、それから6年の歳月が経った2011年の11月だった。トタン屋根と土壁で出来た彼女の家の隣には、小さな工房があった。中では20名近い女性たちが、糸と布を手に、ノクシカタの刺繍に黙々と取り組んでいる。シャミーマさんは、総数約60の女性たちを雇って刺繍品を作成・販売する事業主になっていたのだ
   

 家の中にお邪魔してみる。
 「昔は一家揃って床にゴザを敷いて寝ていたのだけれど、今はそのベットで寝ることが出来ています。」
そう語るシャミーマさんの腰に、甘えっ子の一人娘がまとわりついている。
  SIPP4
 ~人見知りで甘えっこの一人娘にお昼ご飯を食べさせるシャミーマさん。バングラデシュでは6,7歳になる子供にまで、親が食事を手で子供の口元まで運んであげるのが一般的だ~"photo credit; David Waldf"

 「あの工房は2年前につくりました。働いているのは村の女性たちばかりだから、皆歩いて来ることが出来る。昨年からは、例のプロジェクトの委員会の委員に選ばれ、村で何が必要か、どうやって作ればいいか、維持管理の役割分担はどうすればよいか、などについて考える日々です。ベットで眠ることが出来るのはとても嬉しいけれど、自分の人生に起こった最大の変化は、私の声に、家族や村が耳を傾けてくれるということです。自分は家庭や村にお世話になるだけではない。自分も家庭や村の発展に貢献できるんだ、という実感を得たことです。私はこれから、村の女の子たちが、たとえ高校や大学で学ぶことができなくても、こうした経験をする機会を作っていきたいと思っています。」
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 ~大勢の女性が働く工房で、これまでの自分の歩みと変革について語るシャミーマさん~ "photo credit; David Waldf"

 せっかく頂いたお茶が冷めていくのも忘れて、僕はシャミーマさんの力強い視線と印象的なストーリに聞き入っていた。


 2003年2月から2011年の6月まで9年にわたり、バングラデシュ政府が初めて本格的にCommunity Driven Developmentのアプローチをもって実施したSocial Investment Program Project。Nuton Jibon(ベンガル語で“新しい生活”の意)の通称どおり、このプロジェクトは、例えばシャミーマさんという女性が、新しい人生を切り拓く機会を提供した。次回は、世銀、バングラデシュ政府、草の根のNGO、そしてコミュニティの人々が連携してつくり、実施してきた本プロジェクトにおいて、それぞれがどのような役割を果たしてきたか、プロジェクト実施途中でどのような問題が発生し、それをどう乗り越えたのか、そしてプロジェクト終了後にどのような教訓が残されたのか、などについて紹介していきたい。
バングラデシュと世銀の協働が織り成す物語 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/02/03 21:32
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