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ここに自分が入院したら無事退院できるだろうか?

 4年前の夏、インドのハイデラバードに拠点を置くBASIXというマイクロ・ファイナンス機関での1ヵ月半にわたるインターンの終わりを数日後に控えた僕は、39度を越える突然の高熱に見舞われていた。飲み物・食べ物にアタッタのか、日ごろの行いが悪くてバチが当たったのか、原因は分からない。兎に角、職場の同僚に付き添われながら連れて行かれた市内の公立病院は大勢の人々で溢れかえっていたが、何故かすぐに診察室に通されほっと一息。医師の診断を受けた後、幾分かの緊張感とともに、自分の腕に繋がれた点滴の袋の液体が少しずつたれてくるのを眺めている最中に事は起こった。

 停電。

 暗闇に包まれる院内。ジェネレーターはなかなか稼動しない。永遠のように感じれられた5分間が過ぎ、ようやくノロノロと回り始めた天井のファンと共に、病院の薄汚れた白壁が照明に照らしだされた。僕は薬とともに無事病院を後にした。しかし、この間、手術を受けていた人はどうなったのだろう。こん睡状態で人工呼吸器をつけていた入院患者は?今まさに出産しようとしていたお母さんと赤ちゃんは?果たして無事に病院を出ることができるのだろうか?




 バングラデシュのお正月とも言えるEid(イード)の祝日を利用して訪れた、ダッカから北東に160キロのところにあるSrimangalという街には、一つの公立病院と複数の私立病院がある。今回、ガイド役の地元の大学生Shekhardey君と病院の職員や医師の方々の協力の下、飛び入りで、公立病院と私立病院をそれぞれ一つずつ訪問し、医療従事者の皆さんから直接お話を伺う機会に恵まれた。幸いなことに、今回は発熱や下痢で病院に担ぎ込まれた訳ではない。

Srimangal Upazila Hospitalの受付

 最初に訪問したのは、約2万4千の人々が暮らすSrimangalの唯一の公立病院であるSrimangal Upazila Hospital(Upazila;ウポジラとは郡の意味でバングラデシュの地方行政単位)。31のベットは全て入院患者で埋まっており、9名の看護士が働き、4名の医師が登録されている。

Srimangal Upazila Hospitalの看護士さん
    (入院記録を片手に、一月の出産件数を確認してくれる看護士さん)   

 看護士さんのお話では、この病院は中低所得層の人々向けのGeneral Hospital(総合病院)で、外来・入院とも様々な症例の患者に医療サービスを提供する。その中でも特に出産が多く、一月で約100件の出産がこの病院で行われるらしい。なお、妊婦さんの出産前後の入院は通常では2-3日という。現在Eidの祭日期間中であるとの理由で、4人の医師は不在であった。

     Srimangal Upazila Hospitalの病室

 出産後の養生、腸チフスや赤痢などによる重度の下痢、マラリア等による高熱等、入院している患者さんの症例は様々。ガイドのShekhardey君の話では、医師は登録されていても自分が別途経営している私立病院との掛け持ち等の理由で公立病院には現れないケースも多く、また緊急に治療が必要な場合でも、長時間待たされることも稀ではないという。上の写真の通り、比較的大きな部屋に仕切りもないまま並べられたベットに大勢の症例の異なる患者が寝かされているため、プライバシーはゼロであるし、院内感染の発生も懸念される。Shekhardy君やドライバーのChanさん、そして村であった人々から話を伺ったところ、バングラデシュの人々は体調が悪くなるとたいていの場合、
 ① 街の薬局で薬を買って自力で何とか回復を試みる(幸いバングラデシュはGeneric Medicineの生産が盛んであり、街中には多くの薬局が軒を並べている。薬の値段は10タカ~300タカ程度(1タカ=1円)程度であり、低所得層にとっても、手に入らない値段ではない)
 ② それでも直らない場合は、村医者のところに行く(ただし、この村医者は正規の医師免許を持っている者ではなく、3-6ヶ月程度の研修で認定を受けたRMP(Rural Medical Practitioner)と呼ばれる医療従事者である。また村レベルでは現在でもTotkaと呼ばれる祈祷師や、Tobirajと呼ばれる精神療法師など、伝統的な医療従事者も幅を利かせているという)
 ③ さらに状況が悪化した場合、そして私立病院へ行くお金がない場合は公立の病院に行く(たいていの場合は家族や友人に担ぎこまれる)
というプロセスを経るらしい。つまり、一見して人的、施設的に極めて不十分なこの病院が、この郡の大半を占める中・低所得者層にとっては最後の砦なのだ。



 次に訪問したのは、Srimangalの街の中心から1キロほど離れたところにある私立病院だ。ここでは院長のDr. Shandra Ghuhsがわざわざ時間をつくって院内を案内してくれたほか、30分近くにわたり僕たちの質問に答えてくれた。
 
     Dr. Shandra Ghuhs
  (丁寧に質問に答えて下さったDr. Ghuhs)

 この病院はベッド数は9、医師はDr. Ghuhsとその息子さんの2名、そして6名の看護士が働いている。Dr. Ghuhsはもともと公立病院の医師であったが1980年に退職、1988年にこの病院を開設した。妊婦のほか、やはりマラリア、腸チフス、赤痢の患者が外来、入院とも多く、また胆石で手術を受ける例も多いと言う。入院費用は、AC(エアコン)付きの個室では一日800タカ、ACなしの個室でベット二つ(患者と付き添いの家族用)の部屋は一日250タカ、ACなしでベット一つだけの個室は一日100タカ。両ドクターのご自宅が病院と隣接しているため、24時間対応する体制ができている。「ちなみに僕が酷い下痢で先生に診断を受けたらおいくら必要でしょうか?」とたずねると「診断と処方箋を書くのに200タカかかります。その処方箋をもって薬局に行ってもらいます」との回答。つまり200タカに加えて薬代(そして自宅から病院への往復の交通費)がかかるのだ。これは中・低所得者にはかなりの負担だ。

     Srimangalの私立病院の手術室

 こちらは手術室。この日の朝も2件手術をしたらしい。機器は20年近く前に購入した古いものばかりだが、手入れはしっかりされているように見える。公立病院と比較すれば明らかに機器、体制共に充実しているが、バングラデシュには公的健康保険制度がないため、実費受診が求められる私立病院は、中・低所得者層にとっては手の届かない存在だろう。

     Srimangalの私立病院
     (Dr.Shandra Ghuhsが運営するSrimangalの私立病院)

 

 公衆衛生・保健医療の究極の指標とも言える平均寿命。バングラデシュは66歳だ。日本を20歳近く下回るバングラデシュの平均寿命は多くの赤ちゃんや子供の死によって齎されている。1,000人中65人の子供が5歳以下で命を落とす妊娠や出産が原因で亡くなる女性の割合は1,000人中3.2人助産師を伴う出産はバングラデシュ全体で尚僅か17.8%にとどまっている。(2007年現在、WHOの統計より)。
 安全な水へのアクセスの欠如や電力供給の圧倒的な不足という現実はそこら中に存在する。不衛生な環境、そして真っ暗闇の中で、頼りになる助産師の手当てもないままの出産はいかなるものか。出血多量やショックで母子共に命を落とすことも多いと言う。

 つまり、先進国の視点で見れば、圧倒的に不衛生で設備面、体制面で心もとない事極まりない病院ですら、そこで出産できるというのは、この国の、特に人口の8割を占める農村地域では、相当程度恵まれたことなのだ。

 この厳しい現実は何が齎しているのか?

 まず、医師一人に対する人口は2,860人(日本は約500人)、看護士一人に対する人口は5,720人(日本は約100人)(バングラデシュの統計は2007年現在、WHOより、日本の統計はOECD Health Data 2011より)という統計に見られる人材不足、医薬品・医療機器の不足等が第一の要因として挙げられるが、その他にも、全国民が利用できる健康保険制度の欠如、保健衛生をつかさどる厚生省(Ministry of Health and Family Welfare)が全国の病院に十分なリソースを行き渡らせ、届けたりソースの利用状況を管理し、次のリソース配分に活かしていくためのマネジメントの仕組みの不十分さなど、行政の制度や仕組みの不備も大きく影を落としている。

 そもそも、この国には、地方議会は存在するが、住民代表たる議員が決めたことを実施するための機関、つまり地方自治体、と言うものが存在しない。あらゆる行政サービスはUnion(10-15の村落が合わさった行政区画、上記のUpazilaはさらに10ほどのUnionを単位として構成される)に拠点を置く、各省庁の出先機関、中央の指令に基づいて画一的に提供されているのだ。つまり、地域の住民ニーズを行政に活かすためのインターフェースが須らく欠如している訳だが、このことは、人々の日々の暮らしに最も密接な影響があり、地域ごとにそれぞれの事情に応じた対応が求められる保健・衛生行政にとって、好ましい体制とは全く言えないだろう。

 こうしたマクロの数字や制度面の問題点は、世銀や国連機関がまとめるレポートや日々の仕事の議論の中で当たり前のように触れているが、それらが真にどのようなことを意味しているのか、今回の旅はその答えに近づくためのヒントを僕に教えてくれた。

 自分自身が腸チフスで倒れ(これは相当あり得ることである)高熱と重度の下痢・嘔吐の中で病院に運ばれたはよいが、医者が4時間も、5時間も現れず、病院の廊下で転がされたままだったら、僕はどうなっちゃうのか!?
 
 自分の家族が、上記で紹介してきた病院で入院し、手術を受ける、あるいは出産をする、ということになったら、一体自分はどうするのか?
 
 病院たどり着く交通手段(舗装された車が通れる道)やお金すらない場合、自分は一体どうするのか?どうなってしまうのか??

 こんな切実な問いかけは、この国で、あるいは世界中の途上国で日々、人々が苦悶と共に投げかけているものなのだろう。他方で自分は、日々マクロの数字や統計、制度の特徴などを紙面、あるいはパソコンの画面で目にしながら、それらが持つ、形や色、匂いや声を、感じとっているのか?
 
 Public Policyの担い手として、そして世銀のProfessionalの一人として、マクロで少しでも効果的な変化を起こすためには、ミクロとマクロを往復し、その両方で目にする現象を、自分の思考と感性の中でリアルにつなぎ合わせることが必要だ。そんな終わりのない挑戦を、僕は未だ始めたばかりだ。
バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2011/09/06 23:22

バングラデシュの田園風景と人々の暮らし

 8月31日は約1ヶ月間、日の入りから日没までの断食を貫徹したことを祝いあうラマダン明けの祭日、Eid(イード)だ。美しい衣装で着飾る人々、Eid Mubarak(イード・ムバラーク!:「断食明けましておめでとう!」といった感じの挨拶)と書かれた看板をぶら下げてシャッターを下ろす店やレストラン、普段つつましい給料で働いてくれているお手伝いやガードマンに振舞われるボーナス、帰省ラッシュで屋根の上まですし詰めのバスや列車、普段の喧騒が嘘のような静寂に包まれるダッカの街…バングラデシュはまるで日本のお正月のような雰囲気に包まれている。

 ラマダンが始まって以来、オフィス一階の食堂が休業していたため、ほぼ毎日、食堂横の簡素な売店が唯一販売するパサパサの「チキン・サンドイッチ」でランチを貫徹してきた僕も、8月31日(水)から週末を併せて今日(9月3日(土))までの4連休の恩恵に与った(バングラデシュは金曜日と土曜日が週末なのだ)。

 そして、恵みの4連休を活かして一泊二日で向かった先は、ダッカから約160キロ北東に向かった先にあるSrimangal(スリマンガル)という地方都市だ。

 ダッカ-スリマンガル・ルート

 160キロと言うと東京-静岡間とほぼ同じ程度の距離であるが、途中舗装されていない泥道を通らなければならなかったり、通過する街で渋滞に引っかかったりで、片道4-5時間の道程となる。日帰りでは行って帰ってくることしか出来ない。しかし、道中、暇を持て余すことはない。何しろ、片道一車線しかない道を、巨大なバスが、ノロノロと進むリキシャやCNGタクシー、あるいはトラックを、対向車線いっぱいにはみ出して猛スピードで追い抜いていくのだ。そう、ここでもルールは「声と図体がでかいものが先を行く権利がある」とのジャングル・ロードの掟だ。正面衝突のリスクを物ともせずに突進してくるバスを実にすれすれのタイミングでかわしてく、バングラデシュのドライバーの運転技術と胆力には脱帽するが、もっと別なところで勝負してもらいたいものだ。

 悪い話ばかりではない。喧騒の街、ダッカとは全く異なる美しい田園風景を楽しむことも出来る。

     心癒されるバングラデシュの田園風景

 青々とした空の下に広がる水田を見ていると、まるで日本の田舎をドライブしているような懐かしい気持ちにさせられる。他方、同じ車窓を10分も眺めていれば、風景が一変。広大な河に電信柱が並んでいる異様な風景が現れる。

     雨季の河川増水で水没した地域の様子

 上の写真の河は雨季にしか存在しない。同じ地点で乾季に写真を撮れば、全く異なる風景、一面の畑が広がっていると言う。中州の国、バングラデシュならではの風景だ。もちろん、こんな風に言っていられるのは、僕が車でこの場所を通り過ぎながら写真を撮るだけの人間だからであって、この地で暮らし、農作業をしていながら生きていかなければならない人間の苦労は計り知れない。

 なお、Srimangalに向かう道中の大半は、Dhaka-Sylhet(シレット)High Wayと呼ばれる日本の道路さながら高品質のHigh Way(High wayといっても、高架がある訳ではなく、単にSpeedをHighにしてぶっ飛ばせるwayというだけだが)が整備されており、快適且つスリリングなドライブが楽しめる。
 
 無謀なバスの運転に手に汗握り、車窓に広がる田園風景や水没した土地に目を奪われること4時間。Srimangalの街に着いた。

     Srimangalの街並み

 Srimangalは人口約2万4千。ムスリムが8割以上を占めるバングラデシュにしては珍しく、人口の半分がヒンドゥー教徒であり、また河川に分断された平地が続くバングラデシュにしては珍しく、小高い丘陵に並ぶ茶畑の美しさで名を馳せる地方都市だ。また、この街はバングラデシュの人々にとって観光地として知られているが、それは、Lawachara National Park(ラワチャラ国立公園)と名付けられた生態系豊かな森林の存在による。

 今回、僕らのガイド役を務めてくれた地元の大学生、shekhardy(シェクハディ)君の道案内により、Lawachara National Parkの森林の奥深くにあるKashia Punje(Punjeは村の意味)を訪問し、村の皆さんと交流する機会を得た。

     Lawachara Kashia村の様子

 23世帯、約150人が暮らすこの村の人々は大半がヒンドゥ教徒から改宗したクリスチャン。初等教育すら受けていない人口が40%、初等教育しか受けていない人口が20%とのこと。水道やガスはもちろん通っておらず、水は井戸水、日常の炊事等に必要な火は森から拾ってくる薪に頼っている。

 ところが、そんな村にも電気は通っている。しかし森の奥深くまで電線が敷かれている訳ではもちろんない。ではどうやって?村の高台に立って家々を眺めるとその答えが見える。

     村の家屋の屋根に設置されたソーラーパネル

 ソーラー・パネルが村の家々の屋根に設置されているのだ。親切にも僕らを自宅に招き入れて地元で取れたお茶を振舞ってくれた教師をしている女性、ラオチャランさんにお話を伺った。



(僕)「村の家々の屋根にソーラーパネルが付いてますが、いつ頃、どうやって取り付けられたのですか?」
(ラオチャランさん)「2010年の2月ぐらいだったと思います。グラミン・グループ(マイクロ・ファイナンスを手がけるバングラデシュのNGO)がどこかの国の支援を受けながら実施しているプロジェクトだと思います。ソーラーパネルのお陰で電気がくるようになりました。」
(僕)「設置の費用は支払われたのですか?」
(ラオチャランさん)「非常に高額です。一つあたり4万8千タカ(一タカは約一円)。とても一度では払えないので、最初に1万タカを支払い、その後年間11,000タカを数回に分けて払うことになっています。」
(僕)「ソーラーパネルのメンテナンスは誰がやるのでしょうか?壊れてしまった場合はどうするのでしょう?」
(ラオチャランさん)「今のところ壊れれてはいません。またあのソーラーパネルは20年保障だと言われました。」
(僕)「ということは、設置後20年間は、壊れてしまっても無料で取り替えてくれると言うことでしょうか!?それはスゴイ!」
(ラオチャランさん)「いえいえ、取り替えるときは自分たちがまた4万8千タカ払わなければならない。」
(僕)「え…、それは保障と言うのでしょうか?単に、品質がいいと言っているだけですね。」
(ラオチャランさん)「正直我々は色々良く分かっていないのです。ただ、4万8千タカはとても高い。ちなみに、あなたはバングラデシュで何をしているの?」
(僕)「世界銀行の職員として働いています。」
(ラオチャランさん)「あぁ、そうですか。世界銀行は色々良いプロジェクトをバングラデシュでやってくれていますよね。」
(僕)「ありがとうございます!」
(ラオチャランさん)「チッタゴンの少数民族のために色々支援プロジェクトをやっているようですね。でも、我々のところには別に何の支援もない。」
(僕)「はぁ…。」
(ラオチャランさん)「私は昨年開催されたバングラデシュ政府と中国政府共催の地域開発に関するフォーラムに参加するためにダッカに行きました。同時に開催された物産展で、私たちが作る布を売るためです。私たちの存在をもう少し認知してもらうために。」
(ラオチャランさん)「この村の人々は何に一番困っていますか?」
(村の人)「病気です。マラリアや下痢、腸チフス。水のせいで病気になる人が多い。仕事が余りないのも問題です。ここの村人の大半はBetal Leaf(日本語では「キンマ」という葉。やしの実に似たビンロウジュの実を包んで噛む嗜好品)の畑で働いていますが、非常に給料が安い。私は昔はTour Guideとして働いていましたが、「女性のガイドは要らない」と言われ、首になってしまいました。幸い、教師の職がその後見つかり、教師として働いていますが、夫を病気で失ったため、仕事がなかったら今頃家族がどうなっていたか分からない…」



 森林管理員の仕事をしているラオチャランさんの息子さんが、僕がお世話になっている世銀の同僚のITスペシャリスト、リオと古くからの友人であることが判明し、さらに話が盛り上がり、ちょっとだけお邪魔するだけの予定が、30分以上、長居してしまった。ガイドのシェクハディ君の話では、この辺りの茶畑やBetal Leaf畑で働く人々は自分の畑を持っている訳ではなく、企業が所有する畑で働いていると言う(要は小作農)。一日葉を摘んで得ることの出来る給料は50タカ(50円)。学校や病院などにかかる費用は企業側が負担してくれると言うが、一日50タカ(月1,500タカ)で家族を養っていけるだけの食費などを賄うのは相当厳しい。ちなみに、ダッカのスラムに暮らすリキシャ・ワラ(リキシャの運転手)は一日平均400タカを稼ぐと言われている。

 ダッカから160キロ離れたSrimangalと言う街。そこからさらに8キロ程離れたLawachara Forestの奥深くにあるKashia村。村の家々はダッカのスラムと比較すると圧倒的に清潔で、森からの風が鳥たちのさえずりが心地よい。単に訪問しただけでは、都市に無い、のどかな暮らしに「所得は低くとも農村の暮らしは豊かではないか?」との結論に飛びつきたくなってしまう。しかし、のどかで自然豊かな村で暮らす人々を取り巻く現実には、感染症や真っ当な給料を稼ぐことの出来る職の不足等、都市のスラムとは異質の厳しさがあることを、村の人々との対話を通じて、改めて知ることになった。



 ラオチャランさんの自宅を後にした僕らは村の学校に向かった。クリスチャンのコミュニティであるため、Eidの祭日とは関係なく、小学校3年生の英語の授業が行われていた。

    村の小学校3年生の子供たちと
 
 3年生は全部で11人。教える先生は未だ19歳だと言う。ここでも、招かれざる突然の客である僕らを笑顔で歓迎してくれる。写真を撮って見せると子供たちは大騒ぎ。こちらも片言のベンガル語で自己紹介。「学校は好き?」と聞くと「大好き!!」と皆即答。先生の目の前だから、という模範解答をしたのでは、あのはじける様な笑顔はつくれまい。

 子供たちが広げていた英語の問題集を見せてもらう。

    小学校3年生向けの英語の教科書

 広げたページにはこんな問題が。

 下記の語句のペアと関係が同じペアを(a)-(e)の中から選びなさい。
 (問33)Odometer : Distance
(a) microscope : size (b) decibel : loudness
(c) orchestra : instrument (d) computer : data (e) scale : weight

 さて、正解はどれだろう。いきなり、Odometerの意味が分からなかった自分は、小学校3年生向けの問題と言われるとショックがでかい。負け惜しみを言わせてもらうと、バングラデシュの教育が「考える力」「応用する力」よりも「丸暗記」にばかり力を入れている、との指摘の正しさを垣間見た瞬間であった。例えば、小学校の算数では「1+3=4」という数式の暗唱の繰り返しによる丸暗記をやらせるため、「2+2=?」と問われた時に答えられない生徒が多い、と言う話を、バングラデシュで長年教育に取り組んでいる日本人の若者から聞いたことを思い出した。

 ちなみに正解は(e)。Odometer(走行距離計←僕もこんな単語は知らない)とDistanceと同じ関係であるのは、scale(体重計)とweight(体重)。

 次回の記事では、Srimangalの街で訪問した公立・私立病院の様子と医師との対話を紹介したい。

  村の水洗い場兼男性用シャワーコーナー
 (Kashia村の様子。くみ上げ式井戸の横にある水洗い場。男性陣のシャワーコーナーでもある)
バングラデシュでの生活が織り成す物語 | コメント:(2) | トラックバック:(0) | 2011/09/03 11:47
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