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サバールの悲劇 ~人災は何故繰り返されるのか?~

   悲劇は424日水曜日の朝9時に起こった。

 ダッカから北西へ約15キロ、縫製工場が密集するサバール(Savar)という地区で、8階建てのビルRana Plazaが倒壊、ビル内の5つの縫製工場(New Wave Style社、Ether Tex社、Canton Tech Apparel社、Phatom Apparel社、New Wave Bottoms社)で働いていた約3,000の工員たちがコンクリートと鉄骨の山に飲まれたのだ。事故発生直後から、駆けつけた消防や軍のチームが、周囲の市民ボランティアとともに、巨大な瓦礫の下から一人でも多くを救い出すべく、不眠不休の救助作業を約1週間にわたって続けた。BNP(バングラデシュ民族主義者等)率いる野党連合も、実施していたホルタル(暴力的なデモ)を急遽取りやめ、現地に人員を派遣して救援作業を側面支援。市内の大病院では、医療従事者がフル回転で次々と運び込まれる負傷者の手当てに必死で取り組んでいる。事故発生から17日が経過した5月9日には、重機が取り除いた瓦礫の下から、女性工員がほぼ無傷で救出されるという奇跡も起こった。

  rana plaza collapse 3 
    ~倒壊したRana Plazaビルとその周囲に集まる人々(写真出展:Daily Star)~
 

 こうした関係者の懸命の努力にもかかわらず、死者は1,000名を超え、なお増え続けている。そして、このバングラデシュの産業史上最悪の悲劇が、突然起こった不運な事故として片付けられるものでは決してなく、確実に避けられたにもかかわらず発生した、殺人とも言える人災であったことが明らかになるにつれ、人々の、特に全国約5,000の縫製工場で働く工員たちの怒りは爆発した。

 そう、ビルは「突如」倒壊したのではなかったのだ。事件が起こる前日に、従業員がビルの柱に大きな亀裂が走っているのを発見。通報を受けた現地の警察がRana Plazaに立入り、倒壊の危険が高いため、ビルへの立入りを当面の間禁止する旨の命令を出していたのだ。にもかかわらずビルのオーナーは当局の役人が去った後、「建築の専門家」と称する人物を連れてビルの安全性を「検証」し、「修繕は必要だがすぐに倒壊するリスクはない」とビルの関係者に伝えたのだ。これを受け、翌朝5つの縫製工場のマネジメントは通常通りの操業を決定。不安と抗議の声を上げる従業員に対して、

 専門家もオーナーも問題ないと言っているんだ。納期も迫っている。つべこべ言うと、給料を払わんぞ。クビになりたいのか!?」

と脅しをかけて 従業員を、その多くは若い女性の工員たちを、持ち場に着かせた。そして、悲劇はその30分後に起こったのだった。

 一方、このビルの一階に入っていたBRAC Bankの支店では、死者も負傷者もゼロだった。当局の警告を受け、マネージャーはすぐに当面の間の支店業務の停止を決定、従業員だけでなく約2,000人の顧客に対しても、携帯電話のショート・メッセージを使って、支店業務の停止とともに、倒壊の危険性があるRana Plazaには近づかないように伝えるとともに、同趣旨を、監督官庁であるバングラデシュ中央銀行にも報告していたのだ。

  rana plaza collapse1
 ~倒壊前のRana Plazaの様子。左下は事故発生前日に発見された、柱に走る大きな亀裂。警察と郡事務所の職員が建物の閉鎖を命じたにも拘らず、操業は続けられた(写真出展:Daily Star)~

 利益確保のために操業継続を最優先し、従業員の命をないがしろにした工場の経営者とビルのオーナーは、業務上過失致死や建築基準法違反の容疑で警察当局によって逮捕されたものの、縫製工場で働く工員たちの怒りは収まらなかった。Rana Plazaの倒壊以降、サバール、アミンバザール、ヘマエプール、アシュリア、ナラヤンゴンジ等、ダッカ近郊の縫製工場地帯を中心に、大規模な暴動がたびたび発生。複数の工場を透析などにより破壊、火炎瓶を投げ込んで放火するとともに、道行くバスや乗用車にも無差別攻撃を加えたのだ。
429日には、出張中だった日本人がアシュリア周辺を車で移動中、デモ隊と遭遇。車を破壊された挙句、鉄パイプやこん棒で殴られ負傷する事件も発生した。

 怒りに駆られた彼らの行動に対しては、「無関係な人を巻き込むのはどうかしている」、「工場を破壊してしまっては自分たちが働く場所がなくなってしまうではないか」、「もっと生産的な方法で抗議できないのか」といった疑問が当然沸いてくる。しかし、以下の事実に思いを致せば、バングラデシュの縫製工場で働く人々が、到底受け入れ難い不条理の下で、如何にやり場のない怒りを沸騰させてきたのかを、理解できるかもしれない。

 例えば20054月に、Spectrum 社の縫製工場が入っていたビルが、ずさんな建築によって倒壊し、少なくとも64人の命が失われ約80人が重軽傷を負った。昨年11月には、Tazreen社の縫製工場で火事が発生、112名が亡くなった。この事件では、ビルの防火管理が皆無であったほか、火災発生が確認されているにもかかわらず、マネジメントが従業員に対して迅速な避難を指揮するどころか、現場にとどまるよう指示を出したことにより、犠牲者の数が膨らんだという、受け入れ難い実態が明らかになった。さらに、今年1月には、ダッカのモハンマドプール地区にあるマンションで火災が発生。そのビルは一般住居用として登録されていたにも拘らず、Smart Export Garment社の縫製工場が違法に操業をしており、10人の女工の命が失われた
 
 つまり、バングラデシュでは、過去何度も「史上最悪」の人的被害を出した事故が起こってきたにも拘らず、しかも、その殆どが、ある程度の注意とコストを払えば死傷者を出さずに済んだものであったにも拘らず、その不幸な記録の更新が続いてきているのだ。何故こうした人災が続くのだろうか?これ以上の悲劇を繰り返さないためには、何が必要だろうか?


 今回の事件はその人的被害の大きさもさることながら、悲劇の舞台となったRana Plazaに入っていた5つの縫製工場が、カナダ、アメリカ、ヨーロッパのアパレル・ブランド向けの服を生産していたこともあり、海外でも大きく報道されている。中には、一月4,000タカ(4,000円程度)という女工の給与や、週6日、一日12-14時間労働という彼女たちの勤務時間にもスポット・ライトを当て、「奴隷労働を強いている」、「労働者の人権を蔑ろにしているバングラデシュからの洋服の輸入は控えるべきだ」、「安い洋服を買い求める先進国の消費者も、間接的に悲劇の発生や労働者の苦境に加担している」といった主張を展開するものも見受けられる。実際、ウォルト・デズニーは昨年11月に発生したTazreen社の縫製工場における火災を契機に、バングラデシュでの委託生産の打ち切りに踏み切った。今回のサバールの悲劇は、欧米企業の更なる撤退を招き、バングラデシュの輸出の8割を占める同国の縫製業、さらにはバングラデシュの経済全体に対して、大きな痛手となる恐れが高い。 

 さらに、欧州や米国の議会では、「一般特恵関税制度(GSP:Generalized System of Preferences:開発途上国から輸入される一定の農水産品や鉱工業産品に対して、一般の関税率よりも低い税率(特恵税率)を適用する制度)について、バングラデシュは、その対象から外すべきではないか」といった、経済制裁に近い提案まで出されている。

 しかし、主としてバングラデシュ国外で盛り上がっているこうした議論は、事件の本質を捉え損ねており、悲劇の再発防止にも貢献しないように思う。なぜなら、事件は建築基準や火災予防基準といった関連規制の執行が著しく弱い、という多くの途上国に共通する構造問題によって引き起こされたものであり、こうした問題は、「可哀想な女工さん」にシンパシーを感じた先進国の消費者が当該国の製品の不買運動をしたり、海外のバイヤーがバングラデシュから撤退したりしても、一切解決しないどころか、より一層の悪化を招くものだからだ。
  
 例えば、今回倒壊した8階建てのRana Plazaビルは、本来4階建てで設計されていたにも拘らず、当局に届出をしないまま5階以上の上層階が付け足されていたこと、かつて沼地だった場所に“おが屑”を敷き詰めただけの地盤に建てられていたこと、もともとショッピング・モールやオフィスとして使うことが想定されていたため、大型のジェネレーターや多数のミシンが一度に稼動することで発生する振動に耐えられるような設計になっていなかったこと、などが指摘されている。  

 これだけを読むと、「Rana Plazaビルのオーナーや、そこで経営をしていた縫製工場の経営陣は実に酷いヤツだ」という結論に飛びつきたくなるが、実は、そして大変残念なことに、バングラデシュに住んでいれば誰しも、こうした信じられないほど杜撰な設計・建築が決して珍しいものではなく、国内の多くのビルが、多かれ少なかれ、日常的な使用のなかで倒壊するリスクを含んでいることを知っている。なぜなら、「ビルの上にビルが建つ」風景や、路上で雨風に晒されてさび付いた鉄骨がそのまま建築に使われている状況を日常的に目にし、あるいは解体した廃船から得たくず鉄をビルの建築に再利用している、という実態を聞いているからだ。また、建築業者の中には、セメントに砂を混ぜる、柱を設計よりも細くするといった方法で「経費を削減」している悪質な者もおり、こうした業者が取り締まられることも無く、堂々と営業を続けていることも、周知の事実なのだ。 

  dhaka construction  
     ~ダッカ市内で建築途中の建物。床、壁ともに建築基準に沿った厚さと品質が確保されているかは大いに疑問だ~

 一方で、バングラデシュには1993年に当時の国際的な基準に準拠する形で作られ、2006年にJICAの協力も得ながら改定された建築基準(Bangladesh National Building Code)がある。また、この建築基準を満たす設計やデザインをするために必要な専門知識を有するエンジニア(建築士)も存在する。問題は、建築基準を実行するための体制、例えば十分な数の検査官の採用と彼らへの継続的な研修実施、検査官による定期的なモニタリングと違反が発見された場合の罰則策定、そしてその執行、といった体制が整っていないため、せっかくの規制が“絵に描いた餅”になっていることだ。建築士についても、公的な資格制度が整備されていないために、権限がはっきりせず、専門家としての彼らの指摘が、実際の建築の過程で考慮されにくい状況となっている。

 サバールの悲劇の背景には、こうした構造問題があるのだ。無論、柱に大きなヒビが入っているにも関わらず、スタッフに勤務を命じた管理職やオーナーは言語道断であり法の裁きを受けるべきだが、それだけでは、あるいは、その様子を見て他の縫製工場のオーナーたちが襟を正したとしても、ビルの倒壊リスクや火災発生のリスクは無くならない。ましてや、海外のバイヤーが撤退しても、問題は解決するどころか、単にその工場の仕事が少なくなって、女工の給料が下がる、あるいは彼女らが失業する、という結果がもたらさせるだけだ。

 したがって、今後、悲劇が繰り返されないために第一に必要なのは、関連規制の執行強化に向けた政府の体制整備なのだ。一方で、バングラデシュの縫製工場をサプライ・チェーンに組み込んでいる、あるいは組み込もうと考えている海外民間企業のビジネス・パーソンが、問題解決に向けて貢献出来ることもある。

 それは恐らく、今ある建築基準や火災予防基準の遵守を、バングラデシュの工場経営者に対して建設的に働きかけることではないだろうか。具体的には、経営陣やマネージャー・クラスとの価格や納期をめぐる交渉だけでなく、工場の現場作業員との対話に時間を割き、現場の実態を可能な限り把握すること、規制の遵守状況の確認と是正措置をとるために必要な時間を工場のマネジメントに与えること、そして、それに伴い必要となるコストが、製品単価に転嫁された際に、それを受け入れることではないだろうか。こうした関与の継続は、一時コストの増をもたらすかもしれないが、バングラデシュの工場が、今まで以上の品質の商品をタイムリーに生産する体制を整える上での助けになるとともに、自社のリスク管理にも貢献するだろう。

   一方で、「労働者の人権を確保し、規制を守らなければ取引を打ち切るぞ」、「関税上の優遇措置だって、無くなるかも知れないぞ」と脅しをかけておいて、工場の実情もつぶさに見ることなく、単価のカットと納期の遵守を主張していたのでは、バングラデシュの工場経営者側は、ますます防御的になり、問題解決に必要な対応を継続的にとることが難しくなるだろう。 

 CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の重要性が叫ばれて久しく、その一環として環境問題や貧困問題に取り組むNGOへの寄付や地域社会への貢献などに取り組んでいる企業も多い。それはそれで結構なことだが、「責任」とは「権限」と表裏一体の言葉であることを踏まえれば、自らの権限が直接及ぶ範囲、たとえば取引先や委託先が、法令順守などの最低限の責任を継続的に果たすようなインセンティブを与え得る関与を続けるために人と時間と金を割くほうがことが、まずもって優先されるべきCSRではないだろうか。サバールのような悲劇がバングラデシュで、あるいは他のどの国においても、これ以上繰り返されないために。

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バングラデシュの経済・産業が織り成す物語 | コメント:(6) | トラックバック:(0) | 2013/05/10 20:50
コメント:
日本も同じですね
日本も大規模ショッピングセンターの地下街の防火扉に物を置いているのを放置している自治体があります。福岡の天神地下街もそうです。火事になったとき、防火扉は自動で閉まり、それによって延焼を防ぐためのものなのに、いつもそこに巨大ダンボールが置かれていて危ないのですが、それでもそのままになっているのは、消防関係者が気づいているのに知らないふりをしているからにほかならず、疑問ですし、このビルの事と同じなのです。であれば、日本は途上国のレベルと法執行の面では大差がないと言わざるを得ないです。
コメントありがとうございます
Joeleさんへ
 ブログを読んで頂きコメントを有難うございます。仰るとおり、バングラデシュで起こっている問題は、多かれ少なかれ、日本も経験したこと、あるは現在も発生している問題かと思います。単にバングラの問題を指摘するだけでなく、日本とのつながりを考えながら、日本で起こっている動揺の問題をどうやって解決したらいいか、という視点をもって、過ごして生きたいと思っています。
フランスの報道
ブログに書かれているように、こちらでの報道も多いです。夜のニュースで、倒壊5社を利用していた(仏系)買い先を名指しする(2社は認め、3社は否認)とか、今日も「潜入取材」のビデオで劣悪な労働環境を報道するとか、だいぶ息の長いテーマになっています。これらの映像を見ていると、我々がいかに生産現場を知らずに消費をしているかということも改めて痛感しますね。
コメント有難うございます
Kojimaさん
記事を読んで頂き有難うございます。仏でも大きく報道されているとのコメント、興味深く拝見しました。こちらでは、バイヤーへの相談がないままの、サプライヤーによる中小の縫製工場に下請け、孫受けが多く見受けられることが問題になっています。このテーマは、全ステークホルダーの参画を通じた息の長い取り組みが必要になりそうです。
No title
同じニュース内で、「安全性完全配慮(消火器を必要数置いている、くらいなのですが)」「衛生的・近代的」なサプライヤーの映像も紹介されていました。企業家の考え方次第で、やろうと思えばできるという当たり前の事実でしたが、報道側としては悪くなる一方のバングラ製品のイメージに対するアンチテーゼを挟んだのだと思います。
孫請けの話は池田さん仰る通りだと思います。でも情報が消費者にタイムリーに届くことはほぼあり得ないので、「全」ステイクホルダーに活動を求めることはかなりハードルが高そうです。消費者がその場でできる行動は不買くらいしかないので。
コメントありがとうございます
確かに、バングラデシュの縫製工場が須らく劣悪な労働環境かというと、そういう訳ではありません。工場内に病院や託児所を設けて、無料でサービスを提供したり、避難訓練を実施したりしているところもあります。また、EPZ(Export Processing Zone)内の工場は、Tax Incentiveや電力の優先配分等を受ける代わりに規制の徹底遵守が行き届いています。EPZ内の工場は、広々とした平屋で(だから倒壊はそもそも起こらない)、整理整頓や安全面の指導の行き届いている印象を受けました。
ステークホルダーとしての消費者の責任論は難しいですね。情報が余りに非対称だし、組織化されていないので、責任を求めるのも酷なような気がするし、不買運動が期待する効果を持つか、クエスチョンです。メディアやNGO等、組織化された市民社会が果たす役割はとても大きいと思いますが。

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